****** 静岡新聞、2009年6月20日
知事選 託す一票 県政の課題 地域医療 医師偏在の調整緊要
焼津市の男性(79)は3月下旬、自宅から静岡市内の病院に救急車で運ばれ、病院到着後、間もなく息を引き取った。急性心筋梗塞(こうそく)だった。東名高速道路を使った搬送時間は約1時間。以前に心筋梗塞を起こした時は、地元の焼津市立総合病院で診てもらえたが、今回は素通りした。長女(55)は「近くの病院に循環器の先生がいたら助かったかもしれない」と無念さをにじませた。
焼津市立総合病院は、5人いた循環器科の医師が昨年春までに全員辞めた。今年5月、ようやく常勤医1人が着任したが、十分に患者を受け入れる状況にはない。
循環器を含めた内科医は3年ほど前まで30人を超えていた。今は半数以下の15人。激務によってさらに退職者が出る悪循環。内科医の1人は「どこまで頑張れば展望が開けるのか」と暗い表情で語った。
頼りになるはずの地域の基幹病院に医師がいない―。深刻な医師不足は焼津市に限った話ではない。県内各地の公立・公的病院で続いている。県内の人口10万人当たりの病院勤務医数は112・9人で全国43位(2007年10月)。県内の地域格差も大きいままだ。
県は勤務医の研修費用や救急勤務医手当の助成など医師確保対策は打ってきた。本年度予算の対策費は前年度の3倍近い5億6000万円。特に医学生向け奨学金は採用枠を100人に拡充し、約150人の応募があった。
ただ、県中部の病院幹部は「医療崩壊のスピードに再生の速度が追い付いていない。その間にどんどん病院自体の体力が落ちている」と指摘する。
病院勤務医1人がもたらす年間診療収入は平均およそ1億円。医師の流出は患者離れを招き、病院経営を圧迫する。県内市町と一部事務組合が運営する公立22病院は、07年度決算で16病院が赤字だった。繰入金として市町が235億円を投入しながら、最終的な赤字額は総額70億円に上った。
「地域や診療科ごとの医師偏在を解消する調整が必要」。有識者でつくる県医療対策協議会は2月、知事に提言した。病院によっては医師の流出が止まらず、産科や救急医療などで新たな空白域が生まれていた。
限られた数の医師を有効活用するには、近隣の病院間で診療機能を分担したり、ネットワーク化を進めたりするしかない。「医師配置の見直しは、病院の再編や集約化にもつながる」。そう指摘する県中部の産科医は「関係病院の合意形成は一筋縄ではいかない」と説明する。急場をしのぐため総論では賛成だが、個別具体的には自分の病院に有利に誘導したい―。設置主体の市町や、医師を派遣する大学医局の思惑も絡み、各病院とも存亡を懸けた思いが交錯する。
県は5月、志太榛原地域の4病院をそれぞれ管理する4市にネットワーク化の素案を提示したが、全市の合意にはこぎ着けなかった。ある病院の副院長は「難しい行司役は、やはり県にやってもらうしかない。病院単独でもがいていたら、そのうち圏域の病院が総倒れになってしまう」と危機感を募らせる。
住民が等しく一定水準の医療サービスを享受できる仕組みを県はどう描くのか。地域医療の立て直しが迫られる中、県の強いリーダーシップが問われている。
(静岡新聞、2009年6月20日)