Boruneo’s Gallery

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4月の雪 16

2007年01月13日 10時52分01秒 | 創作話
16 ~夕暮れ~

その日の夕方、インスは目覚めたスジンに必要な荷物を取りに家に帰ってきた。
約1ヶ月、妻のいない家だったが、子供のいない二人の家はさほど汚れていなかった。
その間の食事は殆ど外食だったし、簡単な掃除くらいはインスでも出来ていた。
スジンが元気な頃は休みの日など二人で掃除もしたし、買い物に一緒に出かけては、材料を選んで料理を作ることもあった。
どこにでもいる仲のいい夫婦。
そんな当たり前の生活がほんの少しの時間で一変することなど、インスに予測出来たはずもない。

インスは上着を脱ぐとばさっとソファーの背に掛け、どさっと腰を落として疲れた体を預けた。

・・・はぁ・・・・少し、疲れたな・・・
・・・荷物は慌てなくても明日もって行けばいい。

もたれたソファーの部屋の窓から眺めた空は、星がひとつ合図のように輝き始め、夜の準備が始まっていった。

頭の中で昨夜のことから今までのことまで目まぐるしく回り始め、酔いそうになったインスは眼鏡を外し、目頭を押さえた。
瞼の裏に描かれたのは、インスの心を捉えたソヨンの涙、痛くなるほどの切ない顔、離したくない彼女の温もり。
そして、カーテン越しに募らせた切実なまでの愛慕。
インスは彼女が恋しかった。

病院ではあれからお互いの夫と妻を診ながらドクターや看護士と話をして、これからのことを相談することに時間を費やしていった。
カーテンは最後まで開けられることはなかったが、インスとソヨンは深く意識しあっていることをお互い感じていた。

「ソヨンssi、もう帰ったかな・・」
上着からごそごそと携帯を出して、少し悩んだ後、インスはソヨンのアドレスを出した。

---- キョンホssiはどうですか? とにかく意識が戻ってよかった。・・ソヨンssi は大丈夫ですか? あなたは疲れてない? 気がかりです。これを見たら返事が欲しい。ずっと待っているから。  インス -------

送信ボタンを押すと、インスはさらにソファーに横たわって軽く目を閉じた。
けだるさの混じった疲れが引力に逆らえず、めり込んでいく様な感覚に襲われながら、インスは深く眠りに落ちていった。



ソヨンも、キョンホのための荷物の用意をするために夕方には帰宅していた。
鞄に下着やら、コップやら、必要と思われるものを詰め込んでいたが、ふっと途中で手が止まってしまった。
電気もつけず、薄暗い夕暮れの明かりが差し込むだけの部屋でただ、ソヨンはじっとうずくまっていた。

・・・昨夜、私たちがしたこと・・・
・・・間違ってなかったの?
・・・あの人は「後悔してない」って、はっきり言ったわ・・・
・・・わたしは?・・・

そこまで考えてソヨンは昨夜のインスを思い出していた。

インスの大きな手に掴まれた時のこと。

彼の広い胸の中で泣いたこと。

初めて優しく唇を重ねたこと。

インスと結ばれたこと・・・。

彼に抱かれて幸せを感じたのよ・・私・・。
あの暖かい胸に包まれて、優しく・・強く求められて・・・嬉しかった・・。
だから、余計に辛かった・・・。
・・・どうしたら・・・どうなるの?・・・ねえ、インスssi・・・これから私たち、どうしたら・・・・。

夕暮れ時の寂しさがさらにソヨンの不安を追い立てていた。

夫の匂いがするシャツ。
キョンホssiの好きな本。
いつも使っていた彼のお気に入りの鞄。

見渡せば、いつもここには私たちの生活があるわ。
今も、こんなにキョンホssiに囲まれて・・・。
なのに・・・・・なのに・・・・・インスssi・・・・あなたを愛している!・・・。

声を上げて泣きたくなったソヨンは、側に置いてあったキョンホのお気に入りのCDを掛けてボリュームをあげた。
ソヨンの声は音楽に吸い込まれながら、かき消されていく。
インスのメール着信音さえも、キョンホのお気に入りのCDは呑み込んでいった。