おこしやす福井

故郷福井。。紹介します

武蔵の書

2006年09月14日 | Weblog
 二刀一流の兵法の道を、空の巻として書きあらわす事。
 空〔くう〕というのは、どんな物事でも、形なきところ、知れざることを、空と見立てるのである。もちろん、空は、空であって、無である。有るところを知って、無きところを知る、これが空である。
 世の中において、(空を)悪く見れば、物をわきまえないところを空と見るが、これは真実の空ではない。すべて迷う心である。
 この兵法の道においても、武士として道を実践するに、士〔さむらい〕の法*を知らないのは、空ということではない。いろいろと迷いがあって、どうしようもないところを、空というけれども、これは真実の空ではないのである。
 武士は兵法の道を確かに覚え、そのほか武芸をよく覚え、武士の行う道にも暗からず、心の迷うところなく、日々時々に怠らず、心意二つの心を研き、観見二つの眼を磨ぎ、少しも曇り無く、迷いの空〔そら〕の晴れたところ、それが真実の空〔くう〕だと知るべきである。
 真実の道を知らない間は、佛法の道であれ世俗の道であれ、それぞれ自分は確かな道と思い、善きことと思っていても、心の直道〔じきどう〕から、世の大きな尺度に合せて見れば、人それぞれの心の偏見、目の歪みにすぎず、真実の道には背くものである。
 その意味を知って、真っ直ぐになるところを根本とし、真実の心を道として、兵法を広く修行し、しっかりと明らかに、大きいところを思い取って、空を道とし、道を空と見るのである。

   空は善有りて悪無し
   智は有なり
   理は有なり
   道は有なり
   心は空なり


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