アジア各都市でキャンセル続きだったモリッシーを本当にこの目で拝めるのか? という不安と緊張の中、私は羽田空港に降り立った。前々日くらいからモリッシーバンドの方々がちらほらと日本で撮ったらしい写真をSNSに載せていたのでそれが心強かった。



[江戸主水ルウ(@Schokolade1919)さん撮影]


[モリッシーへのプレゼントに同封したファンレターの下書き]
ゆりかもめに乗り豊洲PITに着くとすごい人…16時から先行物販なのにすでに15時55分には目視で500人以上は並んでる。焦って最後尾に並んだ。
並んでる間にドラムやギターの音が聴こえてきて、リハーサルが始まったようで、私の耳にもWe Hate や Stop Me の音が耳に入ってきた。モリッシーの声も…!! こんな何気なく聴こえていいものなのか? モリッシーの声が。周囲の人もざわめいていて、期待感が満ちていくのが肌感覚でわかった。1時間半くらい並んでツアーTシャツなど購入。その間に日は落ち、すっかり暗くなっていた。
途中ツイッターのフォロワーさんたちと初めて会ってご挨拶をし感激しながら、モリッシーをこの目で観る時が近づいてると思うとどんどんボルテージが上がっていった。
スタンディングで早く場所ゲットしないととは聞いていたけど、コンサート慣れしてない私は整理番号71番という早い番号だったのにフラフラ〜っと入って左側前から3列目の場所に陣取った。ワンドリンク制でとりあえず受け取った缶ビールを急いで飲み干し、潰してバッグに入れた。邪魔すぎる。
いつもYouTubeで見かける通りバックドロップに次々と映像が映る。これもモリッシーからのメッセージ、ちゃんと記憶に残したい…けど本人出てこないかな…と思いながら…開演時刻の7時から37分過ぎた…もう会場は人で埋め尽くされ、私がいる前方は後ろから押されて身動きが取れない状態だった。一つ動画が終わる度にもうモリッシーが出てくるかとどよめきが起こる。そしてまた違う動画。これもモリッシーのくれた試練か…
するとバンドメンバーが出てきてモリッシーもさりげなく登場。
コンニチハ!
You're the one for me, TOKYO-!!
が第一声だった。
1曲目は " We Hate It When Our Friends Become Successful " 私たちは友だちが成功するのを憎む…!なんど聴いても笑ってしまう(でもモリッシー以外誰も歌にはしないような感情)。
WHAT WOULD YOU DO IF YOU WEREN'T AFRAID?の文字が画面いっぱいに書かれていた。怖いものがなかったとすれば何をするか? 私は当分の間このメッセージに頭を抱えることになるだろうな。
次は "Suedehead" Why do you come here ? ってもちろんあなたに会いに来たんだよ〜って手を伸ばし、胸がいっぱいになりながらシンガロング。
途中ツイッターのFFさんであるトリさんからいただいた咲きかけの白いグラジオラスをステージに投げた。The Smiths の頃のモリッシーのようにおしりのポケットに刺して写真を撮っとけばよかった、忘れてた。でもモリッシーにグラジオラスを捧げるというファンの約束事が出来て嬉しい。

Alma Matters で涙しながら手をひたすら伸ばし、Our Frank でファンに投げ入れられたタバコをモリッシーが拾って耳にかけるところにグッときてさすがだなと思う。スミスの頃のステージ(YouTube) からずっと観てて思うのは、何気ない演出が天才的に上手いということ。ダンディズムというか、そしてその上チャーミングで。スミスの頃の動画を観ていて細い体をくねらせ絞るように歌っていた姿は胸が苦しくなるほど美しかったが、64歳の今厚みのあるどっしりとした胸板をはだけてマイクコードをピシリと叩きながら歌うところはまた魅力的だ。胸元にはゴツゴツした大きなネックレスがあり、肌の表面に汗がキラキラと輝いていて、美しかった。


[江戸主水ルウ(@Schokolade1919)さん撮影]
Stop Me, Sure Enough The Telephone Ring, I Wish You lonely, How Soon Is Now, Girlfriend In a Coma, 幾度となく聴いてきた曲や、新曲が続く。多幸感でいっぱいだった。
Sure Enough は Bonfire of Teenagers の1曲でのりが良く大好き。問題が解決して早くCDかレコードが販売されたら良いのに…
Let Me Kiss You の後、モリッシーが腕にたくさんのプレゼントを抱えて何か話していた。私も手に持っていた薄いグレーの紙袋を今だ! と思って投げた。その時だけ静かだったので意外と大きな「カサリ」という音がしてステージに落ちた。モリッシーが気づいてくれて、手を伸ばし、拾ったスタッフからそれを受け取った。すると両手で持ち、手を伸ばしてしげしげと眺めクルマのハンドルを回すようなユーモラスな動きをしながら片付けてくれた。予想以上の展開に胸がいっぱいになった。中身はGUCCIのネクタイ…と言いたいところだが予算の都合上、某デパートのハンカチ売り場で一番お高い、モリッシー色の(イメージはグリーンとピンク)ハンカチ2枚と、夜なべして書いた熱烈ファンレターだった。私のあの拙い文章を読んでくれただろうか? 読んで「フフフ」と笑ってると想像するだけでうれしい。


[モリッシーへのプレゼントに同封したファンレターの下書き]
途中モリッシーはよく喋ってくれた。東京では新宿のディスクユニオンと渋谷のタワーレコードに行ったこと。東京以外に大阪、広島…など知ってるよということ。あと面白かったのは「皆さん私のことを歌手だと思ってるようだけど、私は皆さんの精神科医なんです」と言ったこと。これには言い得て妙だと思った。あなたは私たちの病んでるところをあまりに的確に捉えて、それを歌にしている。そして私たちはそれに慰められ勇気づけられている。
The Loop ではモリッシーは薄い水色のマラカスを二つ持って歌っていた。激しいマラカス捌きとテンポいい曲調に照明でピンクに染まった会場は沸き立っていて私も楽しく踊っていた。曲の最後にモリッシーがバックドロップをじっと見つめた後にマラカスを一つ、二つとそれに向かって投げつけて終わったのには驚いた。この時のこの一曲はこれで完成したのだろう。画竜点睛といった感じだった。マラカスを降ってる姿からそこまで、映画を観ているようだった。
キーボードにスポットライトが当たり、いよいよEveryday Is Like Sunday が始まった。この曲は毎回キーボードの長い前奏で始まる。今回も新しいメンバー、カミラさんの演奏によって幕を開けた。カミラさんはひと月前くらいに足を骨折したとInstagramに載せていた。それがツアーのキャンセル続きの理由らしいが良くはわからない。美しい叙情的なピアノの音が3分ほど続いてから聴き慣れたメロディーが聴こえてきた
Trudge slowly over wet sand …
この始まりでまた涙。ああ、人生なんて濡れた砂の上を重い足取りでゆっくり歩くようなものだよなあ… ふだんのつまらない仕事やなんだかんだ生きてると片付けなきゃならない雑事なんか、私はこの歌を聴きながら乗り越えているんだ。
Everyday Is Like Sunday
Everyday Is Silent and Gray
毎日が日曜日、毎日が静かで灰色
どうしてモリッシーは私の気持ちを知ってるの?
という気持ちでいっぱいになって手を伸ばし続ける。シンガロングする。モリッシーがこちらにもやってきて手を差し伸べてくれる。もう少しで手が届きそうで届かない。あと30cmくらい? モリッシーの姿と華やかなライトが涙で滲んでキラキラして見えた。
Jack The Ripperの赤いスモークはYouTubeで見てたのより迫力があって驚いた。そのスモークの向こうからシルエットと化してしまったモリッシーの声が私を霧の世界へ連れ去ろうとしている。そして私もそれを望んでしまう。その高笑いと共に闇の中へわけ行ってしまいたい…
Sweet and Tender Hooligans の激しいギターがなり始めると会場がわあっ…という声で沸き立ち、観客の揺れがピークに達した。みんなモリッシーのフーリガンになっていた。私もぎゅうぎゅうの中フーリガン、フーリガン! と叫びながら踊っていた。モリッシーじゃないとこんなふうに私はならないよ!
最後に着ていたT.RexのTシャツを首元からビリビリと裂き体を拭ってから客席へ投げてモリッシーはステージから立ち去った。
モリッシーが去った後もその場を離れがたく、ステージの前にしばらく佇み、ドラムセットを撮るなどしていた。モリッシーが去ってしまったことが受け入れ難かった。
建物から出たところでツイッターのフォロワーさんたちとお会いし、場所を移動してファン談義に花を咲かせた。
みなさん物販から並んでかなりの時間立ってたはずなのにパワフルだった。私ももちろん、皆さんも50代60代という年齢で大なり小なり体の不調を抱えてる方も多いだろう。でもあの日は本当にモリッシーに会いたい一心で皆さん元気が出たんだと思う。私もだ。私は終わってから酷い風邪になってしまった。
私はふだん地方でひっそりとモリッシーを聴いているのでこんなに一度に大勢のモリッシーファンに会ったのは初めてだった。いろんな方がいたが共通して思ったのが「この人はきっと人の痛みがわかる方なんだろうな」ということだった。話しただけでなく、その時のしぐさやちょっとした振る舞いなどで、何となく感じることが多かった。モリッシーの歌には弱い人や傷ついた人が多く登場する。その苦しみや悲しみを彼は赤裸々に描き、訴える。その迫力のある声で切々と歌う。そんな彼の曲を長年聴いていると自然と人の痛みに敏感になるのではないだろうか。私も温かいひと時を過ごせてとても良い思い出になった。
翌日は昨日のコンサートの余韻を引きずったまま、東京をぶらぶらし、モリッシーがコンサート前日に行ったという新宿ディスクユニオンを何件か回った。ディスクユニオンは各ジャンルが雑居ビル数件に分かれたお店で、規模は小さくないのだが一つ一つの階は小さく、8畳くらいしかなかった。あの空間でモリッシーとあったら近すぎて嬉しすぎ、卒倒しそうだ。
旅は終わりを告げようとしていた。羽田に着き、モリッシーももう東京を後にしただろうか、と思って淋しさを感じていた。帰りの飛行機の中で、眼下に広がるキラキラした東京の夜景を眺めながら今回は演奏されなかった The More You Ignore Me, The Closer I Getを聴いていたら自然と涙が溢れてきた。I am now, a central part, of your mind landscape, Whether you care, or do not
ああモリッシー、この歌のとおりだ。あなたの勝ちだ。あなたは確かに私の心の真ん中にいる。そしてあなたはずっとここに居続けるだろう。
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Setlist (2023年11月28日 東京 豊洲PIT)
1 We Hate It When Our Friends Become Successful
2 Suedehead
3 Alma Matter
4 Our Frank
5 Stop Me (The Smiths)
6 Sure Enough, The Telephone Rings
7 I Wish You Lonely
8 How Soon Is Now ? (The Smiths)
9 Girlfriend in a Coma (The Smiths)
10 Irish Blood, English Heart
11 Let Me Kiss You
12 Half Person (The Smiths)
13 Speedway
14 The Loop
15 Please Please Please Let Me Get What I Want (The Smiths)
16 Everyday Is Like Sunday
17 Jack The Ripper
18 Sweet and Tender Hooligan (The Smiths)