アルジェリアで、テロに巻き込まれて多くの人々が死亡した。
映画のような事件だが、これが現実の世界なのだ。
人間を殺すということが、日常茶飯事として起こっている世界で働く人々は、それなりの覚悟もあるのだろう。
しかし、思想や宗教という名のもとに正当化される殺戮行為の犠牲となることが、資源開発の代償として見合うのかどうか、立ち止まって考える必要があるのだろう。
このことは、福島の原発事故とも通じるものがあるように思われる。
生命の重さを説く日本的な考え方は、自己犠牲を求める世界観とはそもそも相いれない。
ならば日本的な世界観を貫く道は、他にあるのかもしれない。
今回のニュースは、大きな衝撃とともに、深い懊悩を日本にもたらした気がする。