チーママ生きていればーーーいいさ!

2018年4月13日金曜日から
私の人生チョイ変わった~

ストーマって~?

2018-05-16 | 病と

特別治療室で一晩スタッフに様子を看てもらい、

4日目にやっと、一般病室に入れたにこにこ

入院してから初めて外の景色が見えた!

リハビリのB棟なんで、東側の治療のA棟が見える~おめめ

朝は、必ずみそ汁が出る!豆腐とお麩いいよ~ ほうれん草のお浸しもおいしかった!

あとはダメ~ お粥も少々

午前中に、点滴バーを押しながら戸リハビリお兄さんとフロア半周休んで1周、筋トレでかかと上げ20回・スクワット10回&

足マッサージ

 

中先生は順調だと言うけど、

切って縫ったもり上がった傷跡はどうにも痛くって~ほっ

 

これからの生活について、

小看護師さんから、ストーマの説明があった本

初めて聞く言葉ーーー人工肛門っていうのは聞いたことあったけど~?

手術後は看護師さんが全部やってくれてるけど、入院中にストーマ用具の交換や装着は自分でできるようにならないと

退院はできないって汗

私の大腸は、なんの働きもしなくなってるんだ~

慣れていくしかないねぇ元気

 

 


重湯だけよ~

2018-05-15 | 病と

集中治療室3日目を迎えた病院

朝の中先生がまた管を減らしてくれ、鼻からの酸素も外したあはっ

水が飲めるようになったら、なんかお腹すいた感覚に!・・・入院する3日前から何も食べられずに1週間

一口でいい お粥食べてみたいな~と先生に言うと、

お昼に出た!

お粥でなく、五分粥の重湯~ 何粒かでいいさ!何の味もついてない~ あとのものは、舐めただけにへ

戸リハビリ介護士のお兄さんが来て、

ベッドから初めて離れ、車椅子に移動してから、

点滴バーを持って10m歩き

チョイ休んでから30m歩いたグー

 

午後になって、尿の管を外して、車椅子で3Fの手術室・集中治療室から8FBに変わった!

スタッフルームからつながっている特別治療室へ

母や妹が来た時、自分でトイレに行って尿を量って記録するようにと言われたけど、

紙オムツで尿カップ・・・失敗!情けない~タラー

 

夕飯は、やっぱ重湯だけど、ほうれん草と缶ミカンが少し食べられた・・・食べたくないおかずは、ふたして見ないかお

夕飯のあとに娘夫婦が来て、その時に尿カップ持ってトイレへ!

紙オムツでまた失敗~ ホント情けないタラー

生まれて初めての紙オムツ 無理~かお

紙パンツがいい!って看護師さんにお願いにっこり

 

母に、茶わんや塩を頼み、

パーやチビにバスタオルや観劇会員手帳を頼んだ。

消灯は9時半ーーー1時間2時間と続けて眠れるようになってきた~zzz

 

 


集中治療室2日目・・・ず~っとベッドの上で動けず~

2018-05-14 | 病と

長い手術が終わった夜・・・身動きできず、ぜんぜん眠れず~ 辛いままの一夜だったほっ

集中治療室で動けない私のために、看護師さん達が何もかもやってくれるuinku

 

集中治療室2日目

担当の中先生が、午前中に 体に刺さった数本の管を減らし、酸素マスクを鼻から小さく&水を飲んでOK!ってニコニコ

2時間おきに氷3個入れた小さな紙コップの冷たい水をもらってーーー幸せ~にこにこ

お昼に現れた先生、鼻からお腹までの管を抜いてくれてうれぴー!

パー(私のパパちゃんの呼び方)や子らや母が覗いたんで、バッグやメモを頼んだにっこり

何百万円ものベッドは、寝たままアワアワで体を洗ってくれて気持ちいい~

リハビリ担当のお兄さん登場!初めてベッドの上に座って、ベッドの横に立って座るを2回だけグー

点滴だけで、右手・左手に5本以上おめめ

腕以外に体のアチコチに管が刺さって留められてる

手術で切って縫った傷跡はず~っと痛いけど、夜中に何時間か眠れたzzz

 

 


13日の金曜日にーーー生き返った~

2018-05-13 | こんなことがあったのよ

みんな楽しいGWを過ごしたんだろうね~

そして、第2日曜は母の日・・・13日!

 

1か月前の4月の時は、13日の金曜日だったんだよ~

たぶん一生忘れられない日タラー

去年の春も、チョイ忙しくてブログ1か月くらい休んだから、またチーママさぼってるなぁって思ってただろうねぇ

3月下旬に那須の親戚一同で塩原温泉に終結!私は母を連れて、楽しくみんなで過ごしたどっきゅん

そのあとは、3月~4月にアチコチのサクラを楽しんだ~桜

 

そのあとよ!

なんかおなかがきつくって、便秘かなぁ?薬局で浣腸や便秘薬ーーー

娘が飲み物・やわらかいものなんか届けてくれたけど、

ダメ!水しか飲めない・スポドリしか飲めないのが何日か続き、

とうとう夜中に、パパちゃんに支えられ救急外来!たどり着いたのは、ラッキーなことに母が2年前に入院したとこ病院

夜中ず~っといろんな検査、気づいたら娘2人がいつの間にか駆けつけてくれてたおめめ

朝になって、診たとたんに担当の先生が「すぐ手術!」

11時に全身麻酔で・・・意識薄れる中、麻酔が覚めないままかもしれないと!? 私、みんなに何も言わないまましんじゃうのかも~心配だよ~!

13日の金曜日だった!

手術が終わって、家族も命の危険があると説明されてたらしい

4時半に起こされ、1時間くらいアチコチ処置ーーーなんと、両腕だけでなく、体中に管が差し込まれ、その数20本くらいかお

鼻から内臓までの管はとってもつらいし、酸素マスクもず~っと

5時半に、みんなが来て並んだけど(まご美は12歳以下なんで集中治療室に入れず娘と外)、顔見るだけでなんもしゃべれない~

30度以上体を起こしてはいけないと、次の日までぜんぜん体を動かせず

ただ息をしてるだけの私、

いちばんたいへんだったのは3人の出産だと思ってたけど、この歳のこの日は、今まででいちばん辛かったかも? 

夜もぜんぜん眠れず、集中治療室の3日間はきつかった~

1日たって、水を飲んでいいと言われた時、鼻のチューブが抜かれた時、酸素マスクが鼻の小さなものになった時

どれも涙が出るほど嬉しかった~

最初の24時間は、途中であまりにもアチコチ痛く辛く、このまま死んだら楽だろうな~とも思ったよんほっ

合併症起きる可能性大だったらしく、危険度90%と脅かされてたファミリー、私を見てみんなが喜び

やっぱ生きてるだけでいい!って感じたニコニコ

これからがまたたいへんらしいけどねぇ

 

ブログは、4月13日からのことを残してく・・・コメントいらないんでさり気なく記事チラ見してってね~ラブラブ

チョイしばらくは、返事やお返しなかなかできそうにないんでゴメンね~