10年後のキミへ贈る大切なこと

わたしのタイムカプセル

想像するのとしないのと

2019-10-16 17:46:00 | 日記
足立区は荒川土手の決壊を免れ、区内では氾濫する事もなく、今まで通りの日常を過ごしている人も多いと思います。

でもそれは、たまたま氾濫しなかっただけのこと。
私はそう思ってます。


※正江さん、写真お借りしました。

あと数時間、暴風雨が降り続けてたらどうなってたかわからない。

我が家はアパートの2階。
荒川はすぐそこ。
足立区のハザードマップによると、早急に立ち退きが必要な区域だ。
それは前から知っていた。

ベランダ側には暴風を防ぐような建物もなく、道を隔てた向こう側には足場むき出しの建築現場が見える。

前回の台風15号の影響で大変な思いをしている仲間たちの声を聞いている。

私は娘たちと話し合い、近くの小学校が避難所として開放されたのをきっかけに避難することを決断しました。

夕方5時過ぎのことです。

私が娘たちと、避難所に避難したことを馬鹿にするような人もいました。

避難所に向かう前に、閉店してるかもしれないと思いつつ、家の前のコンビニに行ってみました。

まだ閉店はしておらず、知り合いのママ友がバイトしていたので、何時までやるのかと聞くと夜10時までシフトが入ってるという。

正直驚いた。

あれだけ多くの警報が流れ、首都圏は夜9時頃からピークだとの情報も既に流れているのにもかかわらず、オーナーの人命に対する認識を疑う。

だけどそのママ友も、私が早く帰った方がいいと言うと「水が来たら泳いで帰るから大丈夫〜」と笑って言っていました。

足立区全域の避難勧告が発令されてるのに?
荒川が氾濫する危険が迫ってるのに?

水害の恐ろしさを、想像することもしないことが恐ろしかった。

防災意識の落差に驚く。

何を言っても無駄だった。

たまたま今回は被災を免れた。
ただそれだけのこと。

だけど、笑う人もいる。

人の手を煩わせないためにも、まずは自分の命は自分で守る。

それが基本でしょうが。

そしてそれができない方たちの手助けをする。

それができるのが人間でしょうよ。

救助を待たなければならない状況に、ならないようにすることが大事なんじゃないの?

そのための防災意識が何よりも大切なのではないかと私は思う。

判断を誤ることはあると思います。
初めてのことでどうしていいか分からないというのはわかります。
私もそうです。

でも、学ぶしかないから。
ことが起きてからじゃ間に合わないって、私は知っているから。

避難することをバカにするなら、有事の際も救助は呼ぶなよと、大きな声で言ってやりたかった。

言わなかったけど。
大人だもん…。

自分の命は自分で守る。
それぐらいのこと、意識しようよ。

行き過ぎたくらいの想像力が、命を救うかもしれないよ。


台風19号で被害にあわれた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。


あしたも

2019-10-07 01:13:31 | 日記
東日本大地震以降、死生観について考えながら生きているように思う。

「死生観」というと、なんか大袈裟かな。

死を意識しながら、毎日を楽しく生きています。

明日生きているかわからない日々の中で、私が唯一残せるものってなんだろうって。

一つは「愛してる」という事実。

朝、娘たちを送り出す時は、必ず玄関まで見送って、ハグしたり頭をなでたりする。
お洒落して髪を整えた娘たちは、若干迷惑そうな表情をしながらも、安心してるような顔もする。

大切な人たちと過ごしている時間は、目の前にある幸せに、どっぷり浸かることに意識を集中する。
明日の仕事のことを気にしたり、やらなきゃならないことに気持ちが追い込まれるのは勿体ないなって。
今この瞬間に目の前にある幸せを、ちゃんと感じようと思ってる。

大切な人を、大切な時間を、無駄にしたくない。

だって、そう。

あの日が来るなんて誰に予想ができたのだろう。

愛してると伝えられないまま、最愛の人がこの世を去ってしまった事実が沢山ある。

当たり前のような毎日は、当たり前ではなかったと、知ったときの苦痛は計り知れない。

伝えなかったことの後悔や苦しさを、語ってくれた人たちの言葉を無駄にしてはいけないと思った。

本当に大切なものって、人それぞれ違うと思うけど。

失ってから気づく事が何より辛い。

目の前の幸せに気がつかないということほど、虚しくて悲しいことはない。

気づけないと、もっと、もっと、もっと…と、何をしてても満たされない。

私もかつて、そんな日々を過ごしていたと思う。

あの時を思うと、今の私は本当に自由で、本当に幸せで、充実した日々を過ごしている。

「自由に生きる」ということは、全てにおいて自分で責任を背負うことだと思ってる。

自分勝手に生きるのと、自由に生きるのとでは違う。

自分の足で、自分の意思で、自分の思い描いた通りに生きるには、少しばかり覚悟が必要だと思う。

その覚悟が、今の私にはある。
だから自由に生きられる。

時に不安で、時に孤独で、逃げ出したくなる時もある。

でも、そんな自分も居てもいいし、そうなっても仕方ないかと、そんな覚悟もできている。

まあ、そんな風に。

いい加減に、いい加減で生きている。

あの頃に戻りたいと、思う過去が私にはない。

なんだか少し寂しいように聞こえるけど、それは今が、過去より少なからず幸せだと言うことだと思う。

私の持ってる最大の武器は、「許す」ことだ。

あの時の自分を、あの時の他人を、辛かった過去も、全て許すこと。

それが万人の武器になるとは思ってないけど。

私はすごく楽に生きられるようになった。

楽しく生きるための努力は惜しまないよ。

生きてるかどうか分からない明日だけど。

あしたも楽しく過ごせますように♪