ワクチンの副作用が社会問題化して、定期接種ながらも接種率が激減した日本におけるHPVワクチン。
世界はすでに「子宮頸がん減少傾向」という段階まで進んでいる一方で、日本は世界から取り残された状態が続いています。
以前にも取り上げた、子供が自分で考えて接種をするかどうか決めるスタンスも並行して必要ではないかという投げかけの活動を紹介します。
HPVの真実を知った若い女性たちから、
「なぜ接種してくれなかったの?」
とやり場のない怒りが湧いてきています。
最大の原因は、ゆがんだ情報提供で不安をあおったマスコミ。
発行部数を増やすためのえげつない戦法に走ったツケは、
女性たちにのしかかっています。
■ 「なぜ打たせてくれなかったの?」子宮頸がんワクチン、接種できなかった悲痛な叫び〜大学生と署名をはじめた医師が伝えたいこと
及川 夕子(ライター)
□ 自費では約5万円、高額すぎて払えない
「つい最近も、女子高校生2人を診察したばかり。外来診療で、16歳、18歳の細胞診の異常(子宮頸がんの手前、異形成の状態)が出始めています。ワクチンを打っていたら防げたのにと悔やまれます」(産婦人科医・高橋幸子さん)
「HPVワクチン(子宮頸がん等予防)を打つ機会を奪われた若者たちが無料で接種するチャンスをください」
6月1日、大学生と高橋さんら医療関係者有志の会「HPVワクチンfor Me」が、対象年齢を過ぎてもHPVワクチンを公費で打てるように求めるオンライン署名活動を始めた。2020年6月10日現在、署名数は1万7000件を超えた。
この署名活動を受けて、SNSや署名欄には、ワクチンを打ち逃した大学生や保護者などからのメッセージが次々と投稿された。自費でこのワクチンを打つとなると、3回接種で約5万円ほどかかる(2価、4価ワクチンの場合)。「無料期間を過ぎてしまった」「ワクチンで命を守れるのに、なぜその権利を奪うのか?」「なぜ国はうやむやにしたままなのか」という切実な声が上がっている。いくつか紹介したい。
【学生から】
●打ちたかったのに、接種年齢が過ぎてしまった。自費では高額。なぜ打たせてくれなかったの? 親を責めたいという気持ちになった。
●ワクチンで子宮頸がんを予防できるなら今からでも打ちたいです。国からの補助を希望します。
●妹が今、高1なのですが、まだHPVワクチンを接種してません。まだ不安も多くあります。なので、接種を決めた理由などの経験談があれば聞きたい。
【親世代からは】
●男性からの要望として、友達のため、未来の子どものために同意します。できれば男性にも打てるようにして。
●私の子供が16歳になるころ、HPVワクチンを接種した直後に痙攣や全身麻痺があらわれた女子がいることが広まり、怖くて子供への接種を躊躇してしまいました。今なら本人の意思も聞けるので無料にしていただきたい。そもそも無料接種年齢の上限を、初めから20歳にするなど出来なかったのでしょうか?
●自分が(子宮頸がんの)高度異形成で手術したもので、娘にワクチンを受けさせたくて病院に行ったところ「今はこちらの市ではHPVワクチンは推奨していませんので取り扱っていません」と断られました。市の予防接種便りには接種可能と書かれている病院なのに……。いくつも問い合わせましたがどこも断られて、いつの間にか無料期間が過ぎてしまいました。希望者がいるのにそんなのって権利に反していますよね? 国は推奨できないなら、新たにワクチン開発するくらいのことをしてください。安全かわからないなどと、うやむやにしたまま放置しないでください。有効な年齢というのはあっという間に過ぎてしまうのですから。他人事と思わず、自分の娘や孫のことと思ってすすめてほしいです。日本は先進国なはずなのに、いろいろな面で後進国のようです。
●18歳の娘が、子宮頸がん検診を受けたところ子宮頸部異形成を指摘されました。再検査予定ですが、親としてはワクチンを一回させただけで、途中で終えてしまい、後悔しています。これから再接種をするつもりです。
□ ワクチンを打ってない人を救う取り組みが始まった!
現在、HPVワクチンは、小学6年生~高校1年生の女子で希望者には、公費(無料)で打てる定期接種となっている。けれど、2000年度生まれ以降、つまり今の大学生世代を中心に、ワクチンの情報を得られないまま対象年齢を超えてしまった若者が多くいる。そこで、接種年齢を過ぎてもOKな『キャッチアップ接種』を可能にして、打ちそこなった若者を救済しようとしているのだ。
産婦人科医の高橋幸子さんは、署名活動を立ち上げた理由を次のように話す。
「防げる病気で命を落とす人たちがいるのに、国はHPVワクチンの積極的勧奨を中止したまま動きません。各家庭に自治体からの“お知らせ”が届かなくなってから、接種率はほぼ0%のまま。国や予防接種の実施主体である自治体を動かすためにも、当事者やその親たちの声を届けなくてはと思いました。
まず知ってほしいのは、“子宮頸がんは、HPVワクチンでその多くが防げる”ということ。そのことから、打ちたいと希望する人もいるのに、適切な情報が届かない。無料で接種できる機会を奪われたのは国の責任です。国がいつまでも止めているのはおかしいと思いませんか」
子宮頸がんに罹患する人は、想像以上に多い。毎年約1万人が診断され、年間約3000人が命を落としている。1日にするとおよそ8人が亡くなっている計算だ。この病気を予防するものとして、世界のスタンダードになっているのがHPVワクチンだ。子宮頸がんの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)は、性行為や皮膚の接触によって感染する。性交経験のある女性の8割は知らない間にかかっているとされるほど、身近なウイルスだ。近年は、性行為開始が低年齢化していることから、若い女性での感染者数が急増しているのだ。
□ 打ちたかったのに、「え、あれを打つんですか?」の声に阻まれた
私も友人から「子どもたちがHPVワクチンを打ちそびれた」と聞いたことがある。親たちがよくいうのは「大事なことだとわかっているけれど、気持ちが決まらなかった。モヤモヤしたまま時間ばかりが過ぎてしまった」ということ、また「自治体の窓口に問い合わせるのは、ハードルが高い」ということだ。ある人は自治体相談窓口に問い合わせたところ「え、あれを打つんですか?」という対応だったという。納得いくまで調べた上でワクチン接種を決めたとしても、そのような対応では多くの人が尻込みしてしまうだろう。
接種したいと考えていても、情報がなく時期を逃している人も多い。
公費で受けられる予防接種には、ほかにも風疹や麻疹、B型肝炎ワクチンなどいくつかあって、自治体のWEBサイトで調べようと思えば情報は手に入る。接種可能なワクチンが一覧になっていて、接種できる年齢などの情報が記載されている。
どんなワクチンにも何らかの副作用があるものだ。だから、そのワクチンを使うことでのメリット、デメリットをしっかり説明することは必要であり、実施主体である自治体や国の義務だと思う。問題はそれが、十分にかつ医学的根拠に基づいて説明がなされているかどうかだ。
子宮頸がんワクチンについて自治体のサイトを見てみると、最初から「厚生労働省の勧告に基づき、現在、子宮頸がん予防ワクチンの接種を積極的にはお勧めしていません」と記載されているものもある。
また、病気についての説明、ワクチン接種時の注意点や副反応のこと、接種後の痛みの診療についてなどの説明書きがあっても、「ワクチン接種後の様々な症状はHPVワクチン接種との明らかな関連性は認められなかった」という大規模調査については触れられていない(※)。
※子宮頸がんのHPVワクチンと有害事象に関する調査「名古屋スタディ」のこと。その後、国際ジャーナルで発表された
現在、日本産科婦人科学会は、子宮頸がんワクチンに関する正しい理解を求め、接種推進の立場だ。WHO(世界保健機構)も「日本のHPVワクチンの接種率の低さ(1%未満)は、真に有害な結果となり得る」と警告しているが、そのことも伝えられていない。
ワクチン接種をする際には、副作用や安全に十分に配慮して説明を行うことは重要だ。だが「本当に打つんですか?」「積極的に勧めていません」。こうした対応ばかりが目につき、結果的に、ワクチン接種を押しとどめてしまっている。
□ ワクチンの存在さえ知らない保護者も増えている
高橋さんは、産婦人科診療のかたわら、小・中・高校、大学生に性教育の講演を行ってきた。
「集団で一斉に7割が打った年代の若者に、『どうやってHPVワクチン接種を決めたのか』を聞いたところ、打った人は親が決めた。打たなかった人も親が決めたと話していました。全部、医学生達の話です。中学生や高校生が自分で決めるのは難しいのでしょう」
一方、「2019年の性教育講演に集まったある高校の保護者20名に、HPVワクチンについて尋ねたところ、知っていると答えたのはたった1名でした。自治体からのお知らせが届かなくなって7年が経過し、今では『ワクチンの存在さえ知らなかった』という保護者が増えているのです。そして、当事者の子が大学生になってHPVワクチンのことを学ぶと、『打ちたかった』という声が上がります。
まずは大人が学んで、子どもと一緒にHPVワクチンのことを検討する機会を持って欲しい。不安に思うなら、かかりつけの産婦人科やワクチン接種を行っている医療機関で相談をしてみてもいいと思います。日本産婦人科学会が情報提供をしています。子どもたちに、正しい情報を与え、選択の機会を与えること、これは大人の責任です」
高橋さん自身は、自費で中学生の息子に「HPVワクチン(9価ワクチン)」を接種した。
ちなみにHPVワクチンは、子宮頸がんだけでなく、中咽頭がん、陰茎がん、肛門がん、膣がん、外陰がんなどの6つのがんを防ぐことが明らかになっており、世界では77か国以上で男子にも接種されている。
「産婦人科医だから、そんなことができたのだろうと思われるかもしれません。確かに、自分にはHPVワクチンが日本で発売された日に打ちました。子宮頸がんで亡くなる方を大勢看取ってきたからです。でも子どもについては、そうではありませんでした。私の背中を押してくれたのは、実はママ友なのです。
あるとき、たまたま雑談でHPVワクチンのことを話していたら『うちの息子にも打ちたいと思う。お願いできる?』と頼まれたのです。過去に、副反応のことがメディアでセンセーショナルに取り上げられたこともあります。だから正直、この話題は引かれてしまうのでは?とちょっと怖かったのですが、そんなことはありませんでした。
男子は公的費用での接種がありませんが、それでもママ友は打ちたいと。熱意に動かされ『うちの息子にも話してみる。同意すれば一緒に接種しよう』と話が進んだのです。息子にHPVワクチンのことを説明する際には『6つのがんを防げるよ』と話しました。すると『それなら、打ちたい』と即答。打つと決めたのは息子自身でした」
今回の署名活動では、対象年齢を外れた女子のキャッチアップ接種を求めているが、今後は、「HPVワクチンを男子にも公費で接種できるように、求めていきたい」という。
□ 少なくとも200万人の女子の人生に関わる問題
ネットには「ワクチン反対」の声も少なくない。だからどちらを選んでいいか「まだよくわからない、モヤモヤする」と感じている人は多いだろう。
一方で、子どもの乳幼児期の予防接種は疑問も持たずに受けてきたという人も多いのではないだろうか。それはなぜだろうか。HPVワクチンについては、公的接種が始まりお知らせも届いていたころ(※)のように「みんなが打つ」ような状況だったら、迷うこともないのかもしれない。
※ HPVワクチンは、2013年4月に定期予防接種になった。1994年度〜1999年度生まれの女子では55.5%から最高で78.8%の接種率だったのが、その後厚生労働省が「積極的勧奨を一時的に差し控える」として以降の2004年度生まれの女子では0.1%以下に激減した[(Nakagawa S et al.(submitted)]。
今回の署名活動が目指しているのは、誰もがきちんとした情報を与えられ、理解し納得して自分の人生を自分で守る環境が確保されることだ。
「子宮頸がんをしっかり防ぎたい場合、初めての性行為を迎える前に打ってほしいワクチンです。今、打ち逃した高校2年生から大学2年生の女子だけでも、ざっと200万人。これだけの数の女性のこれからの人生に関わる問題なのです」(高橋さん)
HPVワクチンを打たねばならない、と強要しているのではない。選択の自由はあっていい。しかし家庭に“お知らせ”が届かなければ、選択すらできない。
「打ちたくない人には打たない権利が認められています。しかし、打ちたい人たちに対して、子宮頸がんを防ぐための有益な情報が届いていません。ワクチンの存在について、厚労省が広く周知し、積極的接種勧奨を再開することを要望します。国民が求めていると国に知ってもらうことが大切です。署名にご協力をお願いします」と高橋さん。
今回集まった署名は、厚生労働大臣のほか、予防接種の実施主体である自治体に声を届けるべく全国市長会・全国町村会にも提出する予定だ。
署名欄には、同じような悩みを持つ人のメッセージも届けられている。なぜキャッチアップ接種が必要なのかという説明もされている。だから、多くの人に、自分の目で見て、何かを感じてほしい。自分ならどうしたいか、自分の娘だったら、大切な友人の問題だったら?と、考えてみてほしいのだ。
仕事、結婚、出産…、どんな人生の選択も自由だが、健康によって選択肢が狭まれてはいけない。予防できる対策があることをもう一度考えてほしい。
★ 今回の署名とHPVワクチンを選択する際に有益な情報を得られるサイト
◆ change.org「HPVワクチン(子宮頸がん等予防)を打つ機会を奪われた若者たちが無料で接種するチャンスをください」
◆ 6つのがんを防ぐHPVワクチンってなに?〜産婦人科医の性教育〜
年間100件以上の講演を行う、産婦人科医師・高橋幸子さんによる中学3年生~高校生向け性教育講演の動画
◆ 高橋幸子医師のツイッター(@sakko_t0607)
sachiko☆dr.comのライフスキル講座
◆ YOKOHAMA HPV PROJEC T
英文で発表されている学術情報をわかりやすい日本語に要約し発信している。WHOの子宮頸がんの排除に向けた世界的戦略についての和訳なども、ここで見ることができる。
◆ 子宮頸がんとHPVワクチンについて(神奈川県医師会編)
HPVワクチンの有効性、安全性、副反応のその後、接種の実際などについてまとめたパンフレット
この記事は産婦人科医が書いています。
私は、HPVワクチン啓蒙の中心になるべきは子宮頚がんの実態を説明できる産婦人科医であり、産婦人科医による事前の性教育が必須だと考えています。
接種を担当する小児科医は性交渉による感染症が原因である子宮頚がんをうまく説明できませんし、ましてや法律で、学校では性行為やそれによる感染症の知識を授業で取りあげてはいけないことになっている状況下では、どうしてよいかわかりません。
小学校高学年から中学校に産婦人科医が乗り込んで性教育をすることが当たり前になれば、現状は打破できるはずです。
確か、福井県ではその活動が進んでいると耳にしました。
そして子どもたちには、自ら子宮頚がんとワクチン接種について知り、親と共に接種すべきか考えて欲しいと思います。