Boruneo’s Gallery

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4月の雪 15

2007年01月07日 11時46分29秒 | 創作話
   
    15 ~もうひとつの場所~

病院に着くと、インスは先にソヨンを車から降ろし「僕もあとから行くよ」と言って、夫の元へ向かう彼女の背中をじっと見つめていた。
一緒に病室に向かうことがはばかれていたのだ。
インスは一人残された車の中で煙草に火をつけた。

・・・僕は、後ろめたさを隠しながらあなたを抱いた。
・・・でも、本当に後悔なんかしてないんだ。

インスにとって、今ある真実はそれだけがすべてだった。
だが、これからもうひとつの場所へ、絶対的な現実のもとへ向かわなくてはならない。
あなたは夫の元へ、僕は妻の元へ・・・。

タバコの火をもみ消すとインスは病院の中へ消えていった。

「奥さん、良かったですね。今朝方、意識が戻られたんですよ」
集中治療室の前で看護士が私を見つけてすぐに声を掛けてきた。

「あのキョンホssiは?・・」
「どうぞ、落ち着いてますから、会話しても大丈夫ですよ」

「キョンホssi・・・・」
酸素吸入器を外されたあなたの顔を久し振りに見たら、涙がにじんできていた。
「・・・ソヨン・・・心配・・かけてごめん・・・」
「・・キョンホssi・・よかった・・」

ソヨンはベッドの横でキョンホを見つめながら安堵の涙を流していた。
泣いているソヨンの頬にキョンホは手を伸ばしてひさしぶりに妻に触れていた。
そこにはどこにも変わらない夫婦の姿があった。


僕は病院に入ったもの、妻の見舞いに行けないでいた。
スジンに会いに行くことは、必然的にあなたとあなたの夫が二人の所を見なくてはいけないからだ。
体の中の機能が全部放棄したみたいに何もできないでいる自分に向き合いながら、時間だけが過ぎていく。
・・・ソヨンssiが行って、30分か・・・
重い腰を上げて、僕は妻に会いに向かった。

「インスssi 、キョンホssiの意識が戻られたんですよ。スジンssiも次期に戻られますわ」

病室に向かう途中で、‘妻の様子をいつものように見に来た夫’に初めて知らせるのだと看護士が嬉しそうに声を掛けてきた。

「そうですか。それはよかったですね。それでキョンホssiの状態はどうなんですか?」
質問の答えの向こうにいるソヨンssiの様子を探していた。
「病状は落ち着いてますし、この分だと2・3日中に一般病棟に移れますよ」

僕は複雑だった。
病棟が変わればあなたに会える機会が減るだろう。
だが、一緒だとキョンホssiの目の前であなたを見る僕の態度に自信がなかった。
きっと・・あなたを見つめてしまう・・・
そうすればあなたが困ってしまうのがわかっていたからだ。

病室に辿り着くと、キョンホssiとスジンのベッドの間はカーテンで仕切られていた。
あなたの姿は見えなかったが、確かにそこにいることが気配でわかっていた。

・・・近くにいても声も掛けられない。

薄いカーテンなのに僕たちにはどうすることも出来ない壁のようにそこにあった。
僕は身の置き所を探すようにスジンのベッドの横に立った。
スジンはまだ、目を覚まさない。

「スジン、そろそろ起きてくれないか。キョンホssiが目を覚ましたよ。今度は君の番だろ」
僕がスジンの白い手を握り締めながら呟いていた。
事故から約1ヶ月少したった君の体は青白く、雪のように溶けていきそうだった。
「スジン・・・」
もう一度強く握り締めたそのとき、スジンの指が反応をした。

「・・・!スジン?・・スジン!」

「・・・うっ・・・あ・・・イ・・・ンス・・・・?・・・」

「そうだ!僕だ!意識が戻ったんだね。待っててくれ、すぐにドクターを呼ぶから!」

ナースコールを押すとすぐに看護士がやってきて、「どうしました?あっ・・・ドクター呼んで!スジンssiの意識が戻りました!」
と大きな声で他の看護士に伝えた。
それから、ドクターや看護士たちが賑やかにやってきて、スジンの状態を診始めた。

その間、僕はドクターたちに場所を譲るために仕切ったカーテンの近くへと移動した。
途端に、心と体が半分カーテンの向こうへ持っていかれるのを感じて、思わず視線を隣に移す。
この騒動にソヨンssiが僕たちを隔ててる柔らかい壁から姿を現していた。

ソヨンssi・・・

インスssi・・・

互いの瞳を交差させながら二人にしかわからない情熱で見つめ合っていた。
一秒が一分に感じるように言葉のない会話を交わす。

「ご主人、もう大丈夫ですよ。意識もはっきりしてますし、これからまた細かい検査はすることになるでしょうが、とにかく今日は様子を見ましょう」
ドクターに話かけられてハッとした僕は、彼女を置いて視線をドクターに移した。
「ありがとうございます」

インスは目の端に映るソヨンを探したが、彼女はすでにカーテンの向こう側に消えていた。
先ほど感じた切ない感情の残像を引きずりながら、インスはスジンの横に座った。
スジンは長いこと意識が戻らなかったせいか、どこかボーとしていたが、インスを見ると涙が出てきた。
「スジン、もう大丈夫だよ。とにかく早く直そう・・」
妻を労わりながら、僕はどこか自分の居場所を探している気がしていた。