風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

ホフマン物語 @新国立劇場(3月15日)

2023-03-20 12:54:56 | クラシック音楽



ホフマンの孤独な死が生み出す永遠の命
オペラ『ホフマン物語』は、ドイツ・ロマン主義の作家 E.T.A ホフマンの幻想的怪奇小説の3つの物語をモチーフに、ホフマン自身を主人公にした失恋物語。ホフマン独特の”現実と幻想の二重性”がそのままオペラの物語と渾然一体となった、珠玉の傑作。ホフマンをめぐる3人の女性、恋物語を破滅に導く悪魔的な男、芸術の女神ミューズ…。決定版を欠き謎に満ちたこのオペラは、様々な解釈を招いてきた。
“光の魔術師“の異名を持つアルローの演出は、漆黒の舞台空間に、オランピアの黄緑、アントニアのブルー
の照明、ジュリエッタの赤い衣裳に紫の照明と、蛍光色や照明を駆使して鮮やかな色彩を効果的に出現させ、ドラマの妖しい幻想性を浮き彫りに。物語には、死、芸術、性への欲求というアルローのキーワードを象徴する女性たちが次々と登場。ホフマンの破滅的な運命が“絶望”という名の黒い糸で紡がれていき、夢と現実の狭間をさまようホフマンは、恋をした女たちに見守られながら息を引き取る。
新国立劇場HP

このご仁はどうみても、自分の内面生活を外面生活とほとんど区別していないようなので、その両世界の境界線は見分けることができない。しかし、好意ある読者よ!きみにしてもこの境界がはっきり見分けられないからこそ、幻視者におそらく惹きよせられて、気がついたときには、思いもかけず見知らぬ魔法の国にいるのではないか?そしてそこの異様な姿の者たちが、こんどはきみの外面生活に踏みこんできて、まるで旧知の仲のようにきみと付き合おうとする。好意ある読者よ、どうか彼らをそのように旧知として迎えいれてくれるよう、心からお願いする。彼らの奇妙な振る舞いに心奪われているとき、いささか悪寒をおぼえることがあっても、きみが夢中になればなるほどそれが興奮をもたらしてくれるのだから、ぜひともその戦慄にすすんで耐えてほしい。
(光文社古典新訳文庫『大晦日の夜の冒険』大島かおり訳)


昨年秋から続いたクラシック音楽祭りは終わったはずなのに、なぜかオペラ祭りが始まってしまった。。
こうなることがわかっていたからオペラには近寄らないようにしていたのに、、、その快楽を知ってしまうと後戻りできない。なんて恐ろしい世界だ。このままでは老後破産まっしぐらだわよマジで。。。

さて、ホフマン物語。
ネットの感想は賛否両論のようですが、個人的にはめちゃくちゃ良かった
私がE.T.A.ホフマンが好きという理由も大きいと思うけれど、あの原作の世界をこんな風に調理してしまうって面白いなあ、いい音楽だなあ、と感動しました。
原作はそれぞれ『砂男』、『クレスペル顧問官』、『大晦日の夜の冒険』ですが、ストーリーは結構変えられてます。
海外勢はもちろん日本勢も皆さん芸達者で、東響の演奏も繊細で美しく、舞台美術も楽しくて、幸福な3時間でした。

【第Ⅰ幕(プロローグ)・Ⅱ幕(オランピア)】
(休憩30分)
【第Ⅲ幕(アントニア)】
(休憩30分)

【第Ⅳ幕(ジュリエッタ)・Ⅴ幕(エピローグ)】

まず、フィリップ・アルローの美術&照明が美しい&楽しい
蛍光塗料の手足が浮いている幕開けはワクワクするし、二幕の星々と物理学者は星の王子様ミュージアムのよう。三幕のテーブルはアリスのティーパーティーのようだし、四幕のヴェネツィアはカリブの海賊のよう
次第に夜になっていくヴェネチアの海も美しかったし、プロローグの酒場の壁時計がちゃんと時を刻んでいるのも芸が細かい。プロローグの冒頭では21時で、エピローグでは3時間がたって0時手前になっていました。

そしてオッフェンバックの音楽の魅力的なこと
youtubeで聴いたときはそれほどとは思わなかったのだけれど、生で聴くとすんごく楽しい&美しい。数日たった今も耳に残ってます。
マルコ・レトーニャ東響も、とてもよかった。予習で聴いたシャイー&ミラノスカラ座?の演奏は元気に盛り上げる系であれはあれで悪くなかったけど、今回の演奏の繊細な美しさは、作品の世界観により合っているように感じられました。舟歌がオケだけで演奏されるところ、その気だるげな澄んだ音色には時間の感覚が消えて、ヴェネツィアの水と風を感じるようだった。

ホフマン役のレオナルド・カパルボは、プロローグではまだノれていない感じがあって大丈夫…?と心配したけれど、幕が進むにつれてどんどん調子が上がり、最後は大満足。あまり詩人ぽくはなかったけども。二幕のあのヘンテコ眼鏡もよくお似合い。甘やかで、良い意味で重厚さのない声質がフランスオペラにピッタリ。時々声が裏返るところや熱い演技は、ラミンを思い出した

悪役4役(リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット)のエギルス・シリンスも、美しい声と存在感で、安定感抜群でした。
このプロダクションでのこれらの役って、どこか呑気なユーモアを感じさせる役でもあるように思うので(だってコッペリウスのあの衣装…)、そういう感じもシリンスはよく出ていました。
そもそもこれらの役って決してただの悪役ではないよね。ホフマンの芸術家としての成長のために必要不可欠な存在というか。グリゴロさん版白鳥の湖のロットバルトを思い出しました。

日本勢も劣らず素晴らしかった。
オペラでの日本人って演技力が物足りないことが多いけれど、今回は皆さん芸達者!
だけでなく、歌も上手!
オランピア役の安井陽子さん、アントニア役の木下美穂子さん、ジュリエッタ役の大隅智佳子さん、3名とも大満足です。アントニアにはストーリーのせいもあって涙が出そうになってしまった。
個人的にいいなと思ったのは、ニクラウス/ミューズ役の小林由佳さん。いい声。。。この役ってすごく重要ですよね。
合唱ももちろん文句なしです。

最後の拳銃パンッの自殺展開は知らなかったので驚いた。
「今度は人間としてではなく、詩人として生まれ変わりなさい」とホフマンに言うミューズ。
このプロダクションは基本はエーザー版で、拳銃自殺部分はアルロー版オリジナルとのこと(確かにシャイー&ミラノスカラ座では、ホフマンはただ酔い潰れているだけ)。これは現実の死なのだろうか。だとしたら、「人は愛で大きくなり、涙でいっそう成長する」の合唱で幕が下りるのがいまいち意味不明になるような。だってせっかく成長しても死んじゃったらもう作品作れないし。なので個人的には比喩的な死(人としての死、芸術家としての再生)と捉えた方が納得できるのだけど。ホフマンに拳銃を手渡したのが医者に見えたけど、あれはどういう意味だったのだろう。※追記:医者のように見えた衣装を着たステッラの付き人のアンドレでした。
横たわったホフマンの傍らで「人は愛で大きくなり~」と一同が歌うとき、リンドルフとステッラも一緒に歌っているんですよね。ジュリエッタにしても、お前らが言うなとも思ってしまうが、全ての涙は芸術家の糧となる、ということなのでしょうね。

ホフマンが語る過去の失恋話も、どこまでが現実でどこまでが空想なのか。
「三人の女性はみんなステッラ」の言葉どおり、全てステッラという一人の女性から生まれたホフマンの空想物語のように思える。史実のホフマンが恋人ユーリア・マルクをそれぞれの作品に分裂させて登場させたように。
そういえばアントニアが死んでいくときに登場した彼女の母親の姿も、白い衣装のステッラだった。

ところで私は買っていませんが、今回のプログラムにはホフマンと鏡花の共通点についてのコラムがあるとのこと。
個人的には鏡花はどんなにぶっとび展開でも私の感覚にピッタリシンクロしている感じがあるけれど、ホフマンは「どういう頭の構造してるとこういう話が出来上がるの???」と感じる。
それは、ホフマンの速筆も関係ありそう↓

ホフマンの速筆は有名だった。着想が浮かぶと、先がどうなるか深く考えずに書きはじめ、推敲などしなかったと言われている。その点、作曲の場合との違いはたいへん興味ぶかい。オペラ『ウンディーネ』の待望の上演がいよいよきまったとき、彼は大審院と執筆の仕事に追われていることを理由に、総譜の清書をぎりぎりまで仕上げようとしなかった。彼にとっては音楽こそが至高の芸術であったから、いざとなると自作の完成度に不安を覚えたのかもしれない。だが小説ならば、均斉がとれていなかろうと構成に難があろうと、ためらうことなく創造力と情熱のおもむくままに筆を走らせることができたのではないか。そしてそのことが、かえって読者を惹きつけ彼の陶酔に引きこんでゆく力となってのではあるまいか。
(中略)
現実でのホフマン自身の失恋体験でも、ユーリアの母親は彼を批判して、あの人はあまりにも空想的で、音楽での犠牲に供していけないものなどないと信じていたから、自分が邪魔だてしなければ彼はユーリアの身を容赦なく滅ぼしただろう、と言っている。普通の人間からすればもっともな言い分ではある。ホフマンはたしかに現実の女性を見ないで自分の夢想を投影し、その天使の姿に永遠の憧憬をもやしたロマン派的芸術家ではあったが、同時にそのような自分を突き放して見ることのできるリアリストでもあったから、芸術と人生の葛藤をテーマにしたこれらの幻想的で美しくもあり奇怪でもある作品の登場人物たちは、二百年近い時空を超えていまも読者の共感をよびつづけているのだろう。
(光文社古典新訳文庫解説。大島かおり)

「リアリストであるホフマン」は、その作品を読むとよくわかる。
リアリストの視点を失わず、でも現実世界の中に空想世界があり、空想世界の中に現実世界があり、その境界が曖昧な感じ(両者があたりまえに存在している感じ)は、たしかに鏡花と似ているかもしれない


【指 揮】マルコ・レトーニャ
【演出・美術・照明】フィリップ・アルロー
【衣 裳】アンドレア・ウーマン
【振 付】上田 遙
【再演演出】澤田康子
【舞台監督】須藤清香

【ホフマン】レオナルド・カパルボ
【ニクラウス/ミューズ】小林由佳
【オランピア】安井陽子
【アントニア】木下美穂子
【ジュリエッタ】大隅智佳子

【リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット】
エギルス・シリンス
【アンドレ/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ】
青地英幸
【ルーテル/クレスペル】伊藤貴之
【ヘルマン】安東玄人
【ナタナエル】村上敏明
【スパランツァーニ】晴 雅彦
【シュレーミル】須藤慎吾
【アントニアの母の声/ステッラ】谷口睦美

【合唱指揮】三澤洋史
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団










新国立劇場オペラ「ホフマン物語」ダイジェスト映像 Les Contes d'Hoffmann - NNTT

特別映像企画!大野和士のオペラ玉手箱 with Singers「ホフマン物語」



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