〜かたることばが歌になる風になる〜

京都 ① お琴の演奏会 於:大徳寺・聚光院

14日母の日に京都でお琴の演奏会を聴いてきた。
私のかつてのピアノの生徒さんのお母さん、恭子さんがお琴の演奏家で、演奏会にお誘い頂いた。
生徒さんだった本人は、小藪が好きな姪っ子と同い年で二人子供さんが居てアメリカで暮らしているとのこと。


この日は北区 紫野(むらさきの)にある大徳寺の聚光院(じゅこういん)というお寺のお部屋で、お琴、尺八、ソプラノの歌、舞踊などのコラボによる演奏を聴いた。

紫野といえば、高校音楽科から大学の音楽学部まで一緒に学んだ声楽の同級生が結婚して住んでいる地域で、額田王(ぬかたのおおきみ・歌人・一説には巫女とも)の「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る」という和歌がすぐ思い浮かぶ。
額田王は最初に大海人皇子(おおあまのみこ・7世紀後半在位・天武天皇)の奥さんになり3人の子を設けるが、この天皇とは後に別れて、大化の改新で活躍した中大兄皇子(なかのおおえのおおじ・大海人皇子の兄・天智天皇)と恋人関係だったそうだ。

この歌を詠んだ時、天智天皇(兄)とは恋愛関係だが、かつての夫大海人皇子(弟)と自分は共にまだ恋愛感情が残っているので「彼は自分に袖を振って好きだという気持ちを伝えてくるけれど、野守(番人たち)がその様子を見て、私たちの秘めた気持ちが知られてしまうわよ」と詠っているのだ。古代の人たちの意外にも自由な男女の恋愛事情が想像できる。


お寺へはJR京都駅から地下鉄烏丸線の「北大路ターミナル駅」で大徳寺方面に行くバスに乗る。

大徳寺は臨済宗の禅寺で境内は広大でたくさんのお寺が建っている。
お琴の演奏会が催された「聚光院」は千利休が切腹させられた菩提寺でもあり、狩野永徳(かのうえいとく)、松栄(しょうえい)の狩野派の日本画襖絵が有名だ。



聚光院の「百積庭(ひゃくせきのにわ)」


お琴には三弦、十七弦、二十弦など、いろいろな種類があることを知った。
弦が増えると音が重厚な響きになる。
弦楽器のヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスなどのような種分けというところかと思う。


プログラムのほとんどが恭子さんの作品で、尺八との二重奏、3張のお琴の3重奏、恭子さんがお琴と、三味線で地唄を歌いながらの演奏など、とても珍しい形態の演奏を観て聞かせて頂いた。



その中で特に面白かった作品は、朴 守賢(パク スヒョン・大阪音大作曲科卒・日本や韓国で数々受賞))という方の「白の御神楽<White Birth>」。生まれることの美や神秘性を題名にした作品だそうだ。

2張(十七弦)のお琴とソプラノの歌、創作舞踊によるアンサンブル。
皆さんお着物から洋装(グレー)に着替えて、古代の神話に現れる巫女( 白装束かな?)のようなものをイメージしているようにも感じる。
作曲者は胎児や魂の記憶を表す世界を「白」と表現している。
お琴の本体底あたりをボン!ボン!と叩いて、太鼓のような低い響きで子宮内の音に似たベースを鳴らし、お琴の弦の音が聞こえ、現世ではない(前世?)異次元の世界を醸し出し、ソプラノの歌い手が「うまれる」の声を母音で発し徐々に「生まれくる愛」という意味のハングルを、ハミングのようにも聞こえる声で歌う。


韓国生まれの作者が作り出したこの作品が、聴く者たちを日本の古代神話のような妙なる空間に引き込んで行くようだった。

恭子さんは日本の古楽器で新しい試みをこの数年実践しているという。
10年ぶりぐらいに聴いた恭子さんの演奏会は、彼女の挑戦と進化だと感じ、私も自分の音楽を細く長くでも続けていこうと思わせてくれた。


広大な境内の新緑と風が心地いい中、この後すぐ近くの今宮神社の「あぶり餅」を食べに行った。

活動を終了した「女声合唱団風」のこと、「コーラス花座」のこと、韓国ドラマ、中国ドラマなど色々。

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