00:00を回ると運転しない新幹線
新幹線で夜行列車が運転されたと書くと、?と思われる方も多いのではないでしょうか。
新幹線は、基本的には0:00以降は運転されすことはなく、希に、災害等で0:00を回って運転されることはありませすが、基本的には00:00までに営業運転を終了するダイヤになっています。
新幹線で、00:00を回って運転された例としては、2002年のワールドカップで、上り列車のみですが、6本(23:30,23:45、00:01、00:15、00:30、00:41)の臨時列車が運転されたことが記憶に新しいところではないでしょうか。
「2002FIFAワールドカップ」大会期間中の対応について
日本万国博覧会開催中運転された「エキスポこだま」
また、1970年の万博開催期間中に「エキスポこだま」という列車が、走っていました。
この列車は、1970年4月29日から運転開始されたようです。
大阪駅を22:58に出発する夜行列車で東京着が、8:10着の列車でした。
これだけ聞くと、新幹線で夜行運転していたんだと早合点する人がいるかもしれませんよね。笑
大阪発東京行き「こだま」号?
でも。よく見てくださいね。大阪を22:58です。
新幹線は、新大阪からの出発ですよね、・・・。
そう、この列車は夜行列車ですが、在来線を走る夜行列車だったのです。
三島駅まで走り、三島駅から始発のこだま号に接続していたのです。
これは、三島駅に電留線があったのと、前年の10月に、三島駅が開業していたことで出来たものでした。
エキスポこだまは、1970年7月から9月にかけて運転されたようです、これは新幹線の夜行運転ではなく、三島駅で、新幹線と接続するリレー輸送でした。
大阪→三島まで在来線で運転、三島駅で、こだまに乗り換え
これ以外にも、時刻表がないので確認が出来ないのですが、新大阪21:10発の臨時ひかりの運転と言う記述が有り、この列車だと、東京着が00:20になるので、これが記録としては、00:00を回って運転される東海道新幹線の記録と言えるかもしれません。
一夜だけ走った臨時夜行列車、新幹線「こだま」
実は、臨時列車ではありますが、本当に新幹線の夜行列車が運転された記録がありました。
昭和46(1971)年7月27日です。
弊サイト、国鉄があった時代から引用させていただきます。
国鉄があった時代 昭和46年後半 鉄道ニュース
概要は、山陽線が集中豪雨で不通となったことにより最高13時間遅れたことに対する救済措置で、本社権限で、00:10と00:40の2本の「こだま」が運転されたとされています。
5;00までに到着しますが、東京駅でホームは対応可能だったのか、もう少し調べて見る必要がありそうですが。少なくとも、この記録が、私の知り得る範囲では、唯一の東海道新幹線の夜行運転と言えるかもしれません。
画像 国有鉄道 1971年9月号から、引用
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国鉄があった時代 JNR-era
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新幹線は、基本的には0:00以降は運転されすことはなく、希に、災害等で0:00を回って運転されることはありませすが、基本的には00:00までに営業運転を終了するダイヤになっています。
新幹線で、00:00を回って運転された例としては、2002年のワールドカップで、上り列車のみですが、6本(23:30,23:45、00:01、00:15、00:30、00:41)の臨時列車が運転されたことが記憶に新しいところではないでしょうか。
「2002FIFAワールドカップ」大会期間中の対応について
日本万国博覧会開催中運転された「エキスポこだま」
また、1970年の万博開催期間中に「エキスポこだま」という列車が、走っていました。
この列車は、1970年4月29日から運転開始されたようです。
大阪駅を22:58に出発する夜行列車で東京着が、8:10着の列車でした。
これだけ聞くと、新幹線で夜行運転していたんだと早合点する人がいるかもしれませんよね。笑
大阪発東京行き「こだま」号?
でも。よく見てくださいね。大阪を22:58です。
新幹線は、新大阪からの出発ですよね、・・・。
そう、この列車は夜行列車ですが、在来線を走る夜行列車だったのです。
三島駅まで走り、三島駅から始発のこだま号に接続していたのです。
これは、三島駅に電留線があったのと、前年の10月に、三島駅が開業していたことで出来たものでした。
エキスポこだまは、1970年7月から9月にかけて運転されたようです、これは新幹線の夜行運転ではなく、三島駅で、新幹線と接続するリレー輸送でした。
大阪→三島まで在来線で運転、三島駅で、こだまに乗り換え
これ以外にも、時刻表がないので確認が出来ないのですが、新大阪21:10発の臨時ひかりの運転と言う記述が有り、この列車だと、東京着が00:20になるので、これが記録としては、00:00を回って運転される東海道新幹線の記録と言えるかもしれません。
一夜だけ走った臨時夜行列車、新幹線「こだま」
実は、臨時列車ではありますが、本当に新幹線の夜行列車が運転された記録がありました。
昭和46(1971)年7月27日です。
弊サイト、国鉄があった時代から引用させていただきます。
初の夜行新幹線運転 7/27
広島県下を襲った集中豪雨により不通となっていた山陽本線は26日午後5時、13時間ぶりに開通し、列車は次々と運転を再開
午後7時までに特急24本、急行31本の上下列車55本が運休したほか、上下特急、急行あわせて57本が13時間から1時間40分の遅れとなった
本社では27日午前0時10分と同40分、新大阪発東京行臨時「こだま」2本を増発、遅れた山陽本線上り列車の乗客をリレー輸送を行った。
国鉄があった時代 昭和46年後半 鉄道ニュース
概要は、山陽線が集中豪雨で不通となったことにより最高13時間遅れたことに対する救済措置で、本社権限で、00:10と00:40の2本の「こだま」が運転されたとされています。
5;00までに到着しますが、東京駅でホームは対応可能だったのか、もう少し調べて見る必要がありそうですが。少なくとも、この記録が、私の知り得る範囲では、唯一の東海道新幹線の夜行運転と言えるかもしれません。
画像 国有鉄道 1971年9月号から、引用
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