青天を衝け
このドラマを見ていると、つくづく人との出会いは不思議だな、と思います。
ドラマでは、徳川慶喜と渋沢栄一を交互に展開していますが、慶喜の周りではアメリカと交渉したり桜田門外ノ変が起きたり、まさに激動の時代です。
が、かたや栄一は、相変わらず農家の仕事。時折入ってくる中央の情報に、目を輝かしている状況。
こんなにも立場や環境がかけ離れた二人が、一体どうやって接点を持つのか、本当に不思議。
農家の長男と徳川幕府の頂点の二人に、一体どんな接点があるのか。どうやって、栄一は徳川家に仕えるようになるのか。
というのも、この徳川慶喜がいなければ、栄一がパリ万博に行く事もなかったと思うのです。
それに、お父さんはどうして長男の栄一が江戸やら京都にいくことを許したのでしょうか。
が、実際はあの頃の日本は尊王攘夷が吹き荒れていて、その熱に侵された栄一らが高崎城乗っ取り計画を練りますが、幕府に察知され中止。それで幕府に追われるのを恐れ、京都に逃れたということ。
こんな事情では、お父さんもしょうがないですね。
その京都で、平岡円四郎によって慶喜と出会う事になるようです。
ここで、ドラマ最初の場面につながります。
その平岡さんも、京都で殺されてしまうんですよね。まさに、慶喜と栄一を出会わせるのが使命だったような。
人との出会いは本当に不思議。
いとこに尾高長七郎がいなかったら。
いとこに渋沢喜作がいなかったら。
尊王攘夷がなかったら。
高崎城乗っ取りを計画しなかったら。
京都に行かなかったら。
平岡円四郎がいなかったら。
パリ万博に行かなかったら。
そして
徳川慶喜がいなかったら。
あの、渋沢栄一さんは存在しなかったでしょう。
(喜作が円四郎の部下と、ひょんなことから知り合いになるのだそう。)
こんな、栄一の人生を見ていると、多くの人に勇気を与えるような気もします。
今はどん底と思えても、それが将来につながるかも、と考えれば、人生を楽しめるかもしれません。
また、人との出会いは大切にしないといけませんね。
栄一の周りには、まるでお膳立てのように、栄一のためになる人が大勢いたような感じ。
この辺りのことは自叙伝「雨夜がたり」(漢字が載っていない)に書かれています。
渋沢栄一は農家の長男であって、農家の長男ではなかった、って事でしょう。
それに、渋沢家は農家であって、単なる農家ではなかったという事でしょう。
もう一回読んでみよう。