今年も福岡学生シンフォニーオーケストラの公演が7月12日にある。それに先立つ練習に,先日トレーナーとして参加した。曲はチャイコフスキーの組曲「胡桃割り人形」。事前に「小序曲」と「行進曲」に手こずっているようだからよろしく,と言われていた。
この「小序曲」は本当に難しい。特に第1ヴァイオリンは至難の技で,我々専門家でも入念な準備が必要だ。ひょっとしたら練習して何とかなるレヴェルでなかったりして,などと思いながら,練習会場へ向かった。
場所は福岡大学ヘリオス・ホール。大変美しい響きのホールである。オーケストラのサウンドも実に豊かで美しい。
「花のワルツ」や「トレパーク」などを先に済ませて,件の「小序曲」にとりかかる。
想像していたほど悪くない。人に充分聞いてもらえるレヴェルに達していると思った。では何が良くないのか?
どうやら指揮者が要求するテンポがかなり速く,それに付いていけないということのようだ。とりあえずは少しゆっくりめでアンサンブルを固め,そこから速くしていくしかないだろう。
わずかにゆっくり目のテンポで練習してみる。案の定,良いアンサンブルだ。このままでも全く悪くない。だが,テンポを一目盛り上げただけで,あちこちに破綻が生じる。
「こういう場合は,そのゆっくり目のテンポでオーケストラは突き進むべきだ」と,演奏者達に伝えた。それが指揮者に対して礼を失していることにねならない,とも。
オーケストラと指揮者の関係を考えて浮上した三つの要点。
?指揮者の棒が100%音楽を作れる訳ではない。主要事項以外はプレイヤーが補うものである。
?テンポは最も主要な事項であるが,それも受け取る演奏者の感じ方,個人差で幅が生じる。
?そのように幅のあるテンポを,最終的に「このテンポ」と決めるのは,コンサートマスターである。
そうすると,コンサートマスターも演奏する曲の一番適切なテンポを把握していなければならない。それは聴衆にとって,演奏者にとって適切なテンポである。
コンサートマスターが適切なテンポで演奏し,他のメンバーがそれに合わせることで確固としたアンサンブルが生まれる。それは一つの主張を持ったものになる。
とは言え,コンサートマスターが選んだテンポの源泉は指揮者の棒にある。なので,このテンポは指揮者のテンポから外れている訳ではない。
このような,やや複雑なやりとりがあって,はじめて全員にとって幸せな音楽が誕生する。これを学生の力でできるだろうか?
実は,これだけなら,できる人にはできる。何年か前にもそういうことがあり,見事にコンマスが指揮者の暴走を食い止めた現場を見た。それを期待する事にしよう。
その後の,指揮者とのリハーサルでは「小序曲」がうまくいった,と聞いた。下ごしらえしておけば大丈夫なのである。
その翌日のリハーサルでは「胡桃割り」全体を評して「Terrible.」と言われたそうだ。うまくいった時の状態を忘れては駄目なのである。
本番では思い出しますように・・・。