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4月の雪 39

2007年06月12日 23時47分18秒 | 創作話


  39 ~夜露~

夜露が君の黒髪を湿らせている。
なだめるようにそっと触れると、しっとりと手に馴染んでは
君の香りが立ちあがってくる。
どこか遠慮がちに預けた君の重みが、二人の会えなかった時間の長さを
語っているようだった。

僕の腕の中は温かい? 
あなたにとって居心地はどうだろうか・・・

泣き声が小さくなって僕の胸から君が離れようとするけど、
泣いていない時でもここにいればいい。
ここが君の居場所だと僕は言いたいよ。

「ごめんなさい・・。服を濡らしたわ・・。」と君が睫毛を濡らしたまま伏せ目がちに言う。
「少しは落ち着いた?」

覗き込むようにしてみた君の顔。
ゆっくりと僕を捕らえた瞳がまだ潤んでいる。

見つめ合う瞳が熱を帯びていく予感がした。
今までに感じたことがないほどの濃い時間が僕たちを支配下に置こうとしている。
どうすることも出来ないまま、放り出されてしまった僕たちはどうすればいい?
そんな事をきっと君も考えているのかな。
ずっと俯いたままだね。

夏が目前の夜の匂い。
どこかから聞こえてくる蛙の鳴き声。
澄んだ夜空に輝きを増した数々の星たち。

ずっとこうしていたい・・・
あなたの肩に触れているこの手の囁きをあなたは聞いている?
無駄に過ぎ行く時間の前に立ちはだかる僕たちが愚かだと気付く前に
あなたと・・・。

だが、参列者たちがぞろぞろと帰宅する前にこの場所から
僕たちは出て行くべきだろう。
好奇の目も辛らつな言葉の数々も、彼女にはもう充分過ぎる。

あなたの手を引くと、僕は来た道を戻り始めた。
車はキョンホssiの実家の向こう側に停めてあった。
彼の家の前を通り過ぎなくてはいけない君は少し体を固くした。

「『新しい男を連れてきて。』とでも、ここの人たちは言うかな?
ソヨンssi、気にしないで・・というのは無理かもしれないけど
僕だけを信じて欲しいんです。出来ますか?・・・」

歩く速度を緩めずに僕は横にいるあなたに言った。
その意味が、覚悟がわかったのか・・
不安の色を見せないように勤めながら笑顔をみせてくれた。


家の反対側に彼女を歩かせながら、僕たちが歩いていく。
死んだ男の元妻と見知らぬ男が二人、肩を並べて歩いていく。
噂には格好の餌食だろう。
街灯の少ない夜道は、喪服の二人をカモフラージュしてくれるだろうか?

何気にこちらに顔を向けた人がいたが、僕を見ているらしく、
彼女に気付くことはない様子だった。
インスは、大丈夫だよと安心させたくてソヨンに笑顔を送った。

ようやく停めてある僕の車までたどり着く。
電車で来たという君を「ちゃんと自宅まで送るよ。」と言って
助手席のドアを開けた。
ここからソウルまで約5時間・・・あなたとずっと一緒だ。
遠い道のりが愛しく感じられた。

「・・駅で降ろしてください。今夜は近くのホテルを取るつもりしていますから。」

ソウルへ向かう真夜中のドライブを楽しみにしていた僕は、
あなたの言葉の意味がすぐにわからなかった。

「明日、式に出ようと思っています。」

生涯を共に・・と一度は誓った人との別れだから、ここでの冷たい視線も
辛らつな言葉も受け止めることが出来た、とあなたは言った。
その姿を見るには痛々しすぎるほどだったけど、それがあなたのけじめなんだね。
自分と向き合っている貴方を支える役目を僕に与えてくれませんか。


インスはわかったと言うとソヨンを車に乗せ、侘しいほどの街灯しかない一本道を
赤いテールランプが光りながら走り去っていった。




最寄りの駅の近くにはいくつかのモーテルがあった。
どこでもいいから降ろしてくれたらいいと言うあなたを乗せたまま、
僕は駐車場のあるモーテルを探していた。

ようやく見つけた一軒に僕は彼女と一緒に降り、
モーテルのフロントで2名の宿泊を申し込む。
一人で泊まるつもりをしていたあなたが驚いて僕を見つめ返した。

「ソヨンssiを一人には出来ません。だから僕も一緒に泊まります。
大丈夫・・部屋は2つ取りますから。」
本当は一つでいいと言いたかったけど、今夜彼の地でそんな事は出来ないことぐらいはわかっている。

No.256とNo.257のキーを持って薄暗い廊下を歩く僕たちに会話はなかった。
狭くて暗い廊下の雰囲気の重さが僕たちをも重くさせていたからだ。

そして互いの部屋へ入ろうとしたとき・・・このままでいいのか?・・と自分に問いかける。
僕はあなたを見た。あなたも、僕を見ていた。

「・・・眠れますか?・・・」

「・・・わかりません。・・でも、今夜は一人で色々考えてみたいんです。」

あなたは確かに「一人で・・」と言った。
僕は軽く頷きながら、何かあったらいつでも呼んで欲しいと伝えて
あなたが部屋に入るのを見届けた。

ベッドに小さなテーブルセット、TVにこれも小さな冷蔵庫があるだけの部屋。
差してうろうろするほどの広さでもないこの部屋はあなたと同じ作りなんだろうか?

インスは黒い上着を脱ぐと部屋の窓際にセットされた椅子の背に掛け、
ベッドに腰を下ろすとそのまま後ろへと倒れこんだ。
今日一日の出来事が走馬灯のようにインスの頭を掠めていく。

キョンホが呼び寄せたようにスジンに会って、ソヨンに会って、
今こうしている自分がいる。
不思議な気がしてならない。

あの事故から始まって僕たちが出逢った。
キョンホssiとスジンの恋、伴侶への怒りと葛藤、僕らの罪といえるもの
すべてが渦のように飲み込まれていって、今再び、あなたの側に僕はいる。
だけど壁を隔てたその向こう側で、今あなたは彼のことを思い出しているんだろうか・・・。
疲れがインスの体を占領し、胸の内に溜め息が宿った。



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