アジア映画巡礼

アジア映画にのめり込んでン十年、まだまだ熱くアジア映画を語ります

第20回東京フィルメックス:Day 5(下)

2019-12-03 | アジア映画全般

11月27日(水)に見た作品の続きです。『イロイロ ぬくもりの記憶』(2013)に続くシンガポールの監督アンソニー・チェンの作品『熱帯雨』なのですが、驚いたことに、『イロイロ』で母子役を演じたヨー・ヤンヤンとコー・ジアルーが再び主役として登場します。その理由も詳しく語ってくれた、チェン監督のQ&Aもとても興味深かった作品でした。

『熱帯雨』

 2019/ シンガポール、台湾/中国語、英語、福建語/103分/英語題:Wet Season/原題:熱帯雨
 監督:アンソニー・チェン(陳哲芸)
 主演:ヨー・ヤンヤン(楊雁雁)、クリストファー・リー(李銘順)、コー・ジアルー(許家楽)、ヤー・シービン(楊世彬)


マレーシア出身で、シンガポールの陽光中学(日本の中・高にあたる)で中国語を教えているリン(阿玲/ヨー・ヤンヤン)は、シンガポール人の夫アンドリュー(クリストファー・リー)とその父(ヤー・シービン)との3人暮らし。子供がほしいため不妊治療をしているのですが、最近はアンドリューが必ずしも協力的と言えなくなってきたこともあって、毎回不調に終わっています。義父はほぼ寝たきりと言ってよく、ヘルパーを頼んでいるものの、食事の世話から下の世話まで、すべてリンの肩にかかってきます。勤務先の男子校では生徒の中国語の成績が思わしくなく、7~8人の生徒に放課後補講をすることになりますが、「中国語なんか勉強しても将来の役に立たない」と全員思っているようで、ある時用ができてリンが席を外し、戻ってみると、ウェイルン(偉龍/コー・ジアルー)以外の生徒はみんな帰ってしまっていました。帰途、ウェイルンを家に送ったりしているうちに、リンとウェイルンの心はだんだんと近づいて行きますが...。


教師と生徒のいわば「禁断の恋」が描かれるわけですが、リンの方は不妊治療、義父の介護、実家の問題(弟もシンガポールに働きに来ているのですが、果物店で働く肉体労働者で、身分や収入が不安定)等々で肉体と神経をすり減らし、一方生徒のウェイルンの方も、父母がいつも「出張」で不在のため、マンションで一人遺棄されたような生活をしている、という、崖っぷちの魂があい寄る、という感じで二人は接近していきます。まるで雨期そのもののような沈んだ人間描写が続きますが、その中で一瞬陽光が差すようなできごとも描かれていきます。たとえば、諸般の事情から、リンがウェイルンを自宅に連れて来ざるを得ず、義父の面倒を見ながらウェイルンの中国語指導をするのですが、リンが食事の用意をする間に義父がそっとウェイルンに漢字を教えてやるシーンや、伝統武術の大会に出たウェイルンをリンと義父が応援に行くシーンなどは、見ている者の心を一気に暖かくしてくれるシーンでした。ウェイルンの伝統武術演技は、最初に練習風景が登場した時から場の空気を一変させる効果を持ち、絶妙な使われ方となっています。


それにしても、『イロイロ ぬくもりの記憶』での、妊娠中の不機嫌な母親を演じたヨー・ヤンヤンと、こう言っては何ですがかわいげのない顔をした小学生の息子役のコー・ジアルーが、こんな形で再びコンビを組もうとは、思いもよりませんでした。ヨー・ヤンヤンはほっそりと痩せて、セミロングの髪も『イロイロ』のパーマ頭とは違うため、別人のようです。コー・ジアルーはまだハンサムとは言えませんが、大人っぽいいい顔になっており、伝統武術の演技シーンでは内村航平のように格好いいところを見せてくれます。クリストファー・リーは多くの作品でイケメン主人公を演じてきたシンガポール人俳優ですが、本作では中年太りが出始めた不実な夫を演じていて、これまた別人のようでした。義父役のヤー・シービンはあとのQ&Aでも質問が出るぐらいの素晴らしい演技で、「アー」とか「ウー」だけでひと言も意味のあるセリフを発しないのですが、いつもテレビで武侠映画を見ているという設定も面白く、一番印象に残る出演者でした。そうそう、ウェイルンは「ジャッキー・チェン命!」男子、という設定で、このあたり、ついインド映画の『燃えよスーリヤ!!』を思い出してしまいました。


Q&Aに登場したアンソニー・チェン監督、相変わらずの好感度大スマイル顔です。通訳は、シンガポール映画にも詳しい松下由美さんです。

監督:こんにちは、皆さん。アンソニー・チェンです。フィルメックスに戻ってこられて嬉しいです。僕は10年前に「タレント・キャンパス」でこちらに参加し、それから6年前には監督第一作『イロイロ』を上映していただいて、観客賞をいただきました。そして今、第2作の『熱帯雨』を見ていただけて嬉しいです。楽しんで下さったことを願っています。


市山:10年前、「タレント・キャンパス」で監督がプレゼンした『イロイロ』がカンヌで上映されて新人監督賞も受賞し、と、いうところですね。2作目を皆さんも待望していらしたと思うんですが、僕も会うたびに「いつできるんだ」と言ってました。でも、時間がかかっただけにこんな素晴らしい映画で戻っていただけて、私も感謝しています。時間がいつもなくなるので、場内の方からすぐ質問を受けたいと思います。

Q1(男性):今回の作品もすごくやさしくて、人の心に寄り添うような描き方で感動しました。前回の『イロイロ』と同じキャストの方を使って、今回も本作を作ったことには何か理由があるのでしょうか?

監督:同じ俳優をキャスティングすることは、全然考えていませんでした。実際に、1年間かかって、他の女優さんを探したんです。それに以前、『イロイロ』の時は8千人の子供たちのオーディションをして、少年役にコー・ジアルーを発見したのですが、今回も前回と同じキャスティング・ディレクターだったので、これまで演技をしたことのない少年をと頼みました。それであちこちの中学校に行って探し、8ヶ月間毎週のように週末にワークショップを繰り返したんですが、これという少年は見つかりませんでした。本当に困ってしまっていたところ、あるテレビ局のインスタグラムを見ていて、テレビドラマで中学校の制服を着て出演している少年を見つけました。学園もののドラマで、「この子どうだろう? いいんじゃない?」とプロデューサーに見せたところ、プロデューサーが調べてくれて、何と、『イロイロ』のコー・ジアルーだということが判明したんです(笑)。


『イロイロ』の時はまだ小さくて、成長した姿がわからなかったのですが、早速話を進めました。彼はワークショップに来てくれて、数ヶ月経った後でやっぱり彼に決めよう、ということになったわけです。彼の起用を決めた時点で、ヨー・ヤンヤンは起用しないと決めていました。前作では、母と息子だったわけですからね。それで、シンガポールとマレーシアのあらゆる女優さん、テレビ俳優に舞台俳優とみんなチェックしましたが、ピッタリの人がどうしても見つからなかったんです。それでヨー・ヤンヤンに電話して、「今、映画を撮ろうとしていて、脚本がもう完成し、間もなく撮影に入ル予定なんだ。君に合っている役ではないと思うんだけど読んでみて」と言ったんです。その後いくつかシーンを演じてもらって、「よし、一緒にやろう」ということになりました。そんなわけで、1年半の間別の主演者を探した結果、元のこの2人に行き着いたわけです。


Q2(男性):今の質問から発展させてなんですが、中で武術が出てきますね。あれは役者さんにある程度の素養があってあそこまでの形になっているのでしょうか? とても綺麗なカンフーというか武術でしたよね。

監督:コー・ジアルーを今回起用すると決めた時、彼が武術部に所属しているという設定にして脚本を書きました。というのは、私が彼と初めて会ったのは彼が10歳の時ですが、彼はすでに6歳の時から武術を習っていたんです。当時は学校で訓練を受け、大会にも出ていたのですが、その後一時やめていました。それでまず、彼に体重を減らしてもらい、それから武術のコーチについて特訓を受けてもらいました。シンガポールの国家チームのコーチにお願いして、週に3日か4日、8ヶ月間彼を鍛えてもらい、金メダルを取ってもおかしくないレベルに上げてもらったんです。


Q3(男性):生徒と先生の恋、ということで微妙な内容だったと思いますが、この演技を引き出すためには、事前に打ち合わせをしたとか、時系列で撮ったとか、そういう演出上の工夫があったら教えて下さい。

監督:時系列ではとても撮れませんでした。予算も日数も限られているのに、ものすごくたくさん撮るべき場面がありましたからね。それにシンガポールはいろいろ制約が多いので、撮影するのが元々難しいんです。それで、前作『イロイロ』もそうだったんですが、本作も入念にリハーサルを重ねました。


ただセックスシーンは、何度リハーサルを重ねてもなかなか納得のいく出来にならず、当日になってもまだ満足できない状態でした。もともとコー・ジアルーはとても才能に恵まれているので、何でも容易にやり遂げてしまうんです。そのせいか油断しているところがあって、彼は唯一、現場に脚本を持ってこない俳優でした。しかしながら、彼が唯一、セリフを忘れない俳優でもあったんです。そんな彼もセックスシーンを撮影する当日は腰が引けてて、困難を感じているな、とこちらにもわかりました。撮る時も最後までリハーサルを重ねて、私が「どうも何か違うんだよね」と言うと彼は怒ってしまい、「僕ができないんだから、監督、自分でやったら」(笑)とケンカのようになり、「もう家に帰る!」と言い出しました。私も、「僕ができるんだったら自分でやるよ」(笑)と言い返し、「でも、僕は年を取り過ぎてるからダメだ」と言ったりしていました。「君ならできるから」となぐさめたりしていたんですが、服を全部脱いでしまうと案外簡単にいくものなんですね。リハーサルの時は服を着てやっていたわけですが、何も着ていない状態だと、とにかく早く済ませてしまいたい、という気持ちが先に立って、パッとやってしまえたんでしょうね。

Q4(女性):夫の父親役の方の存在感がとても印象に残ったのですが、あの俳優さんは実際にお体に障害があるのか、それとも演技としてああやったのでしょうか。それと、お尻まで見せてしまうということにあの俳優さんは納得してやられたのか、教えて下さい。

監督:あの人は、60年代から活躍しているベテランの舞台俳優です。今でも年に3、4本芝居に出演している有名な人で、現在71歳です。彼はとても健康な人なので、病院に行って脳梗塞を患った老年の患者さんと会ってもらい、その人たちがどういう動きをし、どんな風にものを食べ、ベッドから車椅子にどうやって移るのか、といったことを観察してもらいました。

(あるネット記事に、コー・ジアルーと上記で話題になっている俳優ヤー・シービンのステキなツーショット写真が使ってありましたので、興味のある方はこちらをどうぞ)


Q5(男性):主人公の女性教師がマレーシアの出身というのは、最初からそうなっていたのでしょうか。それとも、ヨー・ヤンヤンさんがキャストに決まってからそうなったのでしょうか。

監督:最初から脚本がそうなっていました。これは案外知られていないんですが、シンガポールの中国語の先生は、半数以上がマレーシアから来た人たちなんです。シンガポールは英語で用が足りる国です。書類等も全部英語だし、友人たちと話す時も英語を使う。私も、家で両親と話すのも英語、という環境で育ちました。シンガポールの人口の7割以上は華人ですが、中国語のレベルは非常に低いんです。ですのでマレーシアから、時には中国から、中国語の教師を輸入しなくてはいけないわけです。私が見るところ、シンガポールは中華的な伝統、文化を持っているのに、子供たちは中国語を話せなくなってきていると思います。学校でも中国語が軽んじられているという様子が本作でも描いてありますが、中国語の成績がどんなによかったとしても、オックスフィード大やケンブリッジ大には入れないんですよね。


市山:残念ながら時間が来ました。この作品、日本での配給がまだ決まっていないんですが、何となく配給されそうな気がします。ぜひとも皆さんに、応援していただければと思います。


監督:あ、皆さんの写真を撮らせて下さい。


この大きな口は? 会場の拍手が大きくて&マイクがなくて、この時監督が何を言ったのかは聞こえずじまい。『熱帯雨』は先日の台湾金馬奨でヨー・ヤンヤンが主演女優賞を獲得したほか、11月21日から始まった第30回シンガポール国際映画祭のオープニングを飾るなど、高い評価を受けつつあります。日本での公開も、ぜひ実現してほしいですね。


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