その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

H.G.Wells "A DREAM OF ARMAGEDDON" (1901)

2023-08-31 07:39:24 | 

数年前に新国立劇場で「アルマゲドンの夢」(作曲:藤倉 大、演出:リディア・シュタイアー)としてオペラ化されたH.G.Wellsの原作を原語で読んでみた。Amazonが本当にありがたいと思うのは、こうした洋書が簡単にダウンロードして読める。しかも英英辞書機能を使えば、難度一定レベル以上の単語の意味は原文に注記されるので、辞書を引くことなく読めるのだ。

それでもフィクションを原語で読むのはしんどい。短編なので一気に読み通せるかなと期待したのだが、SF小説独特の世界観などもあって、単語は知っていてもしっかり読むのはかなり骨が折れて、中断に次ぐ中断の上、足かけ2年半かかった。オペラのイメージも残っていることもあって何とか読了した感じ。

作品としては、夢の中の話ということではあるし、第1次世界大戦前の作品(1902年)でもあるのだが、全体主義に傾く国や人々など、古さを全く感じさせないのが凄い。ただ、表紙も含めて挿絵が物語のイメージと離れていて、私の読解力のなさなのか、想像力の違いなのか、わからなかったが、読んで落ち着かないところがある。

小説そのものよりも、こういう英文学をスラスラと読めるようになりたいものだ、という思いが強く残った。

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一読の価値あり: 安倍晋三 (著), 橋本五郎 (その他), 尾山宏 (その他), 北村滋 (監修)『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社、2023)

2023-08-10 11:00:24 | 

安倍さんの回顧録ということで興味深く読んだ。

編集面と内容面、それぞれにおいて、良かったと思うところと、がっかりのところがあり、読後はミックスした感想となった。

まずは、編集面においては、こうした首相の回顧録を出版したということ自体が貴重で価値があると感じた。日本の首相が、辞任後時間をおかず、自分の言葉で自分の政策やその結果を振り返って公にするというのはこれまで例が無いそうである。当事者としての思い、状況を知ることができるのは、歴史の記録としても非常に大切だと思うし、われわれ国民としてもありがたい。

逆に、安倍さんの在任期間の長さは、実行・実現してきた政策の幅広さを考えると、あまりにもインタビュー(もしくは掲載部分のインタビュー)が表面的で深みに欠ける。次から次へのトピックが移り、掘り下げが浅さは否定できない。更問が弱いので、本人が言いたいことを話して終わりになっているケースがほとんどに見える。本人が言いたくないことを引き出すのが、この手のインタビューの妙だと思うが、本書は到底そのレベルには達していない。(まあ、官邸スタッフだった人が監修としてチェックしてるから、こうなるのは当然と思うが・・・)

内容面において、良かったと思うこととしては、在任中の報道だけでは見えてなかった安倍内閣の裏舞台を知ることができたこと。例えば、安倍さんの毛並みの良さのメリット。外交面での交渉や海外トップ達との関係構築に現れるし、国内では人の使い方にも出ている。また、安倍さんを支えた菅さん、麻生さん、秘書官たちの動きの重要性も興味深い。首相の意思決定のプロセスが垣間見れる。

安倍さんの官僚不信はとりわけ印象的だ。財務省に対しては特に凄まじい。森友の文書問題も、安倍下ろしのための財務省の策略の可能性とする発言には唖然とした。文書が捨てられた今となっては検証できない仮説になってしまったが、真実を知りたいものである。

がっかりは、安倍さんの思考や行動の癖が改めて確認できたことだろうか。在任中、政策的というよりも言動的(例えば、国会でのヤジに現れるような幼稚な姿勢)について、私自身はアンチ安倍だったのだが、インタビューでの語り口に触れて、改めて、やっぱりこういう人だったのだなと感じられた。深く考えるというより、(時にリーダーとしては必要な資質かもしれないが)思い込んで突き進むタイプであり、思考的な深みや教養は感じられない。人の器としても、(政治の世界で生き抜くためには、「敵」と「味方」の見極めが生死を決するのは理解しつつも)味方には優しいが、敵には徹底的に厳しい姿勢は、国のリーダーの器として個人的に好きになれない。

最大のがっかりは、これは時系列的に致し方ないが、統一教会の話が全く出てこないことである。あれだけ、「美しい日本」や安全保障の重要性を繰り返していた安倍さんが、明らかに日本の国家利益に反する活動をしている(公言している)統一教会を支援したのか。(これは安倍さんに限ったことでなく、多くの自民党議員に言えることだが)言行不一致も甚だしい。どんなに格好の良いことを言っても、足元で真逆なことを行っている人を、どうして信頼できるだろう。

天皇退位や元号の背景、保守論客との関係、など、新たに知ったこと多数。いろんな思いが浮かんだ一冊だった。計36時間のインタビューというから相当数の部分がカットされているだろう。完全版を出して欲しい。

いろんな思いは行き来するが、政治学、現代政治史の活きたテキストとして、非常に価値ある一冊だと思う。

 

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人間は個であることをやめ、どろどろに溶け合う? 上田岳弘『ニムロッド』講談社文庫、2019

2023-07-26 07:30:42 | 

仮想通貨を題材に、同一化していく社会や人間における個性や夢を描いた小説。2019年の芥川賞を受賞作品。

上田岳弘氏の作品を読むのは初めてだが、とっても村上春樹っぽいと感じた。一人称の「僕」が話の軸になって進んでいく。「ダメな飛行機」「(自然に出てくる)涙」「塔」「ファンド」などなど隠喩的に扱われるいくつかの思想、テーマ。空想世界と現実世界の境界のあいまいさなど、村上さんの作品を読んでいるような錯覚もする。

ストーリーは、会社で仮想通貨の採掘を命じられた「僕」と外資証券会社勤務の「彼女」と小説家を目指す「僕の先輩(ニムロッド)」の3名を軸に淡々と進むが、語られる内容はそのまま読者の考えを迫る。

 

議論は「人間は生産性を最大化するために個であることをやめ、どろどろに溶け合う。そして全能であるあのファンドと人類は一体化していく。」という点に集結していく。ディストピアSF小説のようでもある。情報が増え、処理スピードが加速度的に速くなる世の中で、人間は個性を発揮するどころか、ますます同一化していくことを暗示している。

読むのは難しくないが、読み応え、考え応えがある1冊だ。

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日本の漂泊民について知ってますか?:筒井 功 『漂泊民の居場所』 (河出書房新社、2023)

2023-07-15 07:39:22 | 

半世紀余り前までは日本の至る所に存在していたという近代日本のアジール(漂泊民が集まって暮らす一角)を訪ね、そうした区域や漂白民の実像について探求したノンフィクション。『日本のアジールを訪ねて』(2016年刊)に1章を加え、増補改題したものとのことだ。偶然、図書館の新刊本にあったのを手に取った。

筆者の並々ならぬテーマに対する熱意が、関係者への聞き取りを含むフィールドワークや文献調査によって示される事例や考察から感じられる。読み易いが、内容は重い。

日本におけるえた・ひにん等の被差別民については、日本史としての学習と、現代における人権問題として社会人研修の中で、基礎知識は持っているつもりであった。ただ、漂泊民という切り口でテーマについて触れたことは無かった(小説や映画「砂の器」で描かれるように、昔はハンセン病患者さんが土地を追われ漂泊生活を送っていた程度の知識)。ましてや、リアルな生活等については全く知ることは無かったので、本書は私にとって新しい情報多く、驚きの大きい書物だった。

筆者は、「サンカ」(日常用語では「ミナオシ」「テンバ」「ヒニン」等まで広がる)と呼ばれる漂泊民を「箕、筬、川漁などにかかわる無籍・非定住の職能民」と定義し、その歴史や実像を淡々と追いかける。山里、川沿いの小屋や洞穴に住み、職能を頼りに、国家の枠組みの外で生きていく人々だ。様々な差別も受けてきた。筆致は極めて客観的で、個人的な感情は排されている文体は、逆に読者にその受けとめ、スタンスを問われる。

以前読んだ松岡正剛氏の『日本文化の核心』では、本書でも使われる「漂泊」「流民」という用語を、中世以降、日本文化の中心となる価値観につながっているコンセプトとして紹介していた。「漂泊民」にも様々な類型があるであろうから、一概に一緒にはできないであろうが、明と暗の大きな違いに戸惑う。

読者として本書をどう受け止めるたら良いのか?は正直、戸惑う。とりあえず、本書でも引用されている宮本常一の著作にも手を伸ばしてみよう。

 

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ケン・リュウ編『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』 (ハヤカワ文庫SF、2019)

2023-07-07 07:33:34 | 

数年前に、人類と地球外生命体との接触を描いた劉慈欣『三体』を読んで、そのスケールの大きさや、知的好奇心を刺激される様々な切り口がとっても印象的であった。(もっとも『三体』は三部作の第一部を読んだだけないので、読んだことにはならないかもしれない)そして、SF小説を通じて、現代中国の作家たちが思い描く世界観や技術観をもう少しのぞいてみたいという興味が湧いた。

なかなか実行に移せなかったのだが、ようやくこの1冊を読むことができた。手軽に複数の作家の作品を体験したく、短編集を選んでみた。中国人SF作家7名、計13作品を集めたこのアンソロジーは、それぞれの作品が、異なった作風で違った魅力を放っていて、SF小説好きには自信を持ってお勧めできる作品集だ。

遺伝子操作された鼠ロボットの駆除、ロボット・AIで管理された町、幽霊たちのコミュニティ、AIと老人の交流、言論・思想の自由を奪われた国に生きる人間、秦の始皇帝の命により三百万の兵士でコンピュータの原型を作り上げた学者、「三体」の元ネタとなった異星からの侵略などなど、実に多彩な世界やテーマが扱われる。

中国人作家によることがどれだけ作品に影響を与えているのかどうかは、私には判別不可能だが、唸らせられる奇想が一杯ある。自分自身の思考実験装置としても面白い。

現代中国版『1984』とも言える馬伯庸「沈黙都市」や、街が折り畳められることで時空を分割した並行社会が併存する郝景芳「折りたたみ北京」などは、ハードタッチなSF王道的な作品で良かったが、個人的好みとしては、「ゲゲゲの鬼太郎」の世界観にかなり似通った印象を持った夏笳「百鬼夜行街」のほのぼのとした作風が魅力的だった。

巻末には本書にも作品が掲載されている3名の作家による、現代中国SF論とも言えるエッセイが寄稿されており、中国SFの立ち位置が理解できる。

図書館で借りて読み始めた本だが、手元に置いておきたく、読後すぐにアマゾンでぽちった。

 

【収録作品】

序文 中国の夢/ケン・リュウ

鼠年/陳楸帆

麗江の魚/陳楸帆

沙嘴の花/陳楸帆

百鬼夜行街/夏笳

童童の夏/夏笳

龍馬夜行/夏笳

沈黙都市/馬伯庸

見えない惑星/郝景芳

折りたたみ北京/郝景芳

コールガール/糖匪

蛍火の墓/程婧波

円/劉慈欣

神様の介護係/劉慈欣

エッセイ/劉慈欣、陳楸帆、夏笳

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ビル・パーキンス (著), 児島 修 (翻訳) 『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ダイヤモンド社、2020)

2023-07-05 07:19:39 | 

無駄遣いをする必要はないが、ただ無駄に貯蓄することも人生にとって望ましくないということを気づかせてくれる一冊。

私自身、若い時からモノ消費には殆ど関心が無くて、今でいうコト消費主義だったので、本書の主張は首肯できることばかり。漠然と感じていたことを言語化されていたり、新しい気づきも得られた。

以下、いくつか、激しく同意した点(★)、新しく気づかされた点(☆)を抜粋。

☆経験から得る価値は、時間の経過とともに高まっていく。これを「記憶の配当」と呼ぶ。(お金を払って得られるのはその経験だけではなく、その経験が残りの人生でもたらす喜び、つまり記憶の配当も含まれている。)
★最大限に人生を楽しむ方法は(経験)を最大化すること。 人生は経験の合計である。
★莫大な時間を費やして働いても、稼いだ金を全て使わずに済んで死んでしまえば、人生の貴重な時間を無駄に働いて過ごしたことになる。その時間を取り戻す術は無い。 ( 今の生活の質を犠牲にしてまで、老後に備えすぎるのは、大きな間違い)
☆どんな経験でも、いつか自分にとって人生、最後のタイミングがやってくる。私たちは皆、人生のある段階から次の段階へと前進し続けるが、ある段階が終わる事で、小さな死を迎え、次の段階に移る
☆タイムバスケット(時間軸付きのバケットリスト)は、人生に対して積極的なアプローチが取れる。残りの数、10年の人生を5年、80年の単位で分け、期間内にやりたいことを実現させていく。 
☆寄付も財産贈与も生きているうちにやるべき
★経験を楽しむには、金だけではなく、時間と健康も必要だ。老後資金を必要以上に増やそうと働き続けると、金は得られても、それ以上に貴重な時間と健康を逃してしまうことになる

具体的にはキャッシュフローをマイナスに持って行く手法(0で死ぬためにお金を減らす方法)も解説されているが、まあここにこだわる必要はないだろう。

「仕事こそ人生の経験値として大きな意味がある」と考える、ある意味とっても幸せな人にも、その考えの盲点が指摘されている。最後は人それぞれの価値観なので、良い・悪いは無いと思うが、違った角度で自分の価値観を見直すのも意味がある。

ある一定の年齢(50ぐらい?)を超えた人にはとっても有効なアドバイスだと思う一方で、若い人への受け止められ方は微妙な気がした。

「仕事もしたいし、家族も大事にしたい、そんな自分のことばかり考えてられないよ。」「ゼロで死ぬどころか、今の生活と多少の老後の備えで手一杯だよ。」そんな声は聞こえてきそうだ。ただ最近の投資ブームや老後資金2000万円問題などの背景も考えると、本書は共感できる人と必ずしもそうではないと感じる人に分かれるかもしれない。

いずれにせよ、自分の人生について過去・現在・未来を考えさせられる主張であり、一読をお勧めできる一冊だ。

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山本康正『テックジャイアントと地政学 山本康正のテクノロジー教養講座 2023-2024』 (日経プレミアシリーズ、2023)

2023-06-27 09:23:44 | 

ITを巡る様々なトピックについて、専門家としての筆者の見立てを伝える一冊。日経のWeb連載の記事をベースに編集したものなので、深く掘り下げるというよりは、幅広く扱うという内容で、手軽に読める。加えて、この業界に通じた筆者ならではの考察が示され、その論点や切り口は勉強になった。

私自身、数年前にグローバル市場を対象とした仕事から離れたこともあり、海外のテックジャイアントの動向をレポートした本書には刺激を受けた。同時に、普段の自分の情報源が国内メディアに偏っており、思考も内向きになっていることに気づかされ、いかんなあと感じた。

特に気づきになったのは、PART4「メタバース&Web3、先端技術ブームの実態」。

筆者は、Web3、メタバース、NFT、仮想通貨等のはやり言葉は、マーケティング活動として広まっているのか、ビジネスや実務で使える地殻変動が起こっているのかを一歩引いて考えることが重要と言います。「本質的には変わらないものをあたかも新しい概念のように見せることが仕事になっている批評家やビジネスマンがいる」からです。「実務上で重要なのは、『技術進歩によって既存の体験のうち、どれが近未来に直接的にも、間接的(ユーザの時間や目的など)にも置き換えられるだろうか』という問い。」なのです。(p128~p131)

確かにその通りである。ただ、素人には、この問いに答えるためには、一度手を出してみたり、踊らされてみないと、なかなか考えているだけでは、肌感覚としてわからないというのがジレンマかと思った。そういった意味でも、「用語は分解して考えることで、本質を考える。」筆者のアドバイスも大切にしたい。

これ以外にも、「Web3は米国では既に下火」、「日本と同様に保守的であったフランスのデジタル化に向けた取り組み」なども、なかなか日本のメディア情報に頼っているとわからないところであり、興味深かった。

本書自身が2022年の記事をもとにしているので、技術や市場の状況は1年もすれば大きく変わってくるはずだ。この業界、エキサイティングと言えば聞こえはいいが、ホント疲れる。

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お腹一杯!: 楊 双子 (著), 三浦 裕子 (翻訳)『台湾漫遊鉄道のふたり』 (中央公論新社、2023)

2023-06-14 07:35:37 | 

家人の紹介で手に取った。台湾の作家の物語を読むのは初めてな気がする。

作者の「日本版あとがき」にあるように「鉄道、美食、百合を愛する歴史小説家として、これらの要素を組み合わせてひとつの迷宮を造り上げ、読む人を台湾という島の昭和時代の旅へと誘おうと試みた」小説。百合を除いて、私の好きな要素である鉄道、食、歴史が織り込まれていて、お腹がなりながら、楽しく、時にドキドキして読んだ。

ストーリーは、昭和初期に取材旅行で台湾を訪れた日本の女流作家と通訳についた若い台湾人女性との交流で展開する。

各章立てが料理名になって構成されている(炒米粉、魯肉飯、冬瓜茶・・・)のだが、調理、料理、食事の表現からその素材、外見、味について想像力が刺激される。平易な文章なのでスラスラ読めるのだが、料理を想像しているとお腹一杯になってしまって、おかわり出来ない(次の章に進めない)。

旅の描写も旅心がそそられる。台湾には過去3回出かけているが、台北とその近辺しか知らない。台湾の友人からは、「台北だけではもったいない。違った良いところが台中、台南にある。案内したい。」とずーっと言われているだけに、旅の虫が騒ぎ始めた。

更に、後半は、人の持つ良心的な無意識の「差別」意識が明らかにされる。丁度、2月前に観た平田オリザさん脚本の青年団の演劇「ソウル市民」にも通じるところがあって、人の価値観、認知のフレームワークについても考えさせられる。

最後の最後に、劇中劇ならぬ小説内小説のような物語の構造を知り、これも驚かされた。まんまと引っかかっていた。

ちょっとライトノベルっぽい軽さもあって、そこは好みでなかったが、それを補う十分な質面の充実度だと感じた。今年4月に訳本として発刊(原本は2020年)されたばかりなので、本書がこれから日本でどんな評価を受けるのかとっても楽しみである。

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べたノウハウ本だが即戦力: 原田将嗣 『最高のチームはみんな使っている 心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社、2022)

2023-06-07 07:33:02 | 

今の流行りのバズワード「心理的安全性」についてのベタなビジネスハウツー本です。「心理的安全性」の重要性は経営学者さんの間ではずいぶん前から認識されていたようですが、10年ぐらい前にグーグルが成果や生産性につながる重要な因子であることを着目し、注目を集めるようになったコンセプトです。本書は、その「安全性」を高めるのに役立つ、職場の会話での55のフレーズがNGグレーズと併せて紹介されてます。

「心理的安全性?給料もらって仕事してんのに、そこまで気を遣わねばならんのか~」と反射的に反応してしまう私のような昭和サラリーマンの残党(私自身は平成サラリーマン)には、このぐらいベタである方が、返って割り切れて良いです。

監修者による頭書きでやられました。「使っていませんか?こんな「NG言葉」」として最初に紹介されたのは、「相談されたら本人のことを思い「まずは自分で考えて!」と言っている」。わが身を振り返ると、確かに頻繁に使っています。

「心理的安全性とは「誰もが率直に、思ったことを言い合える」状態のことで、「心理的安全性性が確保されていると、ミスの報告のように話しにくいことでも素早く情報共有ができたり、新しいことへの挑戦が増えたり、働くことで満足感や充足感に満たされるようになる」。そして「個々人の仕事の質が上がり、チームとしての学習が促進され、結果的にチーム全体の成果も向上していく」ものなのです。それには、ちょっとした言葉遣いから大切になるわけです。

本書はNGワードが、どういう言葉を使えば「心理的安全性」が維持・向上される言葉になるかについて具体例で紹介されているのが役に立ちます。例えば、「なんでできなかったの?」→「やってみてわかったことを、一緒に振り返ってみよう」「話したい事、何でも話していいよ。何かある?」→「最近のグッドニュースとバッドニュースを教えてください」などなど。

もちろん表層的なテクニックとしての言葉だけを使っても、すぐメッキははがれるでしょう。ただ、こうしたメッキから入るアプローチも十分にありだと思いますし、本書はしっかりと「なぜ」こうした言葉が有用なのかを解説してくれているので、その考え方、アプローチ手法が理解できれば、いろんな応用も効くと思います。

職場の皆が使ったら、それはそれで気持ち悪いですが、そうした言葉が自然に出てくるチームはきっととても働きやすいと思います。単なる言い方のハウツーで終わらせることなく、どうしたら組織と個人がWin-Winの関係になるのか考えるきっかけとしたい一冊です。

 

【目次】
第1章 毎日使いたい! チームの土壌をつくる言葉
第2章 会議を活性化させる言葉
第3章 1on1が楽しみになる言葉
第4章 チャレンジフルなチームをつくる言葉
第5章 お客さまと取引先を「パートナー」に変える言葉
第6章 ピンチをチャンスに変える言葉

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田尻望『付加価値のつくりかた』(かんき出版、2022)

2023-05-31 07:30:24 | 

仕事や事業を「付加価値」という切り口で観察し、その作り方のスキルを身に着けるための一冊。筆者が新卒で就職したキーエンス社での経験をもとに、「価値とはお客様が感じる(決める)もの」、「付加価値はニーズが源泉」という考え方からスタートし、付加価値を最大化するための具体的ノウハウが解説される。

キーエンス社は今を注目の高収益企業であるが、以前の職場で何度か打ち合わせをさせて頂いた。相手のニーズ、困りごとの本質を掴もうとする貪欲で粘り強い営業活動が印象的だった。数度の打ち合わせの結果、弊社は脈なしと見切られたのか、ぱったりと連絡が途絶えた。見込みが低い相手に時間を投入するのは生産性に見合わないと判断されたのかと、やや苦笑いではあったが、その営業ノウハウや仕事のプロセスはもう少し深く知りたいと思っていた。

私としてのおみやげは以下の点。

・付加価値を考えるトレーニング:「目の前の商品がどんな潜在ニーズを捉えて企画されているのか」を考えることを積み重ねていく
・現場を調査・観察して初めて潜在ニーズが見えてくる。サービスがどう買われ、使われているかを自分の目で確かめる。観察する。体験する。
・個人の判断や解釈ではなく、市場原理と経済原則に基づいて考える。企業側の個人の判断や解釈は、常に市場からずれている
・法人顧客へのアプローチは、「法人顧客が感じる価値」と「個人が感じる付加価値」を切り分けて考える。法人顧客が感じる付加価値は、エンドの「個人が感じる付加価値」から生まれる。目の前の法人顧客のニーズだけを見ていてはダメ。
・法人顧客を攻略する6つの価値:1)生産性のアップ、2)財務の改善、3)コストダウン、4)リスクの回避・軽減、5)CSRの向上、6)付加価値のアップ
・人は営業を受けるのが嫌いである。お客様が欲しいのは、「自分の成功」。業界の人は業界に詳しくないので、お客様はお客様の成功につながる市場の中の情報に気が付かない。お客様以上お情報を見つけて教えてあげるのが営業の役割。
・お客様のニーズのヒヤリングのポイントは「具体的にどういうことか?」「なぜそれが重要なのか?」「そのニーズを生んだお客さんの背景・状況」を把握すること

言葉として書き下してしまうと当たり前のことのように読める。マネジメントとしてのポイントは、「それが仕組みとして組織の中に落とし込まれているか」、「社員が理解し、実践することに拘っているか」に尽きる。キーエンスの強さはそこにあるのだと感じた。

簡単に読めるビジネス書であるが、大事なところが無駄なく書かれていて、まさに生産性の高い書籍であり、マネジメントや営業に携わるビジネスパーソンにおすすめです。

 

【目次】 

はじめに

第1章  付加価値における「価値」の話

「価値とは何か?」がわからないと報酬は低いまま
「価値の概念」を理解しないと、赤字確定!
「見切り発車」の新事業・新商品が利益を激減させる
「人の命の時間」をムダにする、価値のない事業
なぜ、お金を支払ったお客様から「ありがとう」と言われるのか?
「付加価値をつくる人」になるために

第2章  それは付加価値か、ムダか?

価値と付加価値の関係性
「それなら3倍以上支払ってもいい!」と思わせる価値
ニーズこそが付加価値の源泉である
付加価値には「仕組み=構造」がある
付加価値は「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」に支えられている
潜在ニーズをつかんでヒットしたあの商品
キーエンスではまず現場に「潜在ニーズ」を探しに行く
ニーズの裏にある「感動」こそが、付加価値の最小単位
付加価値の3種類

第3章  付加価値創造企業「キーエンス」

「構造」が成果=付加価値をつくる
最小の資本と人で、最大の付加価値を上げる
マーケットイン型企業「キーエンス」の思考法
市場原理と経済原則で考え「標準化」する
「世界初・業界初」で、付加価値戦略と差別化戦略を両立する
あなたの会社はなぜキーエンスになれないのか?
他社とは違うキーエンスの営業構造とは
キーエンスの構造に「ほころび」がない理由

第4章  法人顧客を攻略するための6つの価値

「顧客の先にいる顧客」にとっての付加価値を見定める
法人顧客が感じる付加価値は「個人が感じる付加価値」から生まれる
価値の王道「生産性のアップ」
変則的な手法「財務の改善」
最もわかりやすい価値「コストダウン」
理解しづらいからこそ価値がある「リスクの回避・軽減」
間接的な影響力を持つ「CSRの向上」
価値×価値で「付加価値がアップ」する

第5章  ニーズの見つけ方と付加価値の伝え方

付加価値をつくり出す組織の基本構造
「業界の人は業界に詳しくない」と認識すべし
お客様のニーズを「明確に、完全に、認識のずれなく」理解する
「現場」を見たことがない営業はお客様のニーズがわからない
「わかっている」と思った瞬間に二流になる
売れない人は「特長」を語り、売れる人は「利点」を語る
「だから何?」の先にある「お客様に起こる変化」を示せ
コストベースではなく「付加価値ベース」で価格決定する
高価格をつけるための3つの質問

第6章  つくった付加価値をいかに広げていくか

付加価値を最大化・最適化する「価値展開」
マーケターは「お客様が買う瞬間」を見なければならない
シーズは世界のどこかに落ちている
バックオフィスはどうやって付加価値をつくるのか?
「作業」ではなく「仕事」をする

おわりに

各章のまとめ

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伊藤穣一『テクノロジーが 予測する未来 web3、メタバース、NFTで世界はこうなる』 (SB新書、2022)

2023-05-18 07:19:10 | 

元MITメディアラボ所長で現在は日本に帰国しデジタル庁「デジタル社会構想会議」のメンバーなどを務めている伊藤穣一氏が、Web3、メタバース、NFTなどの最新のテクノロジーの社会に与える影響を解説した一冊。働き方、文化、アイデンティティ、教育、民主主義へのインパクトが考察される。

例えば、個人の働き方はDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)によるプロジェクトベースになっていく。作業はブロックチェーン上で行われ報酬はDAOが発行するトークン、暗号資産で支払われる。仕事の内容・場所・時間も、自分主導で決めていくことになる。

また、教育分野においては、学び方は「プロジェクト・ベース・ラーニング」から「パーパス・ベース・ラーニング」になり、より目的が重要視される。クリエイティブ・コンフィデンス(自分の創造性に対する自信)を育て、DAOに代表される分散型社会で自分から手を挙げられる人になっていくことが大切である。

最終章で筆者は日本における法整備の遅れ、国内市場向きの日本企業に対する危惧が示される。が、昨今、安い日本をはじめ「いけてない日本キャンペーン」が絶賛推進中だが、確かにこうした新技術への姿勢にも「いけてなさ」は否定できない。

その「いけてなさ」は私自身にも大いに当てはまる。本書を含め、Web3らの次世代技術については数冊の入門本を読んで、いわゆる概念やその革新性は少しづつ理解が進んだ。ただ、正直、まだ私自身の肌感覚的にはピンとこない。暗号資産やNFTとかもまずは一回自分で使ってみないといけないのだろうなあとは思うのだが、どうも怪しさがぬぐいきれない。いけてない日本のいけてない自分を見るようでちょっと情けないところでもある。

内容的には同類書でも触れられているようなものが中心で、取り立てで伊藤氏だからという箇所は少なかった印象だが、まあ後は如何に自分の経験知としていくかなのだろう。DAOへの参加など、突破口を見つけてみよう。

 

【目次】

序章 web3、メタバース、NFTで世界はこうなる
・Web1.0 、Web2.0、そしてweb3は、どんな革命を起こしたか
・web3のキーワードは「分散」
・世界はディストピア化する?
など

第1章 働き方――仕事は、「組織型」から「プロジェクト型」に変わる
・ビジネスは「映画制作」のようになる
・プロジェクトは「パズルのピース」を組み合わせるものへ
・より手軽に、より強く結びつき、成し遂げる
など

第2章 文化――人々の「情熱」が資産になる
・ブロックチェーンで実現した真贋・所有照明
・「NFTバブル」の次に来るもの
・「かたちのない価値」が表現できるようになる
など

第3章 アイデンティティ――僕たちは、複数の「自己」を使いこなし、生きていく
・人類は、「身体性」から解放される
・ニューロダイバーシティ――「脳神経の多様性」が描く未来
・バーチャル空間の「自分の部屋」でできること
など

第4章 教育――社会は、学歴至上主義から脱却する
・学歴以上に個人の才能を物語るもの
・学びと仕事が一本化する
・学ぶ動機が情熱を生む――web3がもたらす「参加型教育」
など

第5章 民主主義――新たな直接民主制が実現する
・ガバナンスが民主化する
・衆愚政治に陥らないために
・既存の世界は、新しい経済圏を敵視するか
など

第6章 すべてが激変する未来に、日本はどう備えるべきか
・最先端テクノロジーが、日本再生の突破口を開く
・「参入障壁」という巨大ファイヤーウォールを取り払う
・デジタル人材の海外流出を防げ
など

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大人にもお勧め: 田中 孝幸『13歳からの地政学: カイゾクとの地球儀航海』(東洋経済新報社、2022)

2023-05-12 09:59:57 | 

中高生に分かるように書かれた、ストーリー仕立ての地政学入門であるが、大人にとっても勉強になる内容だ。

既知のことも含めて、以下のような内容を確認したり学ぶことができた。(※は本書より、☆は個人的つぶやき)

・現代世界にあっても、海の支配の重要であること(※世界貿易の9割以上は海運による)
・核兵器は①原子力潜水艦、②海中からのミサイル発射、③深くて安全な海の3条件が揃って最強のアイテムとなる(※中国の南洋進出)
・大国の侵略的な行動は自国を守ろうとする心理が強く働く(☆まさにウクライナ進攻のロシア)
・小国は遠交近攻で近くの大国に圧倒されないよう必死でバランスをとる(☆ウン十年前だが、日米中の三角関係は学生時代に国際関係論の授業で少し勉強したな~)
・選挙が有効となる前提は、負けた側も結果を受け入れ、勝った側も負けた側の論理を一定程度重んじることにある(☆前回の米国の大統領選が良い悪例)
・アフリカが貧しいのはお金が大量に欧米に流れ自国に残らないことが大きい(☆これも学生時代に開発経済学で少しかじった)
・1)大国に挟まれ、2)他国との境界に川や山などの自然障害物がない、3)天然資源や港などがある、半島は攻められやすい(※クリミア半島、朝鮮半島。古くは山東半島?)
・地球温暖化を天然資源の開発を助けるとしてポジティブに捉える国もある(※北極海が溶ければ、北の資源を掘りやすく、海路も開け、ロシアにとっては都合が良い)

あくまでも地政学の話に限定しているので、宗教や民族といった他の要素については殆ど触れられていない。なので、中高校生にはこれだけで世界が読み解けるわけではないことは分かってほしいなあと思った。また、これも地政学であるが故に、現実主義に徹しているので、現状の世界を見るための視点は学べるが、未来を創るための視点は弱いのは、これからの時代を担う中高生向けとしてはやや歯がゆい所ではあった。無いものねだりとも言えることでもあり、2時間程度あれば読めるので忙しい大人にもお勧めします。

余談だが、筆者の田中孝幸さんが謎である。著者紹介には、国際ジャーナリストとは書いてあり、特派員経験とかがあるようだが、派遣元がどこか書いてないし、書いてあることは検証不可能な経歴ばかりなのだ。本書の「カイゾクさん」に見立ててるのだろうか?

 

【目次情報】
プロローグ カイゾクとの遭遇
1日目 物も情報も海を通る
2日目 日本のそばにひそむ海底核ミサイル
3日目 大きな国の苦しい事情
4日目 国はどう生き延び、消えていくのか
5日目 絶対に豊かにならない国々
6日目 地形で決まる運不運
7日目 宇宙からみた地球儀
エピローグ カイゾクとの地球儀航海

 

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骨太な歴史フィクション: 小川哲『地図と拳』集英社、2022

2023-05-05 07:30:49 | 

日露戦争前からアジア・太平洋戦争後の時代における、満州の架空の都市仙桃城を舞台にした大河小説。満州を巡って、国としての日本、現中国、ロシアの国としての進路、そして日本人、漢人、満州人、ロシア人の生き様が描かれる。

歴史的事実・背景を抑えた上で、ミステリー小説のような手に汗握るストーリー展開、個性豊かな登場人物たち、地図・建築・都市の歴史といった知的要素が絶妙に組み合わされて、物語に没入する興奮の600ページだった。作者の強い課題意識や思いが伝わってくる。

「地図」は、太古の時代に獲物探しの情報ツールとして人類が発明して以来、人の歴史と共にあった。そして、国家のものとして、徴税、戦争に活用される。本書は、満州という国、仙桃城という都市が地図を起点に描かれる。「国家とはすなわち地図である」と主人公とも言える細川は言う。

「拳」は暴力、争いであり、これも太古の時代から人類の歴史と共にある。「世界から「拳」がなくならないのは、地図上の人類が住む居住仮可能な地を求めて戦う」とも細川は言う。

「坂の上の雲」を追いかけつつ、日本史上、国としての最大の危機を招いた明治後期から昭和の時代における、様々な日本人の考えや行動、そして侵略される側であった現中国の人たちを通じて、国家、戦争、個人の幸福、夢について考えさせられる。

ウクライナでの戦争をはじめ、現代は第3次世界大戦の入り口に差し掛かっていると言うのは、過言ではないだろう。その中で、本書に触れることは、日本や世界の置かれた立場への視座を得ることができるし、そこで生きる人々への想像力の面からも意義は大きい。お勧めできる一冊だ。

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やばい〈物語・沖縄現代史〉:柳広司『南風に乗る』(小学館、2023)

2023-04-14 07:41:44 | 

山之口獏(詩人)、瀬長亀次郎(政治家)、中野好夫(英文学者)という3人の沖縄縁の人(瀬長と山之口は沖縄出身)を通じて、沖縄の戦後史を描いた物語。

本土復帰、基地問題、自立に向けた沖縄の闘いが、東西冷戦・日米関係を軸にした国際政治、経済優先の国内政治の文脈の中で、3人の生き様とともに熱い筆致で描かれる。

小説ではあるが、題材が現代史なのでノンフィクション部分、歴史テキスト的な部分も多い。なので、登場人物への共感や感情移入だけでなく、読者の歴史的思考や解釈が求められる。読みやすくページは進むが、歴史としてのファクトと物語としてのフィクションの区分け、また、登場人物への感情移入や作者の支配層への強い批判的立場に振り回されない歴史の見立てや判断が必要で、読み方はなかなか難しい本であるとの印象だった。

本書では、主要人物たちの沖縄の当事者としての行動や向き合い方が描かれる。私のような沖縄アウトサイダーにとっては、机上のお勉強や知識でないリアルな沖縄現代史を感じ取ることができたのが一番の収穫だった。

歴史教科書レベルで、沖縄は1972年の返還まで講和条約の「犠牲」としてアメリカの「占領地」であったことや様々な基地問題が発生していたことは知識として知っている。だが、それが沖縄の人々にとって、日々の生活の中ではどういう意味なのか。どこまで肌感覚として理解できているのか。軍用機や毒ガス等の配備が住民に与える脅威と危険、警察権・裁判権を市民が持たないことの影響、参政権の重要性、本土への渡航でさえ制限を受けるなどなど、本書で追体験できる内容は広いし、重い。現在の問題でもある基地問題等についても、より思考や想像の幅が広がった。

あえてアウトサイダーとして言うと、本書が提起する問題の難しさは、人により、何に価値を置いて、誰の幸福のために考えたり、行動するのかのポジショニングが異なること。それにより良い・悪い、正しい・正しくないが変わってくることだろう。

国内外の政治や国の安全保障の現実と、現地市民の人権や幸福の追求のバランスはどうあるべきなのか。相似形の問題は我々の周囲にも色々転がっているが、沖縄はその矛盾が一番露骨に顕在化し、国益という名のもとに地域が犠牲にされてきたことは間違いない。

そんな中で、私自身は本書を通じて、何を考え、どう行動できるのか、すべきなのか。一人ひとりが考えるしかないのだが、これはなかなか難しい。AIや、ChatGPTが答えを出すべき課題、出せる課題ではないのは間違いない。

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「いやぁ、漫画って本当にいいもんですね~」: 荒川弘『銀の匙 Silver Spoon 1~15』小学館(少年サンデーコミックス)、2011-2020

2023-04-03 07:30:58 | 

昨年夏の北海道旅行で帯広畜産大学を訪れた際に、本作の映画版のロケが当地で行われたことを知った。映画の方はすぐにAmazonで視聴したのだが、原作の漫画本も読んでみたく、地元の図書館でリクエストしたところ7ヵ月経ってやっと廻ってきた。待ち続けていたこともあり、1巻から15巻までを一気読みした。

作品は2011年から2019年まで「週刊少年サンデー」に連載されていたそうだ。札幌の進学中学校から十勝地区の田舎の農業高校に進学した男子高校生の努力、友情、恋が描かれる成長物語である。

元気がいっぱい貰える漫画である。登場人物たちに思いっきり感情移入して、励まし、泣き、喜べる作品だ。人のために汗をかくこと、友人をリスペクトすること、人のつながりを大事にすること、いろんな生きてくうえで大切にしたいことも教えてくれる。題材も優れていて、読みながら北海道の畜産業や酪農業についての知識も得られてお勉強にもなる。

久しく漫画本を手にすることは無かったが、改めて漫画のメディアとしての訴求の強さや、ストーリーと表現の豊かさに感心した。これからも、地元図書館に所蔵の漫画をちょくちょく手に取ってみようと思う。

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