長唄は「松の緑」に始まり、「松の緑」に終わるといわれているそうです。
極限にまで単純化されたため、省くべき無駄が何もない。
作曲者の4世杵屋六三郎、後の六翁はこの曲を作って1年後、
安政の大地震(1855年10月)のショックでお亡くなりになった。
六翁には一男(5世六三郎)二女があったが、晩年長男を亡くしたため、長女六に婿養子をとって6世六三郎を継がせたが、今度は六が急死。そこで次女たきを6世六三郎の後妻にして、2世六を継がせることにした。
その結婚と襲名を祝って作られたのが「松の緑」だそうです。
●歌詞の簡単な意味は(長唄の歌詞の意味は複雑なので、解釈は一つではありません)
『今年より千度[ちたび]迎ふる春毎[はるごと]に』
→今年から、千回も春を迎えたとしても、その度ごとに、
『なほも深めに松の緑か 禿[かむろ]の名ある』
→なお青々と茂っている松の緑、その名をとった「みどり」というかむろ(遊女の世話をする見習いの少女)がいる。
『二葉の色に太夫の風の吹き通ふ』
→萌え初めた二葉のように幼い少女だが、
いずれ最上位の松の位まで出世するほどの気品を備えている。
『松の位の外八文字 華美[はで]をみせたる蹴出し褄[けだしづま]』
→松の位の太夫は、外八文字であでやかに歩き、
その裾からは蹴出しがのぞく。
『よう似た松の根上がりも 一つ囲ひの籬[まがき]に漏るる』
→「よう似た」は「蹴出し褄」に掛かり、 その松の位の太夫の蹴出し褄が松の根上がりに似ているという意味です。
一つ囲ひの籬とは、遊郭で,見世(みせ)と入り口の落ち間とのあいだにある格子戸のことで、そこから漏るる廓はとつづく、
『廓[さと]は根引の別世界 世々の誠と裏表』
→遊廓の中は、外とは習俗も異なる別世界。
廓の中では、嘘と誠は表裏一体のもの。
『くらべごしなる筒井筒 振分髪もいつしかに』
→井桁の高さと背くらべをし合う幼い子どもたちが、
いつしか大人になって結ばれて、
『老となるまで末広も』
→共白髪となるまで、円満に長寿を全うする。
『開き初めたる名こそ祝せめ』
→名披露目をした私の娘の前途も、そのように目出度いものでありますように。
そして襲名おめでとうの意味も込められている。
『栴檀は双葉より芳し』という意味合いも込めているのでしょう。
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