遠野滞在2日目は、物語の跡追い的にもパスハンティング的にも重視していた"仙人峠"に挑みます。そういえば前回も笛吹峠-界木峠を走ったのは2日目だったナ。
当初カマーを使う予定でしたが、遠野駅まで走ってパッキングし、最寄り駅の足ケ瀬で組み立てることを考えると、宿の前から足ケ瀬まで出ているバスを使ったほうが楽だと判断しました。宿から足ケ瀬まで自走するってのは、ハナから選択肢から外してました。(苦笑
始めてのバス輪行。
行く前に早池峰バスに時間と輪行する旨を確認しましたが、この時間のこの路線は乗客が少ないとのこと。運転手さんはなんでも一時期横浜のほうにいたとのことで、地元ネタでちょっと盛り上がりました。
足ケ瀬の終点で自転車を組んでいる間も、色々と地域の話などを伺えて、貴重な時間でした。
足ケ瀬から仙人峠入口まで30分ほど緩い坂を登り、入口に到着。たまたま営林署の人がいたので熊ちゃんの話を確認したら「注意して行ってください」。そういえばバスの運ちゃんも「(泊っている民宿の裏で)熊が出て大騒ぎになった」って言ってたなぁ。
仙人峠は昔、陸中大橋まで索道が通っていまして、今は殆ど遺構は残ってないけど、遠野側は索道の起点の石垣が残ってます。
装備にちょっと自信が無かったのと、釜石で昼食を取るスケジュールのため、今回は石垣のみの撮影。ちなみにwikiるとここから仙人峠までの索道の空中写真が見つかります。
で、仙人峠。
一説には遠野からの登りはカブでも登れる、とのことでしたが…
明け方までの大雨でぬかるんでいたお陰もあって、結局"担ぎ"に。ぬかるんでなくても担ぐだろうなぁこの山道。
えっちらおっちらと登っていくと、轍でも人の者でもない跡が…
糞も何カ所かで見かけましたが、幸い熊のじゃなかった。
登り始めに滑ったとき、うっかりとペットボトルの水1本を落としちまったことに気付きましたが、今さら取りに戻るのもアレなので、ちょっと凹んだまま登り続けました。だれか見つけてくれるかすら。
チャリ担ぐこと1時間弱で峠に到着しました。遠くに見える山との間に陸中大橋駅があります。
と名前の由来になった祠。
そして由緒
そこで一服しました。携行食のドライマンゴーをつまみ、手許に1本残ったスポーツドリンクで喉を潤し、山女に微笑まれたり猿に石つぶてを投げつけられる事が無かったととに感謝して、今度は下り。
峠のプロフィルを作ったとき、途中からやや急な下り道だったので、結局ずっと担ぎだと覚悟しましたが、何カ所か乗って下れる箇所があったのは助かりました。山サイ研の方々なら、サクサク下って行くんだろうな、とか想像しながら、経験の浅いひよこパスハンターは天秤担ぎして下りて行きます
峠のピークと陸中大橋のほぼ中間に「中仙人茶屋」の廃墟があります。残っているのは石組みだけなんですけど…
遠野などでよく見かける「山神」の石碑は、「ここで山の神様に出会った」畏れ多い場所、の意味だそうです。
ここでも見たのか…( >_
ピークから担いで下ること1時間ちょっとで、無事に陸中大橋に辿り着きました。山道の真ん中で鹿が寝てたりとか、足あとがずっと続いていたりとかしましたけど、結局熊には会うことも無く痕跡を確認することも無かったのは、幸いでした。
この後、カマー沿いに釜石を目指します。
当初カマーを使う予定でしたが、遠野駅まで走ってパッキングし、最寄り駅の足ケ瀬で組み立てることを考えると、宿の前から足ケ瀬まで出ているバスを使ったほうが楽だと判断しました。宿から足ケ瀬まで自走するってのは、ハナから選択肢から外してました。(苦笑
始めてのバス輪行。
行く前に早池峰バスに時間と輪行する旨を確認しましたが、この時間のこの路線は乗客が少ないとのこと。運転手さんはなんでも一時期横浜のほうにいたとのことで、地元ネタでちょっと盛り上がりました。
足ケ瀬の終点で自転車を組んでいる間も、色々と地域の話などを伺えて、貴重な時間でした。
足ケ瀬から仙人峠入口まで30分ほど緩い坂を登り、入口に到着。たまたま営林署の人がいたので熊ちゃんの話を確認したら「注意して行ってください」。そういえばバスの運ちゃんも「(泊っている民宿の裏で)熊が出て大騒ぎになった」って言ってたなぁ。
仙人峠は昔、陸中大橋まで索道が通っていまして、今は殆ど遺構は残ってないけど、遠野側は索道の起点の石垣が残ってます。
装備にちょっと自信が無かったのと、釜石で昼食を取るスケジュールのため、今回は石垣のみの撮影。ちなみにwikiるとここから仙人峠までの索道の空中写真が見つかります。
で、仙人峠。
一説には遠野からの登りはカブでも登れる、とのことでしたが…
明け方までの大雨でぬかるんでいたお陰もあって、結局"担ぎ"に。ぬかるんでなくても担ぐだろうなぁこの山道。
えっちらおっちらと登っていくと、轍でも人の者でもない跡が…
糞も何カ所かで見かけましたが、幸い熊のじゃなかった。
登り始めに滑ったとき、うっかりとペットボトルの水1本を落としちまったことに気付きましたが、今さら取りに戻るのもアレなので、ちょっと凹んだまま登り続けました。だれか見つけてくれるかすら。
チャリ担ぐこと1時間弱で峠に到着しました。遠くに見える山との間に陸中大橋駅があります。
と名前の由来になった祠。
そして由緒
そこで一服しました。携行食のドライマンゴーをつまみ、手許に1本残ったスポーツドリンクで喉を潤し、山女に微笑まれたり猿に石つぶてを投げつけられる事が無かったととに感謝して、今度は下り。
峠のプロフィルを作ったとき、途中からやや急な下り道だったので、結局ずっと担ぎだと覚悟しましたが、何カ所か乗って下れる箇所があったのは助かりました。山サイ研の方々なら、サクサク下って行くんだろうな、とか想像しながら、経験の浅いひよこパスハンターは天秤担ぎして下りて行きます
峠のピークと陸中大橋のほぼ中間に「中仙人茶屋」の廃墟があります。残っているのは石組みだけなんですけど…
遠野などでよく見かける「山神」の石碑は、「ここで山の神様に出会った」畏れ多い場所、の意味だそうです。
ここでも見たのか…( >_
ピークから担いで下ること1時間ちょっとで、無事に陸中大橋に辿り着きました。山道の真ん中で鹿が寝てたりとか、足あとがずっと続いていたりとかしましたけど、結局熊には会うことも無く痕跡を確認することも無かったのは、幸いでした。
この後、カマー沿いに釜石を目指します。
楽をしましたな~(ええ、チャリがw)
5月の頃、仙人トンネル直上作戦遂行の折、はひはひ登る吾に向かって、両足着きながらもカブで下ってくるオッサンに出会い、クマーに遭遇するよりびっくらこいたのですよ。
まさか、あのおっさん、カブを担いで登ったのかな~(爆)
足ヶ瀬までバスは目ウロコな発想です。
結構、明後日の方向に走ったりされて不安になったかとw
いはやは、それにしてもチャリは乗るモノと思い込んでいたワタクシには考えられない担ぎ峠越え!
畏れ入谷の日比谷線!次は三ノ輪でございます!(ナンオコッチャ?^^
アノ峠口を見てビビリまして、勿論登ることは
ありませんでした。
お堂跡があったのか。また、石碑があったりで
古の峠道の存在に「・・・ポンッ!」となり
ますね。
この界隈、厳冬期に訪れてみてくなさい。
珍しいモノ、ぎょーさんありまっせ!
(´0∀0)つ【http://www33.ocn.ne.jp/~yamasaiken/map.html】
今回、明け方までしっかりと雨が降ってましたので、山道よりも道の状態にヤられた感じです。カブ親父殿については、
・稜線続きで別のルートから登ってきた
・エンジンかけたまま押して登った
・(地域柄)実は山男
・気のせい
が考えられますがw
人気の無いところで、生身の人間に会うこと自体、びっくらこきますよね。
自動車だと結局、そこまで戻らなきゃならないので、旅程的に無駄が多いんです。自分の場合は山の中で宿泊したりってことがないので、水分とおやつと救急セット(人とチャリ)程度しか持って行きません。そこにチャリの13kgってのは、(担ぎ慣れれば)それほどの荷物じゃないです。
遠野市は国土地理院の1/2.5万の地図で網羅しているので、走って行く方向についての心配はありませんでしたが、峠を「新仙人峠道路」と勘違いしていたときには、上有住までの道に意識が遠くなった覚えがあります。
廃道とかをトレースするようになると、ATBは必須科目ですw
岩手軽便鉄道(仙人峠駅)と釜石線(陸中大橋駅)の間がどうしても鉄路で繋げなくて、結局徒歩でしか通行できなかった、ってのがよく分りました。
拾遺231で駕篭に乗ったお姫様一行がこの道を越えていった、って話を読み返すと、当時の苦労を半分ぐらいは体験できた感じです。
そのうち「冬の遠野」ってのもいいなぁ、と思うのですが、移動手段を考えると、ちょっと3の足を踏んじゃいます。いや、機会があったら伺いたいですね。