日本のほとんどの医薬品添付文書には「本剤投与中は授乳を避けさせること」「授乳を中止させること」とあり、約9割の薬物が授乳婦に投与できません。
その理由は、投与した薬物がヒト・動物において乳汁中への移行があれば、「本剤投与中は授乳を避けさせること」「授乳を中止させること」と記載されるためです。
しかし一方で、乳汁中への薬物移行の評価に用いられるのが相対的乳児投与量(RID)※2で、10%以下なら安全に投与できる、という考え方もあります。
その辺をどう調整していくか?
厚労省も重い腰を上げ、2019年に添付文書の記載方法を変更することを発表しました。
大分県の取り組みに関する記事を紹介します。
■ 授乳中の薬剤の安全性に混乱〜「母乳とくすりハンドブック」で共通認識目指す
(2018年01月22日:メディカル・トリビューン)
授乳中の患者に「薬を飲んでも大丈夫か」と問われた経験がある医師もいるだろう。安全性の科学的根拠はあっても、医療用医薬品の添付文書では授乳婦への投与を禁じているケースが散見され、医療者が混乱する要因になっている。こうした事態を受け、大分県「母乳と薬剤」研究会※1は「母乳とくすりのハンドブック」を作成し、認識の共有化に努めている。日本産婦人科医会理事の松岡幸一郎氏は、1月17日に東京都で開かれた記者懇談会で、授乳中の薬物療法に対する正しい認識を呼びかけた。
◇ 母乳育児を推進・支援を
母乳育児による児へのメリットとして、母乳に含まれる分泌型IgAなどの免疫抗体により消化器・呼吸器系の感染症に罹患しにくくなり、成長・発達を促すことの他、近年、母親からの虐待やネグレクトを防止し、母子関係を良好にすることが報告された(Pediatrics 2009; 123: 483-493)。また授乳は、母親の生活習慣病の発症予防にもなる(Obset Gunecol 2009; 113: 974-982)。
そのため、松岡氏は「母乳育児を推進し、それを継続できるよう支援することが医療関係者に求められる」と述べた。 授乳婦が薬物療法を受ける際に気にするのが児への影響だ。愛知県の2006年度地域保健総合推進事業報告書によると、妊娠・授乳中の患者の約半数(793例中52%)は安全性を不安視しており、うち約70%が医師に相談したという。一方、妊娠・授乳中の患者から相談を受けた小児科医(75例)は、1年間で平均15件の相談を受けており、中には200件と回答した医師もいた。
◇ 安全でも添付文書に「授乳を避けさせる」「授乳を中止させる」
前述の報告書では、医師が安全性を確認する情報源として最も多いのは医薬品添付文書で、次いで製薬企業、書籍、米食品医薬品局の順であった。
添付文書では表現方法が定められており、ヒト・動物において乳汁中への移行があれば、「本剤投与中は授乳を避けさせること」「授乳を中止させること」と記載される。
乳汁中への薬物移行の評価に用いられるのが相対的乳児投与量(RID)※2で、10%以下なら安全に投与できる。
例えば抗インフルエンザウイルス薬オセルタミビルの場合、同薬が乳汁中に移行したが、児で有効性を示すと考えられる濃度よりも有意に低かった(Am J Obster Gynecol 2011; 204: 524e1-4)。2009年の新型インフルエンザの世界的流行において、日本産婦人科医会、日本産科婦人科学会は、妊婦・授乳婦には抗インフルエンザ薬を早期に投与するようガイドラインにまとめたところ、日本では妊婦の死亡例が世界で唯一認められなかった。
しかし、同薬の添付文書には「授乳婦に投与する場合には授乳を避けさせること。[ヒト母乳中へ移行することが報告されている。]」とある。松岡氏は「添付文書で判断するなら、薬剤の9割は授乳婦に投与できない」と指摘。医療従事者側の安全性に関する認識の違いが、授乳婦に大きな不安をもたらし、本来治療が必要な患者が不利益を被ることになると述べた。
◇ 第3版では827品目を収載
こうした事態を受け作成されたのが「母乳とくすりのハンドブック」だ。
そこでは薬剤を4つのカテゴリーに分類し、大分県内の医療関係者における母乳と薬剤の安全性に関する共通認識の普及を目指している。
◎(安全):授乳婦で研究した結果、安全性が示されている。疫学情報はないが、乳児に有害事象を及ぼさないとされる薬剤
○(危険性は少ない):授乳婦での研究は限定的だが、乳児へのリスクは最小限である。疫学情報はないが、リスクを証明する根拠がない薬剤
△(注意):乳児に有害事象を及ぼす可能性があり注意が必要である(推奨されない)。安全とされる薬剤への変更を考慮すべき薬剤
×(禁忌):薬剤の影響がある間は授乳を中止する必要がある。安全性を示す情報がなく、リスクが解明されるまで回避すべき薬剤
2010年の初版における薬剤は284品目(◎97品目、○138品目、△38品目、×11品目)、第2版では683品目(同273品目、303品目、71品目、34品目)であった。第2版に収載された薬剤を添付文書で検討すると、約67%が「授乳中止」と記載された薬剤であるという。 昨年3月に第3版が発刊され、ワクチンを含む827品目が収載された。「母乳とくすりのハンドブック」は県内のみならず、全国規模でニーズが高い。
◇ 添付文書の記載方法が変わる
昨年、厚生労働省は、医療用薬品の添付文書の記載要領を改正したと発表した。 廃止されるのは「原則禁忌」「慎重投与」の他、「高齢者への投与」「妊婦、産婦、授乳婦への投与」「小児への投与」の記載で、いずれも投与対象は新設された「特定の背景を有する患者に関する注意」に含まれる。また注意事項の記載については、乳汁移行性だけでなく薬物動態や薬理作用から推察される哺乳中の児への影響を考慮し、必要事項を記載できるという。
施行は2019年4月1日を予定しており、施行されれば治療の継続が必要な授乳婦において不必要な薬剤中止または授乳の中止が回避できそうだ。
※1 大分県産婦人科医会、大分県小児科医会、大分県薬剤師会によって2009年に設立された
※2 母親に投与された薬剤量(mg/kg/日)分の乳児が母乳から摂取する薬剤量(mg/kg/日)×100%
その理由は、投与した薬物がヒト・動物において乳汁中への移行があれば、「本剤投与中は授乳を避けさせること」「授乳を中止させること」と記載されるためです。
しかし一方で、乳汁中への薬物移行の評価に用いられるのが相対的乳児投与量(RID)※2で、10%以下なら安全に投与できる、という考え方もあります。
その辺をどう調整していくか?
厚労省も重い腰を上げ、2019年に添付文書の記載方法を変更することを発表しました。
大分県の取り組みに関する記事を紹介します。
■ 授乳中の薬剤の安全性に混乱〜「母乳とくすりハンドブック」で共通認識目指す
(2018年01月22日:メディカル・トリビューン)
授乳中の患者に「薬を飲んでも大丈夫か」と問われた経験がある医師もいるだろう。安全性の科学的根拠はあっても、医療用医薬品の添付文書では授乳婦への投与を禁じているケースが散見され、医療者が混乱する要因になっている。こうした事態を受け、大分県「母乳と薬剤」研究会※1は「母乳とくすりのハンドブック」を作成し、認識の共有化に努めている。日本産婦人科医会理事の松岡幸一郎氏は、1月17日に東京都で開かれた記者懇談会で、授乳中の薬物療法に対する正しい認識を呼びかけた。
◇ 母乳育児を推進・支援を
母乳育児による児へのメリットとして、母乳に含まれる分泌型IgAなどの免疫抗体により消化器・呼吸器系の感染症に罹患しにくくなり、成長・発達を促すことの他、近年、母親からの虐待やネグレクトを防止し、母子関係を良好にすることが報告された(Pediatrics 2009; 123: 483-493)。また授乳は、母親の生活習慣病の発症予防にもなる(Obset Gunecol 2009; 113: 974-982)。
そのため、松岡氏は「母乳育児を推進し、それを継続できるよう支援することが医療関係者に求められる」と述べた。 授乳婦が薬物療法を受ける際に気にするのが児への影響だ。愛知県の2006年度地域保健総合推進事業報告書によると、妊娠・授乳中の患者の約半数(793例中52%)は安全性を不安視しており、うち約70%が医師に相談したという。一方、妊娠・授乳中の患者から相談を受けた小児科医(75例)は、1年間で平均15件の相談を受けており、中には200件と回答した医師もいた。
◇ 安全でも添付文書に「授乳を避けさせる」「授乳を中止させる」
前述の報告書では、医師が安全性を確認する情報源として最も多いのは医薬品添付文書で、次いで製薬企業、書籍、米食品医薬品局の順であった。
添付文書では表現方法が定められており、ヒト・動物において乳汁中への移行があれば、「本剤投与中は授乳を避けさせること」「授乳を中止させること」と記載される。
乳汁中への薬物移行の評価に用いられるのが相対的乳児投与量(RID)※2で、10%以下なら安全に投与できる。
例えば抗インフルエンザウイルス薬オセルタミビルの場合、同薬が乳汁中に移行したが、児で有効性を示すと考えられる濃度よりも有意に低かった(Am J Obster Gynecol 2011; 204: 524e1-4)。2009年の新型インフルエンザの世界的流行において、日本産婦人科医会、日本産科婦人科学会は、妊婦・授乳婦には抗インフルエンザ薬を早期に投与するようガイドラインにまとめたところ、日本では妊婦の死亡例が世界で唯一認められなかった。
しかし、同薬の添付文書には「授乳婦に投与する場合には授乳を避けさせること。[ヒト母乳中へ移行することが報告されている。]」とある。松岡氏は「添付文書で判断するなら、薬剤の9割は授乳婦に投与できない」と指摘。医療従事者側の安全性に関する認識の違いが、授乳婦に大きな不安をもたらし、本来治療が必要な患者が不利益を被ることになると述べた。
◇ 第3版では827品目を収載
こうした事態を受け作成されたのが「母乳とくすりのハンドブック」だ。
そこでは薬剤を4つのカテゴリーに分類し、大分県内の医療関係者における母乳と薬剤の安全性に関する共通認識の普及を目指している。
◎(安全):授乳婦で研究した結果、安全性が示されている。疫学情報はないが、乳児に有害事象を及ぼさないとされる薬剤
○(危険性は少ない):授乳婦での研究は限定的だが、乳児へのリスクは最小限である。疫学情報はないが、リスクを証明する根拠がない薬剤
△(注意):乳児に有害事象を及ぼす可能性があり注意が必要である(推奨されない)。安全とされる薬剤への変更を考慮すべき薬剤
×(禁忌):薬剤の影響がある間は授乳を中止する必要がある。安全性を示す情報がなく、リスクが解明されるまで回避すべき薬剤
2010年の初版における薬剤は284品目(◎97品目、○138品目、△38品目、×11品目)、第2版では683品目(同273品目、303品目、71品目、34品目)であった。第2版に収載された薬剤を添付文書で検討すると、約67%が「授乳中止」と記載された薬剤であるという。 昨年3月に第3版が発刊され、ワクチンを含む827品目が収載された。「母乳とくすりのハンドブック」は県内のみならず、全国規模でニーズが高い。
◇ 添付文書の記載方法が変わる
昨年、厚生労働省は、医療用薬品の添付文書の記載要領を改正したと発表した。 廃止されるのは「原則禁忌」「慎重投与」の他、「高齢者への投与」「妊婦、産婦、授乳婦への投与」「小児への投与」の記載で、いずれも投与対象は新設された「特定の背景を有する患者に関する注意」に含まれる。また注意事項の記載については、乳汁移行性だけでなく薬物動態や薬理作用から推察される哺乳中の児への影響を考慮し、必要事項を記載できるという。
施行は2019年4月1日を予定しており、施行されれば治療の継続が必要な授乳婦において不必要な薬剤中止または授乳の中止が回避できそうだ。
※1 大分県産婦人科医会、大分県小児科医会、大分県薬剤師会によって2009年に設立された
※2 母親に投与された薬剤量(mg/kg/日)分の乳児が母乳から摂取する薬剤量(mg/kg/日)×100%