念願だった父祖の地『安宅の関』を訪ねました。
2009.2.22
たぶんこの記事で、おいらの本名の苗字がわかるでしょう。
わかってもコメントには敢えて書かないでください。
こっそりとメールしてくださいね。
以前平泉の記事で、「先祖は義経、弁慶に縁の武将」と書きました。(詳しくはブログ記事『義経終焉の地 高館義経堂』で)
平泉に続き、安宅の関を訪ねる事は、幼少の頃からの願いであったとも言えます。
安宅の関の近くでバスを降り、運転手さんに教えられた方向に歩いて行くと、「安宅住吉神社」が見えてきます。
この神社は大阪の住吉大社系の神社で、『勧進帳』のエピソードから全国唯一の『難関突破』の守護神とされています。
ちなみにおいらの実家は、小樽の住吉神社のすぐ近くにあります。
何かと縁があるようです。
「安宅住吉神社」
「弁慶逆さ植えの松」
「手水舎}
父祖に敬意を表して、手水を遣うのは怠りません。
またまた、左手だけの登場です。
参拝をしていると、巫女さんに「よろしければ、安宅住吉神社、安宅の関のご説明をいたしますが、いかがですか?」と声をかけられました。
急ぐ旅でもなし、なかなか一人旅の観光地(?)でガイドしてもらう事も少ないので、この際お願いする事にしました。
若くて綺麗な巫女さんの説明、時間にして5分程度でしたが大変参考になりました。
最後にちょっと意地悪な質問をしました。
「義経、弁慶は平泉で終焉を迎えたのは皆が知っていますが、○○泰家の子孫の方は、今何処で何をされているんですか?」
「私の勉強不足ですが、○○の子孫の方については、どうされているかわかりません。」
なるほどね。わからないかあ。「今あなたの目の前に立ってるよ。」とでも言えばビックリしたかな?
巫女さんに丁寧にお礼を言って、いよいよ安宅の関の跡に向かいました。
「安宅の関跡」
何て事はない、ただの碑があるだけです。
でも、この場所で自分の先祖と義経、弁慶がかかわったと考えると感慨深いものがあります。
もう少し何かないかと探すと、ありました。
左から、義経、弁慶、おいらの先祖の○○です。
「関之宮」
手前の祠はおいらの先祖、奥が義経を祀った祠です。
『安宅の関』のエピソードは、歌舞伎の「勧進帳」でも有名です。
ネットで調べるとおいらの事も色々わかりますよ。
くれぐれもおいらの本名は内緒ですよ。
いつもの「スライドショー」です。
2009.2.22
たぶんこの記事で、おいらの本名の苗字がわかるでしょう。
わかってもコメントには敢えて書かないでください。
こっそりとメールしてくださいね。
以前平泉の記事で、「先祖は義経、弁慶に縁の武将」と書きました。(詳しくはブログ記事『義経終焉の地 高館義経堂』で)
平泉に続き、安宅の関を訪ねる事は、幼少の頃からの願いであったとも言えます。
安宅の関の近くでバスを降り、運転手さんに教えられた方向に歩いて行くと、「安宅住吉神社」が見えてきます。
この神社は大阪の住吉大社系の神社で、『勧進帳』のエピソードから全国唯一の『難関突破』の守護神とされています。
ちなみにおいらの実家は、小樽の住吉神社のすぐ近くにあります。
何かと縁があるようです。
「安宅住吉神社」
「弁慶逆さ植えの松」
「手水舎}
父祖に敬意を表して、手水を遣うのは怠りません。
またまた、左手だけの登場です。
参拝をしていると、巫女さんに「よろしければ、安宅住吉神社、安宅の関のご説明をいたしますが、いかがですか?」と声をかけられました。
急ぐ旅でもなし、なかなか一人旅の観光地(?)でガイドしてもらう事も少ないので、この際お願いする事にしました。
若くて綺麗な巫女さんの説明、時間にして5分程度でしたが大変参考になりました。
最後にちょっと意地悪な質問をしました。
「義経、弁慶は平泉で終焉を迎えたのは皆が知っていますが、○○泰家の子孫の方は、今何処で何をされているんですか?」
「私の勉強不足ですが、○○の子孫の方については、どうされているかわかりません。」
なるほどね。わからないかあ。「今あなたの目の前に立ってるよ。」とでも言えばビックリしたかな?
巫女さんに丁寧にお礼を言って、いよいよ安宅の関の跡に向かいました。
「安宅の関跡」
何て事はない、ただの碑があるだけです。
でも、この場所で自分の先祖と義経、弁慶がかかわったと考えると感慨深いものがあります。
もう少し何かないかと探すと、ありました。
左から、義経、弁慶、おいらの先祖の○○です。
「関之宮」
手前の祠はおいらの先祖、奥が義経を祀った祠です。
『安宅の関』のエピソードは、歌舞伎の「勧進帳」でも有名です。
ネットで調べるとおいらの事も色々わかりますよ。
くれぐれもおいらの本名は内緒ですよ。
いつもの「スライドショー」です。
あの間を歩くのは身が引き締まる思いでしょうね
参拝者がぞろぞろいると全然違うと思うけど
念願がかなって良かったね
しかも平安の昔までさかのぼって。
礼次郎さんがお城や神社に惹かれる訳が
わかったような気がします。
でも意外とあっさりという感じもありました。
○○家の本家は、400年ほど前に秋田佐竹藩に転封しています。
ですから、地元の巫女さんが子孫の行方を知らなくても何の不思議もないです。
ガサツなおいら、身は引き締まりませんでした。
そこまでいくと逆に引いてしまいますが。
母方はそんなに昔まで遡れませんが、恐らく日本人で、この武将を知らない人はいないと思います。
東海地方かぁ...
一人旅が好きなので。