しんごの部屋

出会いを大切にしたいと思います。私の言葉が、慰めとなり、心にいやしをもたらす、さわやかなHPとなるように願っています。

薔薇の唄を歌って聞かせてくれた母

2012-06-08 21:18:01 | しんごの想い
私の母は、今年95歳です。山奥で育った私の子供時代の、多くの知識は母から得たものでした。
母が歌う歌が私は好きで、今も口をつく歌のいくつかには、母との懐かしい思い出があります。
その一つに、”薔薇の唄”があります。リパブリック賛歌のメロディで歌われた、大正時代の
女学生の間で大流行した歌だと、検索の結果知りました女学生だった母も良く歌った歌なのでしょう。

”小さき鉢の花薔薇は あなたの愛の露受けて 薄紅の花の色 きの初めて笑ってよ”
”固き蕾に口当てて 小雨降るよな夢心地 あなたは何を語ったの 花はあなたを待っててよ”


8節まである歌詞には、薔薇に託した乙女の恋心が、巧みに歌いこまれています。
母は、幼い私が聞いて覚え、いつまでも歌い続けるなどと思いましないで歌っていたでしょう。
私が聞いていたのは、母の人生のとても辛い時期だったようですが、いつも明るかった母は、
このような歌で自分を励まして生きてきたのでしょう。。

 

あなたのしもべによって語られる。

2012-01-16 20:16:47 | 最愛の友へ
昨日の日曜日、教会の礼拝でフィンランドの宣教師がメッセージを語ってくれました。
トピー・キビマキという少し変わった名前でした。以前に挨拶を交わしたことを、キビマキ師は良く覚えてくれていたのですが、私は忘れていて、申しわてなく、恥ずかしいことでした。

イエス様、あなたはこれまで私に父なる神の大きな愛を示し、その神の愛を人々に語るように、私を召してくださいました。私はあなたのしもべとして働いてきましたが、同じように神の愛を語るキビマキ師と比べて、私はまじめすぎて、喜びを外に表して講壇に立っていないのに気付きました。
「イエスさまはユーモアのある、楽しく明るく人々に接しておられた。」と語っていましたが、イエス様、私はこれまで、そのようなあなたを知らなかったように思います。
でも、人々が、特に幼子たちもあなたを慕い寄ってきたのは、きっと、あなたが、あけっぴろげに人々の前におられたからですね。罪人の家に入られた時も、律法学者が避難したのは、明るい声がその家から流れてきたのを、彼らは妬んでいたからでしょうか?

イエス様、これからはあなたのご人格の、明るく楽しい面を私に見せてください。私が人々に、キビマキ師のように語り、接することをあなたが願っておられるならば。


多くの人々と新年を祝いました。

2012-01-02 22:02:34 | しんごの想い
明けましておめでとうございます。今年もブログ「しんごの部屋」をよろしくお願いします。

元日には多くの人と新年の挨拶を交わしました。
堺シオン福音教会で、私は新年の説教をしました。「神の川は水で満ちています。」という聖書のことばからのメッセージでした。礼拝後、50名近くの人と、お菓子を食べながら挨拶を交わし、記念撮影をしました。

夕方から、私の家で、家族が集合しました。三人の子供と、伴侶と孫で総勢九人になりました。妻と私二人の家族が9名に増やしてくださった神に感謝します。

アブラハムとサラのことを話しながら、この家族の将来の広がりと、神の祝福を祈りました。


イエス様、明けましておめでとうございます。

2012-01-02 21:16:18 | 最愛の友へ
イエス様。年の初めにあなたはたくさん語ってくださいました。

「わたしはあなたとともにいます。」

「わたしの愛の中にとどまっていなさい。」

「神の川は水で満ちています。」

「わたしのことばがあなたの内にとどまっているなら、なんでもあなたの欲しいものを
 求めなさい。そうすればあなたのために、それがかなえられます。」

あなたの言葉に、力があることを私は知っています。
イエスさまが、これまで私にかたってくださったことばは、いつも真実でした。

ですから、今年も、あなたのことばによって、もっとあなたを知りたいと思います。
あなたとともに歩んで、天国の良いものをいっぱい経験したいと思います。


アドヴェントに入って

2011-12-11 21:54:14 | しんごの想い
今年も最後の月になりました。クリスマスが日曜日で、
次の日曜が新年というのは、教会にとっては、とまどうカレンダーです。

日曜日が、聖日、主の日として、大切にされ、教会の一番メインの集まりが
毎週日曜日の聖日礼拝だからです。

今教会はクリスマスを待ち望む期間でアドベント第三週にはいっています。
クリスマスツリーやリースやポインセチアその他多くの飾り付けをして、
クリスマスを待つ喜びにあふれています。

クリスマスには教会聖歌隊を中心にした東日本大震災のためのチャリティコンサート
のために毎週練習を重ねています。洗礼式もあります。キャンドル礼拝もあります。
婦人クリスマス、青年クリスマス、子供クリスマス、英会話クラスのクリスマス・・

しかし、例年は、25日の後にもう一回日曜があって、その時にみんなでクリスマスの
片づけをして、新年を迎える準備をしますが、今年は出来ません。

いっそのこと、欧州の教会のように一月中旬までクリスマスシーズンにしようか
などと思ったりもしています。








衰えをかんじます。

2011-11-07 21:54:51 | しんごの想い
十年前ホームページを初めて開いた頃
私は、言葉がほとばしり出るように、ホームページ内に設けたさまざまの部屋に
随想、詩やコラムを書くことが出来ました。
訪問してくださった人とも、深まる会話を重ね
友達もインターネットを通してたくさん出来ました。
今もメールで交流の続いている方も幾人かいます。
しかし、HPのサーバーがなくなって、ようやく、苦労しながら
新しいHPを立ち上げ、ブログを設置したのですが、
前のようにことばが流れ出て来なくなってしまっているのです。
悲しいことですが、老いを認めなければならないのでしょう。
しかし、老いに負けるのも癪ですから、頑張ってHPやブログに投稿しています。
脳トレというより、老いのあがきでしょうか。





★しんごHPにリンク

先に天国に行かないでね!

2011-11-07 21:50:22 | Weblog
今日は、妻とレストランでのディナーでした。私たちの久しぶりの休日でしたが、私が疲れていたので、どこへも行けなかったので、せめてレストランでもと思い立ったわけです。
最近の妻は、自分の体調の悪いことをしきりに訴えますが、私が自分の体調の悪さをいくら訴えても、意に介さない風でした。
しかし、今日、レストランで向かい合った時、私を眺めて、「疲れすぎている。働きすぎだから、しばらく休むほうが良い。」としきりにいいました。

「私より、絶対先に天国に行かないでね。」と何度も言います。私は、彼女が今は、私に非常に依存しているので、私がいなくなった時のことを思って不安になっているのだと、私にはわかりましたが、私は少し意地悪な気持ちになって「どちらが先かわからないよ。神さまのおぼし召しのままだから。でも、あなたには私より頼りになるイエスさまがおられるから、何も心配しなくて大丈夫。」と言いました。
私の本音を言ったのですが、すこし思いやりがない言葉だったように感じて、いまは心を痛めています。



[なぜ、わたしが必要なのですか?]

2010-04-03 20:17:27 | Weblog

あなたのため、何ができるでしょう。
あなたはすべてを持っておられる。
富も、知恵も、力も、美しさも。
私はあなたに必要なのですか。

あなたはいつも言われます。
「あなたを愛しているのです。
 あなたの持てる物ではなく
 あなたを愛しているのです。」

わたしはたずねます。
「すぐれた人は多くいますのに。
 なぜ、このような小さな者を、
 あなたは愛されるのですか?」

あなたははやさしく、強く答えます。
「わたしが愛したいから、
 わたしの愛を知ってくれるから、
 あなたはわたしに必要です。」

私は涙をもって答えました。
「あなたこそ何にも換えがたい私の宝。
 多くの恵みゆえでなく、
 私を愛してくださるあなたを
 あなたをご自身を愛します。」

≪誰にも言えないこの悲しみ≫

2010-04-03 20:09:29 | 
≪誰にも言えないこの悲しみ≫


主よ。私の最愛の友よ。私の嘆きを聞いてください。
あなたこそ、私の心を理解してくださる、唯一の友です。

それでも私はあなたに話すのをためらっています。
わたしはあなたを悲しませることを多くしてきた者です。
いま、どうにもならない苦しみがあるからといって、
私はあなたにお話しする資格があるでしょうか。
あなたは、私の訴えに耳を傾け、聞いてくださるでしょうか?
でも、あなた以外に、私の心を理解してくださる方はいないのです。
聞いてください、この叫びを。そして教えてください。

「悩みの日に、私を呼べ」と、いつも傍らにいてくださる友よ。
私が今激しく怒るこの憤りは間違っているのでしょうか?
私のほうに非があるのでしょうか。このことに私は正しいのです。
私は怒りが湧き上がって、自分の心を抑えきれません。
他のことでは、私の不義を認めつつも、いま受けているのは、
理不尽な仕打ちをだと思うのです。彼らに非があると思うのです。
怒りを遅くしたいと思うのですが、心は張り裂けそうなのです。
私は怒ってはいけないのでしょうか?私の怒りを静めてください。

・・・・・静止・・・・・

そうですか、あなたが十字架にかかられたのは、
私のこの怒りを受けるためだったのですか。
私は彼らに代わって、あなたに怒りを向けていなのですか。

彼らをたいする私の怒りは神が私の不義に向かって怒られていた
神の怒りに比べれば、小さいと、あなたは言われるのですか?

しかも、神はその怒りを、私に向けないであなたに向けられたと・・・
それゆえ私も、かれらへの怒りの矛先を彼らに向けないで、
友よ、あなたに向けよといわれるのでしょうか?
いや、すでに私はあなたを十字架につけたときに、
彼らの代わりにあなたを死に至らしめたと・・・・
もう私は彼らに復讐したと、あなたは言われるのですか。

分かりました。確かにそうです。前に聞いていたことです。
わたしは得心しました。もう彼らを怒ることをしません。
彼らの仕打ちをゆるし、何事もなかったものと思います。
彼らを愛します。そして、彼らのために祈るようにします。

梅園を散歩しながら・・

2010-02-15 00:35:09 | エッセイ
多美子と梅を観ました。ちょうど見ごろで、若木の時から、二人で毎年観に来ているので、その成長の早さに驚かされます。

「こんなに大きくなって。それぞれが、気の名にふさわしい個性があっていいわね。」と多美子。
「でも、小学生だった子供たちが、もう30過ぎて、子供もいるんだから、人と同じくらいの
 成長速度じゃないかな。私たちもは、花の色も過ぎて、髪はじ録なってしまったし。」と私。

年々、時の経つのが早く感じられるので、ついこの間、苗木を植えたばかりの梅園が出来たと思っていたが、もう20年以上は経っているのです。

「あと何年、この綺麗な花を観れるのでしょうね。」多美子は心細そうにつぶやく。
「大丈夫、天国の花園は、この梅園の比ではないから。」とわたし。

夕刻で曇り空なので、周りに人がいないのをいいことに。子供の天国の賛美歌を私が歌い始めると、多美子も唱和する。あたりが暗くなるまで、ふたりで歌いながら、梅園を散策した。

♪まもなくかなた~の ながれのそばで~ たのしくあいましょう またともだちと   ♪
 神さまのそばの きれいな きれいな 川で みんなとあつまる日の ああ なつかしや♪
♬ すいしょうよりすきとおる ながれのそばで しゅをさんびしましょう
  みつかいたちと~~~~~~

多美子と私は、結婚以来、よくこのようにして、賛美をしました。このようなことだけを書くと
どんなに仲の良い夫婦かと思われるでしょうが、仲たがいした後に、賛美が仲直りをする
きっかけになったことも、相当多くあったんですよ。バレンタインデーのチョコのような二人では
ありませんでした。