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2015-12-21 | 村上春樹



村上春樹
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』★★★★


文庫本発売にて再読

今のわたしにぴったり。
ちょっと驚き。
心理状態でこんなに理解出来るなんてね。。



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当時の彼は夢ひとつ見なかった。もし見たとしても、それは浮かぶ端から、手がかりのないつるりとした意識の斜面を虚無の領域に向けて滑り落ちていった。








「大事なのは勝とうという意志そのものなんだ」



「実際の人生で、おれたちはずっと勝ち続けることなんてできない。勝つこともあれば、負けることもある」









「とりたてて破綻がない」








自分自身の価値を追及することは、単位を持たない物質を計量するのに似ていた。針が かちん と音を立ててひとつの場所に収まることがない。








「限定された目的は人生を簡潔にする」








彼はまだ若く、世の中の成り立ちについて多くを知らなかった。また東京という新しい場所は、それまで彼が生活を送っていた環境とは、いろんなことがあまりに違っていた。その違いは彼が前もって予測した以上のものだった。規模が大きすぎたし、その内容も桁違いに多様だった。何をするにも選択肢が多すぎたし、人々は奇妙な話し方をしたし、時間の進み方も速すぎた。だから自分とまわりの世界とのバランスがうまくつかめなかった。



「それで今のあなたはどうなの?あなた自身とまわりの世界とのバランスはうまくつかめている?」








その夜はうまく眠れなかった。気が高ぶり、いろんな多くの思いが頭を去来した。しかし結局のところそれらは、いろんな形状をとったひとつの思いに過ぎなかった。








「記憶をどこかにうまく隠せたとしても、深いところにしっかり沈めたとしても、それらがもたらした歴史を消すことはできない」。


「それだけは覚えておいた方がいいわ。歴史を消すことも、作りかえることもできないの。それはあなたという存在を殺すのと同じだから」








嫉妬とは――
世界で最も絶望的な牢獄だった。なぜならそれは囚人が自らを閉じ込めた牢獄であるからだ。誰かに力尽くで入れられたわけではない。自らそこに入り、内側から鍵をかけ、その鍵を自ら鉄格子の外に投げ捨てたのだ。そして彼がそこに幽閉されていることを知る者は、世界に誰一人いない。もちろん出ていこうと本人が決心さえすれば、そこから出ていける。その牢獄は彼の心の中にあるのだから。しかしその決心ができない。彼の心は石壁のように硬くなっている。それこそがまさに嫉妬の本質なのだ。








「限定して興味を持てる対象がこの人生でひとつでも見つかれば、それはもう立派な達成じゃないですか」








三人以上の人間が居合わせる場所では、いつも自分が実際には存在しないものとして扱われることを好んだ。







「『コックはウェイターを憎み、どちらもが客を憎む』」

「アーノルド・ウェスカーの『調理場』という戯曲に出てくる言葉です。自由を奪われた人間は必ず誰かを憎むようになります。そう思いませんか?僕はそういう生き方はしたくない」

「束縛されない状況にいつも身を置いて、自分の頭で自由にものを考える――それが君の望んでいることなんだね?」

「そのとおりです」



「どんなことにも必ず枠というものがあります。思考についても同じです。枠をいちいち恐れることはないけど、枠を壊すことを恐れてもならない。人が自由になるためには、それが何より大事になります。枠に対する敬意と憎悪。人生における重要なものごとというのは常に二義的なものです。僕に言えるのはそれくらいです」



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折れた85P



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「どんな穏やかに整合性に見える人生にも、どこかで必ず大きな破綻の時期があるようです。狂うための期間、と言っていいかもしれません。人間にはきっとそいう節目みたいなものが必要なのでしょう」








「仮説というものは先に行けば行くほど脆くなり、出される結論はあてにならないものになっていきます」



「人の肉体はかくのごとく脆いものだ。そいつはおそろしく複雑なシステムとして成り立っているし、些細なことでしばしば損なわれる。そして損なわれてしまえば、多くの場合修復がむずかしい。」









「人間にはみんなそれぞれに色がついているんだが、そのことは知っていたかい?」

「いいえ、知りません」

「じゃあ教えてあげよう。人間は一人ひとり自分の色というものを持っていて、そいつが身体の輪郭に沿ってほんのり光って浮かんでいるんだよ。後光みたいに。」







「考えても知りようのないことは、また知っても確かめようのないことは、考えるだけ無駄というものだ。そんなものは所詮、君の言う仮説のあぶなっかしい延長に過ぎない」








「前にも言ったけど、僕としてはその出来事をできることならそっくり忘れてしまいたいんだ。そのときに受けた傷を少しずつ塞いできたし、自分なりに痛みを克服してきた。そこには時間もかかった。せっかく塞がった傷跡をここでまた開きたくはない」

「でも、どうかしら。それはただ表面的に塞がっているように見えるだけかもしれないわよ」

「内側では、血はまだ静かに流れ続けているかもしれない。そんな風に考えたことはない?」



「でもあなたはたぶん心の問題のようなものを抱えている」



「そう。あなたは何かしら問題を心に抱えている。それは自分で考えているより、もっと根の深いものかもしれない。でもあなたがその気になりさえすれば、きっと解決できる問題だと思うの。」



「過去と正面から向き合わなくてはいけない。自分が見たいものを見るのではなく、見なくてはならないものを見るのよ。そうしないとあなたはその重い荷物を抱えたまま、これから先の人生を送ることになる。」



「つまりあなたは十年間にわたって、それほど真剣には心を惹かれなかった女の人たちと、わりに長く真剣につきあっていたということ?」

「そういうことになると思う」




























「だから心を全開にしなくても済む女性としか交際しなかった」

「誰かを真剣に愛するようになり、必要とするようになり、そのあげくある日突然、何の前置きもなくその相手がどこかに姿を消して、一人であとに取り残されることを僕は怯えていたのかもしれない」

「だからあなたはいつも意識的にせよ無意識的にせよ、相手のあいだに適当な距離を置くようにしていた。あるいは適当な距離を置くことのできる女性を選んでいた。自分が傷つかずに済むように。そういうこと?」




























灰色は白と黒を混ぜて作り出される。そして濃さを変え、様々な段階の闇の中に容易に溶け込むことができる。








彼らはある日、出し抜けに姿を消してしまう。説明もなく、まともな別れの挨拶さえなく、温かい血の通っている、まだ静かに脈を打っている絆を、鋭い無音の大鉈ですっぱり断ち切るみたいに。







二人が知り合って八か月後のことだった。







彼は性交をしているあいだ、彼女と彼女の肉体のことだけを考えるように努めた。その作業に集中し、想像力のスイッチを切り、そこにはないすべてのものごとをできるだけ遠い場所に追いやった。







「私たちは基本的に無関心の時代に生きていながら、これほど大量の、よその人々についての情報に囲まれている。その気になれば、それらの情報を簡単に取り込むことができる。それでなお、私たちは人々について本当にほとんど何も知らない」








できることならこのまましばらく彼女と一緒にいたかった。もっとゆっくり時間をかけて二人で話をしたかった。しかしもちろん彼女には彼女の生活がある。そして言うまでもなく、彼女の生活のほとんどの部分は、彼の知らない場所で送られ、彼とは関わりのないものごとで成り立っている。








「人生は順調に運んでいる」

「順調かどうかはともかく、少なくとも着実に前に進んでいる。言い換えれば、後戻りはできなくなっている」








「レクサスって、いったいどういう意味なんだ?」

「よく人にきかれるんだが、意味はまったくない。ただの造語だよ。ニューヨークの広告代理店がトヨタの依頼を受けてこしらえたんだ。いかにも高級そうで、意味ありげで、響きの良い言葉ということで。」








おれはあいつのやっていることがどうしても好きになれないんだ、







「彼女はおれの心にとても深い穴をひとつ開けていったし、その穴はまだ埋められていない」








「ねえ、なにも急ぐことはないのよ。ゆっくり時間をかければいい。私がいちばん知りたいのは、私とこれからも長くつきあってくれる気持ちがあなたにあるかどうかってこと」








それでも――どうしてだろう――いざとなるとことは順調に運ばない。何かが現れて流れを阻害することになる。「ゆっくり時間をかければいい。私は待てるから」

でも話はそれほど簡単ではないはずだ。人は日々移動を続け、日々その立つ位置を変えている。次にどんなことが持ち上がるか、それは誰にもわからない。








「フィンランドにいったい何があるんだ?」

「シベリウス、アキ・カウリスマキの映画、マリメッコ、ノキア、ムーミン」








「『スター・ウォーズ』は見たことある?」

「子供の頃に」

「フォースと共に歩みなさい」



夕暮れの光に染まった通りの風景を眺めていた。彼の前を通り過ぎていく人々の多くは、男女のカップルだった。彼らはいかにも幸福そうに見えた。みんなどこか特別な場所に向かって、何か楽しいことが待ち受けている場所に向かって、歩を運んでいるようだった。人々のそんな姿は彼の心をますます静謐な、動きのないものにしていった。風のない冬の夜の、凍りついた樹木のようにひっそりした心持ちだ。しかしそこには痛みはほとんど含まれていない。








痛みがある方がまだいいのだ、彼はそう考えようとした。本当にまずいのは痛みさえ感じられないことだ。









胸の疼きが再び蘇ってきた。激しい痛みではない。あくまで激しい痛みの記憶だ。


それでも人々は時としてささやかな記念品を後に残していく。








「誰だって重い荷物は好きじゃないさ。でも気づいたときは重い荷物だらけだ。それが人生だ。セラヴィ」








人の心は夜の鳥なのだ。それは静かに何かを待ち受け、時が来れば一直線にそちらに向けて飛んでいく。







人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついてるのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がっているのだ。








突堤に繋がれた小型ボートがかたかたと鳴る音








どれほど正直に心を割っても、口に出してはならないものごとはある。








「私たちが私たちであったことは決して無駄ではなかったんだよ。」








「悪いこびとたちにつかまらないように」



正しい言葉はなぜかいつも遅れてあとからやってくる。



二人はそれぞれの定められた場所で、それぞれの道を前に歩みつづけることだろう。

もう後戻りできない のだ。そう考えると悲しみが、どこかからの水のように音もなく押し寄せてきた。それはかたちを持たない、透き通った悲しみだった。彼自身の悲しみでありながら、手の届かない遠い場所にある悲しみだった。胸がえぐられるように痛み、息苦しくなった。







「でも単純な生き方のほうが僕の性格に合っているのも確かだよ。とくに人間関係に関しては、これまで何度か傷ついてきた。できればこれ以上そういう思いはしたくないんだ」








それはただのバランスの問題に過ぎない。自分の抱える重みを支点の左右に、習慣的にうまく振り分けているだけだ。他人の目には涼しげに映るかもしれない。でもそれは決して簡単な作業ではない。見た目よりは手間がかかる。そして均等がうまくとれているからといって、支点にかかる総重量が僅かでも軽くなるわけではないのだ。


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