特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

もったいない

2024-11-28 04:56:30 | 腐乱死体
小さい頃の私は、モノが捨てられない子供だった。
何を見ても、いつか必要な時が来るような気がしていた。
そんな訳だから、私の机の引き出しや収納箱には不要な物がたくさん納まっていた。


何事にも「もったいない精神」は大事だと思うが、度が過ぎると問題がでる。


ある腐乱死体現場。
年配の女性が依頼者で、依頼者と共に現場に入った。


「かなり臭いですよ」
と、申し訳なさそうに言いながら、女性は玄関ドアを開けた。
そして、あちこちの窓を急いで開けて回った。
少しでも悪臭を緩和させようと、私に気を使ってくれたみたいだった。


「大丈夫ですよ、慣れてますから」
と、言いながら私は汚染部屋に入った。
汚染は、ベッドだけに見えた。
やはり、他の部屋に増して濃い腐乱臭がこもり、ハエが飛んでウジが這っていた。


「ヒドイでしょ?」
「スイマセンねぇ」
と、女性は私に優しい声を掛けてくれた。
「大丈夫ですよ、慣れてますから」
と応えて部屋の観察に入った。


汚染度は深刻な状態だった。
一見、ベッド以外に汚染されたものはないように見えた。
ただ、腐敗液がどこまで染み込んでいるかを確かめておく必要があった。


まず、私は敷布団をめくった。OUT!
更に、その下のマットをめくった。OUT!
そして、ベットマットを動かした。OUT!
ベッドの底板まで腐敗液は下りていた。
まぁ、ここまでは仕方がない。よくあることだ。


腐敗液がベッドを通り抜けて畳に到達していると、作業も費用も全然変わってくる。
私は、「止まっていてくれよ!」と念じながらベットを横にずらした。SAFE!
幸い、床の畳には汚染痕はなかった。
腐敗液は、ベットの底板でかろうじて止まっていた。


腐敗液は少しでも見逃す訳にはいかないもの。
悪臭はもちろん、ウジの温床になる危険性があるから、私は念入りに畳を見た。
とりあえずは、汚染ベッド一式を撤去すれば急場は凌げそうだった。


私がそんなことをしていると、台所の方から女性の独り言が聞こえてきた。
「お茶くらい出した方がいいわねぇ」
「何かないかしら」
「あら牛乳、賞味期限は・・・切れちゃってるわ」
「もったいない」
「あとは・・・このジュースはどうかしら」
「○○(故人の名前)の飲みかけか・・・賞味期限は・・・あら、これも過ぎちゃってるわ」
「もったいない」
「他には・・・何もないわねぇ」
「一昨日までだから、ま、大丈夫でしょ」


断片的に聞こえる言葉から意味を推測すると、どうも私に飲物でもだしてくれようとしているらしかった。
そして、見つけたのが賞味期限が切れた、故人飲みかけのジュース。


冷蔵庫の中に保存してあったとは言え、腐乱現場にある物を口にするのは抵抗がある。
しかも、故人が生前に飲みかけていたうえ、賞味期限が切れてるものなんて。
私は、イヤ~な予感がして不安になってきた。


見積を終えた私は、女性と今後のことを打ち合わせるため、台所の椅子に腰を掛けた。
全部の窓が開いているとは言っても、腐敗臭はバッチリ臭っていた。
話し始める前に女性は、「どうぞ」と言ってジュースを出してくれた。


「このジュースは・・・」
さすがに、このジュースには「慣れているから大丈夫」とは思えなかった。
私の脳は、非常事態宣言を発令。
女性は、自分の分は用意していなく、私は増々警戒感を募らせた。


「せっかく出してくれた物に口をつけないなんて、女性は気分を悪くしないだろうか」
「ここで飲むのが礼儀か?」
「俺って失礼なヤツ?」


自分の中に葛藤があったが、どうしてもコップに手を出す気にはなれなかった。
打ち合わせの最中も、女性はジュースを飲むように促してきた。


私が飲まないのは、明らかに不自然だった。
「仕方ない・・・口をつけるか・・・」
私が諦めかけた時、一匹のハエが飛んで来てコップにとまった。
私と女性は、ハエを見た後にお互いの顔を見合わせた。
三者、しばし沈黙。


「嫌なハエだこと、すぐ新しいのを入れますから」
「すぐに失礼しますから、もう結構ですよ」


私は、ハエに助けられて、その場を切り抜けることができた。


物があふれている現在、まだまだ使える物がどんどん捨てられていく。
機能・性能より外見・デザイン重視か。
これは人間にも当てはまる。
人格や性格は二の次・三の次。


こんな時代には、この女性のような「もったいない精神」を持つ人が貴重かもしれない。


コップにとまったハエが、両手を合わせて「いただきま~す」する姿が印象的な出来事だった。



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2006-10-05 09:23:41
投稿分より

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