「着いたよ」
運ちゃんの言葉に、目覚めるとそこは松潘だった。
▼松潘の城壁の外側
川主寺のトンネルを過ぎた辺りで居眠りをしてしまったらしい。
……あれ?先に松潘だったのかな??
位置関係からして、黄龍→松潘→茂県の順で進んだ方が効率が良いように思うが。
相変わらず旅行社から貰った行程表を見ていなかった。
実は、行程表を確認しなかったが為に、前日とんでもない事態に遭遇していた。
昨日の朝、九寨溝を観光中にゲイさんから電話がかかってきた。
「今どこに居るんですか?ロビーで運転手さんが待ってますよ」
「えっ」状況が飲み込めず、一瞬フリーズするが、タクシーは18日で依頼していたはず。
「今日は17日ですよね?タクシーは明日18日でお願いしているはずですが」
「えっ、九寨溝2日ですか?」
「そうです、黄龍は明日ですよ。メールでそのように書きましたが」
言葉を失うゲイさん。
まさか九寨溝を2日も観光するなんて微塵も思わず、
翌日にタクシーの手配をしていたらしい。
メール確認で18日と書いてあったので、無料で再手配して貰えた。
西安で貰った行程表をしっかり確認していれば、もっと早くにわかったことだったが
ゲイさんの日本人並みに行き届いた気遣いに、間違いなんてないだろうと
安心してしまっていたのだ。
「ここは30分だから」
運ちゃんは行程表を見ながら、我々に指示した。
この運ちゃんは30代位の一昔前の中国のイケメンという感じだが、
不愛想なので少し怖く感じる(笑)。
……行程表を見てるなら間違うことはないな。
何かの理由で黄龍は次にしたのか、なんて考えつつ、時間もないので
観光を始める。
▼松潘のシンボル「延薫門」/塑像はソンツェンガンポ王と文成公主
松潘の街は標高2850m、黄龍の南西に位置する。
松潘の歴史は2300年とも云われ、約600年前の明代に建てられた城門が
街のシンボルになっている。
松潘は漢民族圏とチベットの境界にあり、重要な交易中継都市として発展した。
かつては高原古城と呼ばれたそうだ。
松潘には漢族、チベット族、羌(きょう)族、回族が住んでいるらしい。
▼城壁内のメインストリートは観光客目当ての土産物屋、食堂が多い
▼唐代の剣南西川道節度使・李徳裕(りとくゆう)の塑像
▼李徳裕と怪しい日本人
▼路地に入ると、屋台の軽食がある。
▼回族の屋台/羊肉、ヤク肉、ジャガイモの串焼き
▼城壁は山の上にまで続いている
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