10年後のキミへ贈る大切なこと

わたしのタイムカプセル

熊本のこと

2019-12-05 15:45:00 | 日記
4日の朝、4時に起きた。

5時過ぎには羽田空港に向かう。

熊本県八代市に向かうためだ。


羽田空港の滑走路から見えた富士山。
綺麗だった。

八代の空と山も美しい。


この物語は(勝手に物語ってるだけだけど笑)、八巻さんという一人の畳職人の、畳に対する熱い思いと、いいものを届けたいという真摯な思いから始まったのだと、私は思っている。

熊本県八代市で、い草農家を営む吉田さん。
育てているのはこだわり抜いた最良のい草。

手間を惜しまず、国産い草に誇りを持ち、本当に良いい草を育てたい、本当に良い畳を届けたいという吉田さんの真摯な思いは、7月にお世話になった時によく分かった。

その吉田さんと、八巻さんが出会った。

どうしても吉田さんの作った畳表で畳を作りたいと思ったのだろう。

でも吉田さんの畳表は、すでに納める先は全て決まっていて、当時八巻さんの手に渡せるだけのものは無かったそうだ。

それでも、諦めきれなかった八巻さんは、吉田さんとの信頼関係を築くために奔走する。

自ら八代市に足を運び、吉田さんのい草作りを手伝う事を始めたのだ。

最初の年は、5回くらい足を運んで来たという。

ここまでされたら、売らないわけにはいかないな…と思ったと。

昨夜、吉田さんと奥さんのサユリさんにご飯をご馳走になった時、ニコニコしながら楽しそうに、この話を語ってくれました。


吉田さん、サユリさん、昨日は本当にご馳走様でしたでした!

八巻さんの思いは吉田さんにしっかり届いた。
八巻さんはその熱意と行動で、吉田さんとの信頼関係を築いたのだ。

なかなか真似の出来ることではない、すごいことだと思う。

そしてそんな吉田さんと八巻さんの真摯な生き方が、小川畳店のたかしくんにも伝わっていったのだ。

いつしか2人で八代に足を運び、たかしくんも吉田さんとの信頼関係を築いていった。

今では毎年仲間たちとともに、みんなで手伝いに来てくれる。
今ではみんな大事な戦力だと、吉田さんはおっしゃってました。

他所の国で作られた、安く質の良くないい草を、日本の国産と偽って平気で世に送り出す悪い業者も多いという。

どんなに手間暇かけて育てた最高のい草も、適正な評価が得られなくなっている。

最高品質な畳表だという事を認めるための
JA認定のゴム印がある。
ところが畳表に押されても、何を記されているかわからない。

そんな状態が続いていた。

このままでは意味がない。
何とかしなければならない。
まずは認印を鮮明に押せるようにしようと「なんでもくん」をJAに提案してくれたのが、小川たかしくんだったのです。

たかしくんも常に本気の人だ。
どうにかしたいとずっと思っていたのだろう。

熊本のJAに対して、しかも東京の畳屋さんが、見たこともないようなパッド印刷を、認印として使ってはどうかと提案するなんて、容易なことでは無かったと思う。

提案するって言葉にすると簡単だけど、きっと沢山のことを乗り越えたと思う。

たかしくんの踏み出した一歩は、本当にすごいことだった。
昨日それを心底感じた。

JAやつしろのセンター長である谷川さんと、この2日間に色々と話をしました。

谷川さんがやろうとしていることは、これからの畳業界を救うために必要な改革だ。

その改革をよく思わない人たちも少なくないと思う。

でも立場は違うけど畳業界を良くしたいと本気で思う人たちの思いが、次々と繋がっていったのだろう。

そしてたかしくんの本気が、私まで繋がって来たのだった。

その改革のために、なんでもくんの兄弟でもある「どこでもくん」を導入して頂いたのが今年の7月だった。

正確にはどこでもくんを簡易化したものだけど。


今回は、その「どこでもくん」を使用する際に、大変なトラブルが起きたとのことで連絡があり、それを解決するための再訪だった。

安心堂史上、いままでに起きたことのないトラブル。
前例がないとはこのことだ。
パッド印刷において、起こりえないことが、先方で起きているという。

電話で聞いても原因が分からず、実際の現場を見に来てくれとの依頼があり、再訪することになった。

正直言うと、プレッシャーが半端じゃ無かった。
なぜって現場を見ても原因が分からないかもしれないから。

単身乗り込むには勇気がいることだった。

ところが。

話で聞いていたのと現場では、全く違うことが起きていた。

思っていたよりも簡単に、あっさりとトラブルは改善された。

ここまでクオリティはあがった。


指示した通りに印刷してくれたら、何の問題もなく印刷は出来る。

すごくほっとした。

問題だったのは、立場の違う人たちの、目標や目的の乖離だと思う。

国産畳の価値が、正しく評価されるように、業界が一丸となって努力をしていくことが重要なのだと思う。

そのために安心堂が出来る協力や努力は、決して惜しまないと決めた。

役に立ちたい、喜ばせたい、そんな思いが湧いてきた。

たかしくんを応援したい。
吉田さんを応援したい。
谷川さんを応援したい。

そう思ったんだ。

わたしたちは物を作ってるんじゃない。
物語を作っているんだ。

それをまざまざと感じた2日間。

その一端を担える事に喜びを感じるとともに、なんでもくんを開発した父の偉大さを、感じざるを得ない2日間でした。

さー、いまは博多から岡山に向かう新幹線の中。

東京行きだから、乗り過ごさないように気をつけないと。

明日はまた大事な仕事が待っている。

数年前は、まさかこんな日々を過ごす事になるなんて、夢にも思ってなかった。

人生って何がおきるかわからないね。

さて、楽しみます。