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薄暮に沈みゆく

若女将

食事はなんでも構いませんと伝えると
それではとようやく了承してくれた

ひとり旅者が予約もなく突然やってくると
それも夕方だと断られることが多い
しかしこの地に泊まるところはほかになく
私は最後まで食い下がった

案内された部屋で久しぶりの畳に寝転がり
大きな湯船に浸かると疲れが溶けてゆく
私のために沸かしてくれた風呂に感謝する

食堂には家庭にあるような小さなテーブル
そのひとつに私の食事が用意されている
これもわざわざ魚を調達してくれたのだろう

なぜひとりでこんなところに来たのか
ビールと一緒に若女将が声をかけてきた

鹿児島から北に向かう途中に気まぐれで
海に一番近いという駅に立ち寄ったこと
明日は長崎の原爆資料館を見学して
その後にダリの聖母の絵を訪ねること

そんな話をすると若女将が言った
私はいつか足立美術館に行ってみたい

弱いが意志の感じる言葉に私は驚き
先ほど見かけた老婆の姿が目に浮かぶ
若女将と言っても年齢はさほど変わらない
なんだか私は急に彼女が可哀想に思って
一緒に行きましょうと言いたくなる

次の朝 旅館を後にして線路脇を歩き駅に着く
ようやくやってきた一両列車に乗ると
女子高生が楽しそうにおしゃべりをしていた

終着駅で降りると駅舎は意外にも真新しく
新幹線の横断幕の先にある電光掲示板は
大きな台風が近づいていると知らせていた

コメント一覧

goofy
デートで別れ際 じゃぁって言ってから
背を向けた後に振り返り
うしろ姿の様子を確認してみる

そんな感じですね
シャボン玉
旅をすることは殆どありませんが 美術館は時折出かけます
まず近くで 次に離れて そして特にお気に入りの絵は 一つの展示室の最後に振り向いて見ます
違った視点で何かを感じることが出来ます
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