中華街ランチ探偵団「酔華」

中華料理店の密集する横浜中華街。最近はなかなかランチに行けないのだが、少しずつ更新していきます。

転落しないで済んだ ホッ

2021年08月26日 | レトロ探偵団

 昭和50年代の海岸通団地が写っている。この団地ができたのは昭和33年(1958)で、単身者棟は翌年に入居が開始された。それから50年間いろいろな人たちが住み続け、平成20年(2008)に建て替えのために解体された。
 跡地には高層住宅が建ったのだが、のちに隣接地にアパホテルが建設されたため、なんだか小ぶりのマンションという感じに見えてしまう。もちろん眺望も悪くなってしまったのは言うまでもない。

 さて、今日のお話はそんな海岸通団地で起きかねなかった転落事故の話である。先日、テレビ朝日の社員がカラオケ店の2階から落ちて大けがをしたというニュースを見て、自分が過去に犯したヤバイ案件を思い出したのだ。

 私の所属する楽団でギターとドラムを担当していたエムとは、よくつるんで呑み歩いていた20代。
 ある日のこと、野毛&福富町でしこたま呑んでいるうちに終電が行ってしまい、お互いに帰宅できなくなってしまった。こんな時は野毛の「ダウンビート」で朝まで粘るか、「武蔵屋」の前にあった「横浜温泉」で一夜を過ごすか、あるいは路上で寝るか、いろいろ選択肢はあったのだが、その日は楽でゆっくり眠れる方法でいこうと二人で決めた。

 それは大先輩の長老が住んでいる海岸通団地へ行き、3階の部屋に押しかけ、強制的に泊まらせてもらうということだった。
 この部屋は深夜でも鍵をかけずに長老が寝ていることが多かった。それは夜中に帰れなくなった人が来ても、勝手に入って寝ていけるようにという配慮だったのかもしれない。運よく入った人は長老を起こさないように、そお~っと横になって朝まで寝させていただくのだ。
 
 しかし、たまに鍵をかけて寝ていることもあった。そういう時は、小窓の内側、手の届くところに架けてある鍵を取り出し、それを使ってドアのカギを開けることができた。

 あの晩、エムと二人で行くと、珍しく鍵がかかっていた。ならばと、小窓を開けて中にぶら下がっている鍵を取り出そうとした瞬間、なんと鍵が部屋の床に落ちてしまったのだ。
 こうなると、もう入ることはできない。仕方ない、長老を起こさなければいけなくなってしまった。

 「トン、トン」 「ドンドン」
 
 いくら叩いても反応がない。

 「なんだろう、居留守かな?」
 「いや、高齢者だから、もしかしたら倒れているんじゃないか?」
 「これは中に入って調べる必要があるよな」
 「でも、どうやって入る?」
 「隣の住人の部屋からベランダに出て、フェンス伝いに行けるんじゃないか」

 二人とも酔っぱらっているから、とんでもなく危険な方法を話し合った。
 で、結局はその方法をとることにした。

 「トントン」と隣人の部屋のドアを叩くと、
 「はい?」と返事が返ってきた。
 運のいいことに隣人は在宅だった。
 「実は、お隣に我々の親せきが住んでいるんですが、今日、田舎から訪ねてきたら応答がないんです、ウィッ。なんだかヤバイので中に入ろうとしたら、鍵がかかっていて入れないんです。ウィッ。そこで、お宅の部屋を通り抜けさせていただき、ベランダから隣に移りたいんですが…ウィッ、通らせていただけますか~?」
 酒臭い息で話しかけたから、我々がかなり酔っぱらっていることは隣人も分かったはずだ。ところが向こうも酒を呑んでいるところだった。
 「そうか、大変だな。いいから通って行きな」と軽いノリで招き入れてくれた。

 私とエムは彼の玄関で脱いだ靴を持って部屋に入った。
 3畳足らずの部屋には、いつ干したか分からないような布団が敷かれていた。おそらく万年床だったのだろうと思う。
 壁際の小さな台の上には呑み終えた缶ビールが3つくらい転がり、無造作に置かれたイカの燻製から強烈なにおいが立ち上がっていた。

 そんな中を二人して爪先立って通り抜け、ベランダに出た。右隣りが長老の部屋だ。ここから難なく移れるものと思っていたのだが、なんと向こう側には大切に育てている植木類がいくつも階段状に置かれている。しかも鳩除けのネットが張り巡らしてあるのだった。
 
 「そうだった、忘れていたよな~。長老のベランダはがっちりガードされているんだった~ウィッ」
 「でも、今さら戻れないだろ、行くしかないぞっ」

 危険を前にして引き返す勇気がなかった。酔っぱらっているから気が大きくなっていたのだろう。登山だったら絶対に引き返している場面だ。
 しかし、私がトップで行くことになった。

 こちらのお宅のベランダには何も置いていなかったかが、問題は長老宅だ。鳩よけネットは1mくらいあったと思う。しかもその後ろは足場を確保することもできないほど鉢植えが並んでいる。
 そして一番危険だったのは、ベランダのフェンスとそれを支えている金属部分。昭和33年建築の古いビルだ。どれだけ腐食しているか分からない。しかもここは3階だ。転落したらひとたまりもない。

 そんな金属部分を頼りに私は移動を開始した。あの時は若くておバカだったうえに酔っぱらっていたから危険だなんて考えてもいなかった……と思う。
 それでもベランダ越しの移動はヒヤヒヤしたが、ネットをかいくぐって長老宅のベランダに着地した時は、正直、ホッとした。
 すぐにエムも渡ってきて、まるで難攻不落の山の頂上を極めたかのように二人で喜び合った。

 しかし、問題はまだあった。ベランダ側の窓に鍵がかかっていたらどうするのか。また危険を冒して隣人の部屋を通って外に出るのか。
 幸い窓はスッと開いた。部屋に入ると長老はいなかった。

 「珍しいな、まだ帰って来てないのかな? ウィッ」
 「もしかしら出かけているのかもな。ゲフッ」

 なんだかんだ話しながら布団を敷き寝込んでしまった。

 翌朝、長老は帰ってきていなかった。そこで布団をたたみ、来た時と同じような状態に戻して部屋を出た。
 鍵は外からかけ、小窓の裏にそっと戻しておいた。

 翌日。長老を交え皆で呑んでいるとき、こんなことを言われた。
 「きのう、誰かが我が家に押し入っていたようだが」
  私とエムはギクリとした。
 ≪なんで、ばれたんだろう≫
 ≪完全に元通りにしたはずだが…≫

 二人でソワソワしていると、そんな態度から見透かされてしまったようで、
 「その二人だな、入ったのは」と断定されてしまった。

 「なんで分かったんですか?」
 「遠眼鏡で見ていたんだぞ」
 「そんなわけないでしょ」
 「確実な物証があるんだ」

 なかなか教えてくれなかったが、やっと聞き出した物証とは、あの日の新聞だった。
 早朝に配られていた新聞をエムが持ってきて室内で読んでいたのだが、それを元に戻さず部屋に置きっぱなしにしていた、それが動かぬ証拠になってしまったのである。


 テレ朝社員の転落事故から思い出した話。本当に危険だった。一歩間違えれば……ブルブル


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6 コメント

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なるほど! (冬桃)
2021-08-26 20:04:26
サスペンス+謎解き。
いやあ、おもしろかった!
しかし、鍵もかけない長老といい、
酔っ払い二人を平気で隣に忍び込ませる
隣人といい、のどかな時代でしたねえ。
返信する
Unknown (酔華)
2021-08-28 10:41:30
>冬桃さん
若い頃はこんなことばかりやっていました。
キャンプに行って、朝起きたら焚火の中に顔を突っ込んでいたとか。
まだまだ、ありますよ。
返信する
Unknown (ちゃめごん)
2021-08-28 11:24:09
以前の「大勝館のロビーに捨てられて」
といい、今回のお話といい、
酔華さんの呑んだうえでの武勇伝(?)
が凄すぎです。
こういうエピソードを集めて、出版したら
良いのにと思います。
タイトルは「酔華伝」如何でしょうか。
返信する
Unknown (酔華)
2021-08-29 09:32:06
>ちゃめごんさん
呑んでバカやってばかりいました。
最低ですね。
「酔華伝」、いいですねぇ。
返信する
良い時代ですね (みけ)
2021-08-29 20:09:21
おおらかな時代のスリリングなお話、楽しく読ませていただきました。
小窓から取れるはずの鍵を落としたまま寝入ってしまったから長老が部屋に戻れなくて侵入がバレたのかと思いました(笑
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Unknown (酔華)
2021-09-01 09:21:18
>みけさん
おおらかな時代でした。
あのような住宅、雰囲気はもう二度と体験できないでしょう。
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