Boruneo’s Gallery

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4月の雪 5

2006年10月29日 21時09分06秒 | 創作話

           5 ~出会い~

サムチョクの病院に通い始めてから5日が過ぎ、3月に入っていた。
幾分真冬に比べると温かい日もあったが、海が近いここでは冷たい風が吹く日も多い。
それでも空色は晩冬を知らせていた。

今だ二人の意識は戻らず、特にインスがしなければならない看病はなかった。
点滴がずっと繋がれた状態のまま、顔や体を少し拭いてやったり、話しかけてやることぐらいだ。
ソン・ギョンホの妻である彼女も同じことだった。

あの日、激情のまま去ってから、彼女とは一言も口を利いてはいない。
僕は八つ当たりをしてるんだろうか?
眠り続けている男にぶつけられない怒りを彼女に?

何とも情けない話だな・・・

時折見かける彼女は、心から心配そうに、不安を抱えながら看病している。
僕と同じじゃないか・・・愛していた人の裏切りに心を痛めている。
悲しいくらいに・・・・・

彼女の中に自分を見つけると、遣る瀬無い胸の疼きを覚えた。
そして時間と共に、同じ心の痛みを持つ者として同情にも似た気持ちで、僕たちは言葉を交わし始めていった。

「今日も状態は変わらないですね…」

管に繋がれている二人をガラス越しに見ながら、僕は彼女に話しかけた。

「ええ…相変わらずです…」

「あの…お互いまだ名前を紹介してませんでしたね。僕はチェ・インスといいます」
彼女と向き合った。

「あ、ごめんなさい…私は、ユン・ソヨンです」

「よろしくと言いたいけど、ちょっと複雑だから、どう言えばいいのかな・・・」

僕がふっと笑いながら言うと、彼女は口元を柔らかく緩めて「そうですね。」と澄んだ瞳と笑顔を僕の心にまっすぐ届けてきた。

・・・ドクン・・・僕の体がふっと軽くなった。

それから二人の意識が戻らないまま時間は過ぎていき、インスとソヨンの会話も簡単な挨拶から少しずつ変わっていた。
治療室で、待合室で、病院の休憩室で、会えば必ず言葉を交わし、時には笑顔で話していることも多くなった。

「今日は早いですね、仕事はお休みなんですか?」僕は彼女に笑顔を向けた。

 「ええ、ちょっと休みをもらったんです。疲れた顔を余り見せたくないので・・」 

うつむき加減の彼女の顔を覗き込む。「ホントだ、顔色が今ひとつ良くないな」

 “ふぅ・・・”と尖った口から息を吐いてから、「実は僕もなんです。よかったら、病院の外に一緒に出ませんか?ずっとここに居たら気も滅入るだろうし、気分転換においしいお茶でもどうですか?」と誘ってみた。

「え?」

「そんなにびっくりしないで、あっ・・それとも不謹慎だったかな」

「・・・(笑) いいえ」

何だろう。

「美味しいところが近くにあるんですか?」

目が離せない。何かがざわついている。

「んー、近くかな。車で10分くらいなんです」

“行きませんか?”と僕が車のキーを見せながら微笑むと、“くすっ…”と君が笑った。廊下を彼女と肩を並べて歩いていると、病院独特の匂いも気にならなくなっている自分がいた。

---隣にいる彼女のせい?---

僕は胸の中にうごめき出した“それ”について考えながら、足はゆっくりと駐車場へ向かっていった。


車で10分程走らせた所にリゾート風のカフェがあるのを、以前病院へ向かう道中で見つけていた。
ここは海岸沿いの道が多いからカフェからは海がよく見える。
3月はまだ寒く、景色のいいオープンカフェについては居心地が良いとは言いがたかった。
中で海の見える窓際に席を取る。冬空の雲の途切れ途切れに青い空が見えていた。


二人とも体を温める飲物を頼んで、そのカップで指先を暖めあった。
僕たちはそこで少しずつ、いろんな話をした。
彼女が中学校の教師をしていること。彼女と夫との出会い。僕は何一つ責めることなく落ち着いて聞くことができた。そして僕もスジンのことを話すと、彼女はまっすぐ向き合って聞いてくれて、それがとても心地いい。

だが、今回のことについてはどちらも“なぜ…?”に答えられるものがなかったから、それには触れることが出来なかった。ただ、たわいもない会話にお互いの気持ちが温かく包まれていくことは確かに感じていた。
そう・・・それは多分彼女も・・・。

不思議な感覚だ。
本来ならこんな風に話せない間柄なのに、彼女とは何かが違っていた。
一緒にいると、とても安らいだ気持ちになってくる。時間が経つのがあっという間だ。

地獄へ落ちたと思った日々から、明るい光の筋が僕の中に差し込んでいる。

    ・・・・ドクン・・・・ 
   
・・・・ドクン・・・・

微かな或る気持ちを感じずにいられなかった。
   
   ・・・・ドクン・・・・    

・・・・ドクン・・・・

それが何か、僕は知っているはず。

その日から病院に行くと、彼女を探している自分がいた。



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