第75回ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞を受賞し、主演のダイアン・クルーガーが第70回カンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲得した問題作である。
まず冒頭、麻薬取引の罪で入獄していた移民らしき男が出所し、刑務所の面会室で待ちわびる美女と抱き合い、その場で挙式をあげる。やがて月日が経ち、ハンブルクの移民街で車から降りた冒頭の美女が幼い息子を仕事中の夫に委ねて、知り合いの妊婦を迎えに行く。用事が住んで夫の仕事場に戻ろうとしたかの女を待ち受けていたのは凄惨なテロ現場であった。ここで、ようやくタイトルが出る。
夫と幼な子を殺された主人公の怨嗟はいかばかりか。夫はトルコ出身のクルド人という設定である。ファティ・アキン監督がトルコ系であり、自らの出自を重ねているのだろう。当初、事件は宗教絡みのテロかと疑われたが、捜査が進むと、かれらを特定して狙ったのではなく、移民なら誰でもよいというヘイト・クライムの線が濃厚となる。こうして、若いネオナチの活動家夫婦が容疑者として逮捕されるが、犯行を否認するのである。
もともと法廷劇が大好きな私は、裁判での丁々発止のやりとりが始まる場面にゾクゾクした。被告席の若い夫婦は、移民街に自作のクギ爆弾を仕掛けて無差別テロを実行した容疑で起訴される。その弁護人はいくつもの難局を乗り切ってきたかと想像されるしたたかさだ。それで、主人公側の若い弁護士は押され気味だ。ドイツの刑事裁判制度がよくわからないので、なぜ検察官ではなく、被害者の弁護士が被告側を追及するのかという疑問は留保する。ここは純粋に論戦を楽しみたいところだ。
原題は「何もないところから」と訳すのだろうか。英語題名は「In the Fade」(消え去る)というらしい。それに比べて邦題が意味深長である。主人公が一度目の決断にためらい、諦めたのかと思いきや、翌朝に第二の決断をする。このラストシーンは想像を超えたといってもよい。二度目の決断で何が起きるかは、話の流れから大体想像できるのだけれど、そうは問屋が卸さないのである。見てのお楽しみだ、という表現を使うのが咎められる結末である。
その驚天動地の決断に唖然とさせられると同時に、ヘイト犯罪で愛する家族を失った者の喪失感と絶望と怨恨の深淵を見せつけられ、慄然とせざるを得なかった。(健)
原題:Aus dem Nichts
監督:ファティ・アキン
脚本:ファティ・アキン、ハーク・ボーム
撮影:ライナー・クラウスマン
出演:ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヌーマン・アチャル