静岡県藤枝市には、かつて田中城という日本城郭でも珍しい同円心の縄張り持った城が存在した。
今川氏の時代が最初であるがその後、武田信玄の支配下になり武田流築城術で改築、さらに江戸初頭に拡張された。
織田信長も逗留したことがあり、豊臣秀吉は小田原征伐の際に逗留している。もちろん徳川家康は駿府城ができるまでは必ずといって良いほど逗留した城である。鷹狩りの際は駿府ではなく田中城だったとか。
そして、鯛の天ぷらを食べて、中毒になり亡くなったといわれるのが、この田中城で全国から人が訪れるそうです。
城の建物は明治維新と廃藩置県で民間にほとんど払い下げれ、城跡は昭和30年頃までは、堀や土塁も多く残っていたが、その後のバブル期に宅地造成が進み遺構のほとんどが無くなってしまった。残念です。
ただ、本丸にあった天守代わりの櫓が民家で家として使われ残っていたのですが、これを寄贈してもらい藩主の別荘宅であった下屋敷跡の発掘復元跡に移築したそうです。ここは、教育委員会が所有してる為無料で公開されてます。
小さいですが、歴史を感じます。家康も登ったのだろうか?貴重な遺構です。
ボランティアの方が受付にいらっしゃるのですが、色々説明してくださり、また昭和30年頃の航空写真のコピーや安藤広重の絵(藤枝の景色の中に田中城あるもの)のコピーも頂き、本当に嬉しかったですね。
散策して、数少ない堀跡を巡ってると、池の畔でおばあさんがいて、この池は昔は田中城の飲み水っだんだよと教えてくれました。やさしいお婆さんでした。帰り際もう一度、下屋敷に寄り池のことをボランティアの方に聞いたら、なんと当時池から松の木を使った上水道を城下に張り巡らしていたそうで、日本城郭では江戸城と田中城の2城しかなかったそうで、貴重な遺構とそのお話しを聞けました。
道を歩いてると、地元の中学生の女の子が『こんにちは!』と挨拶してくれたり、人の温かい土地ですね。
城跡はほとんど無いのだが、基本的に田んぼが多い田舎です。落ち着くなぁ。地元の人との温かい触れ合いが良い思い出になりましたね。
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