小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「腸のふしぎ」(上野川修一著)

2014年03月17日 07時15分55秒 | 小児医療
副題:からだの中の外界、最大の免疫器官にして第二のゲノム格納庫
講談社ブルーバックス、2013年発行

便秘つながりで、手元にあった「腸」関連啓蒙書を読んでみました。
著者の上野川(かみのがわ)先生は東京大学農学部出身の東京大学名誉教授という肩書きで、私の中では日本アレルギー学会で「腸管免疫」関連シンポジウムになるとかならず登場する専門家として記憶している人物です。

従来あまり注目されることのなかった「腸管」が生体の中で重要な役割を担っていることが近年次々と判明し、それをわかりやすく解説しています。
腸管の進化の系譜から説き起こし、消化吸収だけではない神経系や免疫系の腸管機能や、腸管に共生している「腸内細菌」と人体との共生関係まで幅広く言及しています。

草食動物と肉食動物の腸管の長さと機能の違いを扱った項目は興味深く拝読しました。
ヒトは本来肉食なのか、草食なのかという素朴な疑問にも「ヒトの腸は、形や働きから見て、本来は肉食であったものが進化の過程で草食も取り入れるようになった。」と明解に答えています。
草食の哺乳類の驚くべき消化システムも、以前読んだ「ヒトはおかしな肉食動物」(高橋迪雄著)より詳説されていました。

免疫システムの解説はよい復習になりましたし、「便秘」対策を科学的に捉える視点からも参考になりました。

「ブルーバックス」の伝統として、一般啓蒙書より少々教科書的に記述されている傾向あり、少しハードルが高いかもしれませんが、良書だと思います。


メモ
自分自身のための備忘録。

ヒトの消化管の大きさ・広さ
 ヒトの胃は、何も入っていないときの容積は50-100mlとかなり小さいが、満腹時には2-4Lと50倍以上にも拡張する。小腸は長さ5-6m(十二指腸が25cm、空腸が2-2.5m、回腸が3-3.5m)、大腸は約1.5mであるから、小腸と大腸を合わせた腸管全体で6.5-7.5mにも達する。そして、腸の表面積はテニスコート1面分(約260平方m)もある。

「消化管長/体長比」で食性(肉食/草食/雑食)がわかる。
 草食動物の肉食動物と比較して消化管長/体長比が大きい。これは消化しにくい植物の成分を消化・吸収するには長い腸で十分に時間をかける必要があることを示している。
 魚類は肉食が多く、例えばカマスの比は1。両生類では、肉食のカエルやイモリの比は2。は虫類では肉食の蛇やワニの比は1-2。雑食の鳥類はニワトリで1.8、草食のハトで7。
 哺乳類の腸の長さ(消化管長/体長比)は、マッコウクジラ300m(16-24)、ウシ51m(22-29)、ラクダ42m(12)、ヒツジ31m(27)、ウマ30m(12)、ブタ22m(15)、ライオン7m(3.9)、トラ5m(5)
 ヒトの消化管長/体長比は4.5であり、まさに肉食と草食の中間に位置している。ヒトの腸は、形や働きから見て、本来は肉食であったものが進化の過程で草食も取り入れるようになったと考えられる。ちなみに、肉を食べることの多い欧米人と穀物主体の日本人を比べると、後者の方が腸が長いという説がある(科学的論文はない)。

ヒトの食性は「超雑食」
 ヒトは他のいかなる動物よりもどん欲に、それが動物であれ植物であれ、食べられるものは何でも食べてきた。このどん欲さ故に食べるものに困ることなく、地球上の様々な環境に耐えて生き続けてきたのである。
 超雑食が可能になった理由;
①火の利用:火を使うことで、そのままでは硬くて消化しにくい様々な草食系食品(植物性食品)が食べられるようになった(つまり「料理」)。火を通すことは同時に、食の保存期間を大幅に伸ばすことに繋がり、食が絶える危険性が大幅に減少した。
②腸に有益な細菌を多数共生させている:有益な腸内細菌は、私たちがそのままでは消化・吸収できない繊維質を分解し、エネルギー源としてくれている。

消化管の進化
 動物の消化管は、その誕生の頃はきわめて単純な構造をしていた。やがて、自らの主のサバイバルのために周囲の環境、特に食を供給する自然に合わせ、得られる食を最大限に利用できるよう複雑化・高機能化してきた。

無脊椎動物:簡単な構造をした消化器を備えている。
5億年前:無顎類(原始的な脊椎動物)出現・・・消化管は1本の管(例:ヤツメウナギ※1)。
4.6億年前:魚類出現・・・あごと歯ができて(顎口類)食性が広がり、胃と小腸ができて大腸以外の消化管が揃った。
3.5億年前:両生類出現・・・大腸が出現(※2)。自分より小さくて捕まえやすい物は何でも捕食する肉食。
3億年前:は虫類出現・・・消化管はさらに多様化。食性は基本的に肉食。
2億年前:
・鳥類出現・・・空を飛ぶための軽量化策として歯を退化させ、胃にも工夫を施して独特の消化系を作り上げた。鳥類の食性は草食から肉食、雑食まで幅広い。
(例)ハトは植物食、スズメは成長期は植物食で成長後は雑食、カモは雑食、サギはカエル、ワシやタカなどの猛禽類は肉食。
・哺乳類出現・・・肉食・草食それぞれに応じて、胃や腸の形やスタイルが多様化した。草食動物は草を消化するために反芻胃(ウシ、ヒツジなど)、肥大した盲腸や結腸(ウマ、ウサギ、ネズミ)を有するが、肉食動物にはこれらは存在しない。

※1)ヤツメウナギは抗体を持たないが、魚類は抗体を有している。
※2)大腸が出現した理由:①陸上生活への移行によって水分不足に陥らないようにするため、通常はほとんどが小腸で吸収される水分をさらに徹底して吸収するための器官として必要になった。②排泄物を随時垂れ流してしまったのでは、特有の臭いでその存在を捕食者に知られてしまうため、排泄物の貯蔵庫として出現した。

動物性の食と植物性の食の違い
①タンパク質や脂質を補給するには動物生食が効率的であり、特にタンパク質については動物性のものは動物同士でにたアミノ酸からなっているので体が利用しやすい。
②糖質を補給するには植物生食が有利である。しかし、植物性の糖質には繊維質など難消化性のものが多く、そのままでは体に吸収されることはない。
③以上の主要成分以外にも、ビタミンやミネラルなど、いのちに必要な成分は動物生食と植物生食と出含まれる量や種類が異なっている。

 近年、動物生食と植物生食をどのように食べ分ければより健康に資するのかが話題になっている。だが、いまだ完全な解答は得られていない。「両者のバランスのとれた食事をする」ことが現時点での最良の答えである。

「腸神経系」という「第二の脳」
 消化管全体では、脊髄と同じ数、すなわち1億個の神経細胞(ニューロン)が存在する。多数のニューロンが互いに繋がって形成している神経ネットワークのうち、粘膜下層にある神経叢を「Meissner神経叢」、輪状筋と縦走筋の間にある神経叢を「Auerbach神経叢」と呼ぶ。これらの神経は「腸神経系」と呼ばれ、筋肉間を網の目のように走っている。腸神経系は、主として食物をゆっくりと適正な速度で消化管の下方に送るぜん動運動をコントロールしている。
 私たちの体は、食物に対して2系統の情報処理を行っている。
 一つは視覚・嗅覚・味覚を介した脳による情報処理、もう一つは腸によるものだ。腸は入ってきた食物、あるいはその分解成分の情報をもとに自らが行うべき働きを選択している。脳の力を借りることもなく、腸独自で行っている高度な仕組みである。脳から腸に来ている神経を切断しても、腸は独自にぜん動運動を行い、消化液を分泌するのである(セカンドブレイン)。

大腸の役割
 大腸は一部の水分とミネラルを吸収する役割の他に小腸とは大きく異なる役割がある。
 一つは、酸素がほとんどない大腸が、管内に1000種以上、100兆個にも及ぶ「腸内細菌」(重量は1.0-1.5kg)を住まわせて共生関係を築き上げていること、もう一つは、食成分の中で小腸が吸収しなかった不要物を糞便として体外に排泄する働きである。
 食物には消化・吸収されるものとそうでないものとがある。消化されない代表格として食物繊維や難消化性オリゴ糖がある。私たちの体は、繊維(セルロース、キチンなどの多くの多糖類)や、糖が2-10個程度集まったオリゴ糖の多くのものを分解する酵素を持っていないためである。
 しかし、大腸にいる腸内細菌はこれらを分解するものもいて、自分が生きていくためにのエサにする一方で、これらを分解してできる代謝生産の中で、例えば酪酸などは大腸のぜん動運動を刺激し、便秘を解消するという副次的な効果を私たちの体にもたらしてくれている。さらに大腸の免疫系を刺激して活発に働けるように応援してくれてもいる

「盲腸」の役割
 草食動物、たとえばウマでは小腸では消化できないセルロースなどの繊維質を分解するために腸内細菌を住まわせる場所になっている。ところが、同じ草食動物であるウシなどは、腸の前段階の胃に微生物を住まわせ、セルロースなどを分解・吸収させる役割を担わせている。一方、ヒトの場合は”痕跡器官”として不必要な組織と考えられがちだ。
 盲腸からぶら下がっている細長い器官が「虫垂」である。虫垂は大腸における免疫系の一部を担っている。リンパ小節も存在する虫垂は、免疫系のリンパ器官であるともいえる。過敏な免疫反応である炎症も起こりやすく、これが虫垂炎である。
 最近の動物の進化に関する研究では、虫垂は腸内細菌が増殖するための”隠れ家”的な役割を果たしているという説がある。

ヒトの体における水分出納と便
 ヒトは一日に2Lの水を飲む。体の中では、例えば唾液として1日に1.5L、胃の分泌物として2L、膵液や胆汁としてL、さらに腸の分泌物として1.5Lが消化管に分泌されている。
 このうち8.5Lが小腸に吸収され、大腸の結腸で0.4Lが吸収される。糞便として排泄される水分は0.1Lといわれている。
 小腸から吸収された水は、尿として体外に1日に1.5L排泄される。皮膚からも汗などとして発散される。
 水分のほとんどは小腸で回収されているが、大腸は小腸で回収しきれなかった大切な水を、少量ではあるが、少しでも多く回収することに貢献している。
 糞便の成分は食物や体調によって変化するが、平均して水分が60-70%を占め、それ以外に腸管上皮細胞が剥がれたもの、腸内細菌などの死骸や生菌、消化されなかった食物の残りカスなどが含まれている。

巨大な「腸管免疫」系
 私たちの体の中で、免疫に関係する細胞や抗体のうち、全身の50%以上が腸管免疫系中に集中している。これは、食物と共に病原菌やウイルスが入りやいためであり、消化と免疫は進化の過程上切っても切れない関係だった。腸管免疫系の守備範囲は広く、消化管内の防衛のみならず、粘膜組織までもカバーしている。すなわち、涙腺から鼻腔、唾液腺、咽頭、気管支、乳腺などに免疫細胞を送り出しているのである。

経口免疫寛容の仕組み
 食品中の抗原によって過剰な免疫反応を起こらないようにするしくみ。
 食品中のアレルゲン(抗原)が腸の免疫系に達し、これを危険と判断した場合には過剰な免疫反応(=アレルギー)につながる。そうならないよう、食品アレルゲンを他の抗原と分別して、アレルギーを抑制する仕組みが全身で働き始める。
 そのブレーキの掛かり方には、少なくとも2つの仕組みが知られている。
1.制御性(サプレッサー)T細胞
 アレルギーを起こす考現学力はいると、これに対して免疫反応を押さえる働きのあるT細胞が出現し、B細胞がアレルギーを起こすIgEをつくるのを止めてしまう方法。
2.アナジー
 抗原提示細胞が何らかの方法で特殊なシグナルをT細胞に送り、細胞内を伝達するT細胞活性化のネットワークを遮断させてしまう方法。アナジー状態ではT細胞内のシグナル伝達経路にブレーキがかかっている。

腸内細菌の生態
 腸内細菌は平均して4-5日間、私たちの体内に滞在した後、体外に排出される。一方で、排出されたものに代わるように、分裂・増殖して増えていく。
 腸内細菌の種類は1000種類以上、数は100兆個、重量にして1.0-1.5kgと考えられている。1000種の細菌が均等に共存しているわけではなく、大腸内ではビフィドバクテリウムやバクテロイデスが主要勢力を形成している。これらの菌を含めて、上位30-40種の細菌で90%以上の数を占めている。
 消化管各部位での分布は、
胃:100-1000/g、ラクトバチルスなど(その他ヘリコバクターなど)
小腸上部:10×^4、ラクトバチルスなど
小腸下部:10×^5~7/g、ラクトバチルス、バクテロイデスなど
大腸:10×^10/g以上、バクテロイデス、ビフィドバクテリウム、ユーバクテリア、クロストリジウムなど、
   10×^5~7/g、エンテロコッカス、ラクトバチルス、ペプトコッカスなど

腸内細菌における善玉菌と悪玉菌
善玉菌=有益菌:ビフィドバクテリウムとラクトバチルス
悪玉菌=有害菌:クロストリジウムや腸球菌、連鎖球菌、有害な大腸菌
日和見菌:バクテロイデスや無害な大腸菌
 有害菌といっても、情事体に悪い作用をしているわけではない。腸環境が正常であれば、有益菌が有害菌の増殖を抑えており、腸環境が悪化して有益菌が減少し有害菌が異常増加した場合に病気の原因となる。

■ 代表的な腸内細菌
バクテロイデス:グラム陰性桿菌。多糖や単糖を栄養源としている。ヒトの大腸に10×^10~^11/g生息しており、最大のグループを構成している。日和見菌であり、大腸癌の原因になり得るという報告、新生児の免疫系を刺激し、発達を促す役割を果たすという動物実験の報告がある。
ビフィドバクテリウム:グラム陽性菌。いわゆる「ビフィズス菌」。糖を取り入れて分解し、乳酸と酪酸を生産する。特に母乳中にあるオリゴ糖を増殖に必要とする。種としては約30種類存在する。生まれてすぐの新生児の大腸にすでに数多く生息している。ラクトバチルスと共に有益菌(善玉菌)の代表格である。
※ 「乳酸菌」とは?
 乳酸菌とは、炭水化物を栄養源として菌体内に取り入れて、乳酸を生産する細菌のことをいう。しかし、この定義は細菌学や微生物学的な分類上のグループではなく、どちらかというと実用的な呼び名である。

ラクトバチルス:グラム陽性菌。有益菌(善玉菌)であり乳酸(のみ)を産生する。ヨーグルトなどの醗酵乳製品の製造に利用されている。
大腸菌:グラム陰性桿菌。大腸の中に生息しているが、広く一般的な環境中に認められる細菌でもある。大腸における生息数は、嫌気性が低いためか、実はそれほど多くない。O-157など病原性の高いものもいるが、これらは大腸に常在しているわけではない。
クロストリジウム:グラム陽性桿菌。クロストリジウムのうち、ウェルシュ菌(クロストリジウム・パーフリンゲンス)が大腸の常在菌として主要なものである。一般に大腸内の有害菌といわれているが、通常では有害な作用はしない。
腸球菌:特定の細菌名ではなく複数の菌の総称であり、エンテロコッカス属の細菌群を指している。グラム陽性菌。大腸内の有害菌とされているが、通常の腸内環境下では有害作用を示さない。
連鎖球菌:グラム陽性球菌。大腸内の有害菌とされているが、通常の腸内環境下では有害作用は示さない。

腸内細菌は原核生物
 生物は真核生物と原核生物に分けられる。
 神格kせいぶつは細胞内に核やゴルジ体、ミトコンドリアなどの細胞小器官をもつ真核細胞からなる。一方の原核生物は、細胞小器官は持たないが、DNAをはじめとする「増殖」に必要な要素を細胞内に分散させている原核細胞からなる。
 腸内細菌を含めた細菌達はみな、原核生物である。その大きさは、球状の細菌の場合で直径1μmほど。真核細胞はこれよりずっと大きく、細菌の10-100倍あるものが多い。

グラム染色による細菌の分類
 デンマークのクリスチャン・グラムによって創案された方法。紫色によく染まる菌を「グラム陽性菌」、染まらずに無色のままの菌と、サフラン色素で染めると赤色に染まる菌を「グラム陰性菌」と呼ぶ。
 グラム陽性菌とグラム陰性菌の違いは、細胞質を包む膜や壁の構造にある。グラム陽性菌ではペプチドグリカンという糖とアミノ酸が交互に結合した層が外部を覆っている。一方のグラム陰性菌では、ペプチドグリカンとアミノ酸でできた層は薄く、外側が莢膜に覆われている。
 ちなみに、莢膜を持つ細菌は一般に病原性のものが多い。

腸内細菌と腸管免疫系のクロストークとトル様受容体
 腸管免疫系は侵入者である病原菌は排除するが、共生している腸内細菌を攻撃することはない。
 私たちの免疫系は本来、ともに非自己である病原菌と腸内細菌のいずれとも反応する。ところが、前者と後者とでは反応の強さや方向が違うのだ。
 前者では病原菌独特の成分(細菌表面にある分子や病原菌が放出する毒素)を免疫系が認識し、これを除去するために激しく反応する。後者では、免疫系は反応しているのだが、その反応が弱いか、あるいは逆に抑制する方向で働いている。腸内細菌は病原菌のように強く免疫反応を起こす成分を持っておらず、反対に免疫系を押さえるような独特の仕組みを持っているのである。
 相手の持ってる成分を見極めて、免疫系を調節しているものの正体は腸管免疫細胞の表面にある「トル様受容体(Toll-like-receptor, TLR)」である。腸内細菌達の成分の特定のものがトル様受容体と結合することによって免疫細胞を刺激する。その情報をもとに、免疫反応をどのような方向に働かせれば体を上手く守ることができるかを判断するのである。
 ヒトにおけるトル様受容体は10種類ほどが知られている(TLR1、TLR2,・・・)。それぞれのTLRが結合する物質(リガンド)は異なっている。
 代表的なものとして、TLR2は、主としてビフィドバクテリウムやラクトバチルスの成分であるリポタイコ酸やリポペプチドを認識する。TLR4はバクテロイデスの成分であるリポポリサッカロイドと結合する。
 ヒトのTLRは、単球・マクロファージ、樹状細胞、B細胞、マスト細胞、腸管上皮細胞など、それぞれの働きに応じて特定のTLRが分布している。これら各TLRが結合する物質は、細菌やウイルス、菌類など、微生物の構成成分がほとんどである。TLRは抗体やT細胞抗原受容体とは異なり、単一の分子だけではなく、結合できる物質の種類が広い。結合相手を”パターン”として認識しているのだ。TLRはこのパターン認識構造を使って、その特徴を記憶している悪玉菌を排除するために免疫力を発動し、逆に有益菌に対しては免疫力を抑え込むのである。
※ Tollの名前の由来:当初、1985年にショウジョウバエの発生における背中や腹の向きを決める遺伝子として発見された。この遺伝子を発見したドイツ人研究者は「Das ist ja toll」(実に不可思議だ)と考えて「Toll遺伝子」と命名した。

腸内細菌の好物
 私たちの好物や体に良いものと、腸内細菌、特に有益菌の好物は異なる。各種腸内細菌には糖(単糖、オリゴ糖、多糖)の嗜好性に差が認められ、糖の消化能力も異なる。
 ヒトの場合は単糖はそのまま吸収されるが、二糖以上は原則として、膵臓から分泌される糖加水分解酵素によって単糖に分解されてから小腸で吸収されている。分解されないものは、そのまま大腸に移動する。しかしその中には腸内細菌によって分解できるものもある。
 例えば、ビフィドバクテリウムなどは「難消化性オリゴ糖」と呼ばれるヒトの消化酵素では消化吸収されにくい糖(ラフィノースや大豆オリゴ糖など)を好んでいる。類似構造のものはハチミツやゴボウなどにも含まれている。
 このようなビフィドバクテリウムなどの好物が、バクテロイデスやクロストリジウムにとっては苦手なのである。つまり、ビフィドバクテリウムなどを増やすためには難消化性オリゴ糖を与えればよいことになる。

ストレスと腸内細菌叢
 マウスを用いた実験では、絶食させたり過密状態で飼育したりするなど、強いストレスがかかる状態にマウスを置くと、腸内フローラに変化が生じる。多くの場合、有益菌であるビフィドバクテリウムやラクトバチルスが減少し、日和見菌のバクテロイデスや有害菌である大腸菌が増加する。
 ヒトについては、宇宙飛行士における検討では、日和見菌や有害菌が増え、善玉菌が減少することが報告されている。

腸内細菌と感染防御
 無菌マウスと通常マウスに病原菌を感染させた実験では、通常マウスではほとんど死亡例がなかったのに対し、無菌マウスはすべて死んでしまった。通常マウスでは腸内細菌や免疫グロブリンAが機能することによって、病原菌が腸管バリアを越えるのを阻止しているのである。

腸内細菌とアレルギーの関係
 母親の子宮の中で無菌状態で育っている胎児は、アレルギーの起きやすい免疫状態(Th2細胞優位)にある。子宮の外に出て腸内細菌が定着する過程で、まるでTh2細胞を押さえるかのように、アレルギー抑制型のTh1細胞が出現する。Th2とTh1のバランスがとれた菌叢に変化すると同時に、アレルギーが起こりにくい状態になる。このような作用を持つ腸内細菌は、ビフィドバクテリウムやラクトバチルスである。
 ヒトの新生児では、生後1ヶ月程度でビフィドバクテリウムが増え、優先菌となる。このビフィドバクテリウムがアレルギーを抑えると考えられている。
 アレルギーに罹っている乳幼児のビフィドバクテリウムの数は、正常な子より少ない。
※ スウェーデンのカロリンスカ研究所のビヨルグステン教授の意見;
 「腸内細菌としてビフィドバクテリウムやラクトバチルスが存在する理由は、免疫系のバランスを整えてアレルギーを抑えることにあるのではないか。私たちの体はそのことを熟知していて、これらの細菌に共生を許しているのではないか。」

プロバイオティクス
 「腸内フローラのバランスの改善を通じて宿主に有益に働く菌体」「適度に摂取したとき、宿主に健康上有益に作用する生菌」などと定義され、腸内細菌由来の乳酸菌や、それ以外の乳酸、場合によっては細菌なども含まれる。
 古くはノーベル賞を受賞した微生物学者であるメチニコフが提唱した「ヨーグルト不老長寿説」(ヨーグルト中の乳酸菌が、有害菌が作る腸内腐敗物の生産を抑制することで長寿になるという説)に始まり、最近の研究では整腸作用や抗感染作用、炎症性腸疾患の抑制作用、免疫調節作用、抗アレルギー作用、抗癌作用、コレステロール低下作用などが科学的に証明されている。
 具体的には、ヨーグルトとして摂取したり、菌のカプセルや錠剤として利用される。

プレバイオティクス
 定義は「大腸内で有益菌の増殖を促進し、有害菌の増殖を抑制することにより、宿主に有益な効果を示す難消化性の食品成分」。
 主に「難消化性の糖質」のことを指し、腸内の有益菌がこれを取り入れることで、自らも増殖し、その生産物もまた生体に以下のような有益な効果をもたらす。
①ビフィドバクテリウムやラクトバチルスなど、有益菌の菌数のみが増加し、クロストリジウムなどの有害菌数の増加を抑制して、大腸の健康促進や感染防御、粘膜免疫を増強する。
②カルシウムやマグネシウムのようなミネラルの吸収を促進する。
 代表的な物として、フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖、ラクチュロース、大豆オリゴ糖、乳果オリゴ糖、キシロオリゴ糖、イソマルトオリゴ糖、ラフィノースのオリゴ糖ヤイヌリン、難消化性デキストリン、ポリデキストロース、グアガムなど。

便秘とプロバイオティクス/プレバイオティクス
 整腸作用が期待できる。
 プロバイオティクスの摂取により、便秘に悩むヒトの排便回数が増加する。腹部の張りや腹痛などの症状の改善も認められている。投与した乳酸菌による乳酸の酸性と共に、腸内フローラの改善が腸内環境の改善につながり、有益菌が乳酸を代謝することにより産生される酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸によるぜん動運動が活性化したためである。
 有益菌の増加意義の一つとして、大腸菌やクロストリジウムなどの有害菌の増殖抑制がある。有害菌の増加は、アンモニア、アミン、インドール、フェノール、硫化水素、トリプトファン代謝物などの腐敗物を増加させ、がんなどのリスクを高めるなど悪影響を及ぼす。プロバイオティクスによって腸内環境を整えることで、そのような状況を未然に防ぐことが可能となる。
 プレバイオティクスを便秘の人に投与すると、排便回数が増加することが明らかにされている。

下痢とプロバイオティクス/プレバイオティクス
 下痢の改善にも役立つ。
 発展途上国における小児の死因の上位を占める感染性下痢の発症率は、乳幼児にビフィドバクテリウム含有ミルクを与えることで減少する。原因となるロタウイルスに対抗するため、免疫グロブリンA産生が活性化することが明らかにされた。ロタウイルスによる乳幼児の感染性下痢の抑制効果は、ある種のラクトバチルスなど、いくつかのプロバイオティクスでも報告されている。
 抗生物質投与により下痢が誘発されることがあるが、これは抗生物質によって腸内フローラが乱れ、病原菌が異常に増殖することが原因である。プロバイオティクスの投与は、抗生物質による下痢の頻度を下げたり症状が起きている時間を短くしたり、腹痛などの症状を和らげてくれたりすることが知られている。

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