日本評論社。
1998年第1版、2008年第2版、2013年第3版発行。
精神科専門医が経験してきた双極性障害(従来「躁うつ病」と呼ばれてきました)患者さんの闘病記です。
この本ではあえて一般的な「躁うつ病」という単語を使用しています。
そこには病気と闘い、かつ精神疾患への世間の偏見と闘わざるを得ない人々の喜怒哀楽が描かれています。
一読すると、うつ病とは異なる、この病気の特徴が浮かび上がってきました。
うつ病は「こころの風邪」とも呼ばれ、回復が期待できる病気。
しかし本人は風邪どころではないつらい状態に陥ります。
なにせ、あまりにつらくて自ら命を絶つという選択をすることもあるくらいですから。
うつ病の原因としては環境要因が強く、治療と環境整備で抜け出せる病気。
一方、躁うつ病はうつと躁のコントロールがうまくいかなくなる病気で、基本的に一生続き、治療もやめられません。
うつ状態では本人がつらく(うつ病のうつ状態と量・質には違いはないようです)、躁状態では周囲の人が大変。
うつ状態で発症すると正確な診断に至るまでに時間がかかることも。
抗うつ薬を使用し、躁転して初めて確定診断に至る例も少なからずあるようです。
「治療がやめられない」ことをなかなか受け入れられず、患者さんは悩み苦しみます。
ある程度遺伝性はあるものの、その頻度は低くメンデルの法則では説明できません。
文中では「一卵性双生児の一致率は70-80%、親が躁うつ病の場合子どもの発症率は10%」とありました。
解決への糸口は、正しい理解と正しい治療に尽きます。
中島らもの「躁うつ病はガンに比べればちゃちな病気。命を取られるわけではないし、薬を飲んでいさえすれば普通に生活できる」という言葉が全てを象徴していると思います。
この本の中では以下のように記されています;
「躁うつ病に罹ったとはいっても2-3ヶ月に1回、クリニックで薬をもらって、1日1回服用する、たったそれだけのことで、健康な人と変わらない生活が送れるようになる方が多いのです。」
<メモ>
自分自身のための備忘録。
■ 病識のない躁状態の大変さ
躁状態で日常生活ができなくなったら入院治療が必要です。
しかし、本人の病識がない場合は「俺は絶好調だ、病気じゃない!」と病院へ行こうとさえしません。
限界に達すると、家族が力尽くで病院へ連れて行くことになります。
その際に本人には、
「あなたのために連れて行くんだ」
という言葉を繰り返してください、騙して連れてくることは極力しないでください、とありました。
■ 躁状態再発の時、一番最初に現れる症状に注意
躁うつ病は、たった1回の再発で社会的生命が脅かされることもあるという点では難しい病気でもあります。
そのうえ、躁状態になってしまったら、自分が病気であることが分からなくなります。
その一歩手前で自覚して、再発を予防しなければなりません。
そこがスタート地点です。
例としての患者さんは、
・酒の量が増える
・夜寝ないで遅くまで書き物をする
・家族にやたら説教する
というものでした。
■ 治療薬「リチウム」
100年以上前に発見された躁うつ病薬。
躁状態、うつ状態を予防する力は強いが、軽いうつ状態、軽い躁状態は出てくることがある。
軽躁は本人・周囲ともに困らないので見過ごされることが多いが、軽うつの方はやはり楽なものではない。
躁うつ病では、この「軽うつ」のコントロールが難しい。
抗うつ薬を健康な人(著者)が飲むと、目の焦点が合わない、ぼうっとする、歩くのもおぼつかないほどで、仕事にならなくなったが、リチウムを飲んでも何も変化がなかった。
リチウムは治療に用いる量と中毒量が他の薬に比べてかなり近寄っているので注意が必要である。
血中濃度が十分にもかかわらず効果が出ない患者さんでは、脳内リチウム濃度が低いこと、副作用の中では、手の震えが脳内濃度と関係しているらしいことなどがわかってきた。
■ 治療薬「テグレトール」
リチウムは、気分の壮快な典型的な躁状態の人にはよく効くが、幻覚・妄想があったり、不機嫌さが目立ったりするひとでは効果が弱く、その場合テグレトールやバルプロ酸といった、他の気分安定薬の方が効果があると言われている。
テグレトールはもともとてんかんの薬であったが、躁病に効果があることが日本で発見され、今では世界中で躁うつ病の治療に用いられている。リチウムやテグレトールのように、躁にもうつにも効果があり、しかもこれらの予防効果があるという薬は、最近では気分安定薬と呼ばれており、躁うつ病の治療の中心となるものである。
■ 治療が難しい「ラピッドサイクラー」
1年に4回以上も躁・うつを繰り返す状態を「ラピッドサイクリング」(急速交代型)と呼び、リチウムが効きにくく治りにくい傾向がある。
急速交代型では甲状腺の機能低下が多いことなどから、この種の患者さんは躁うつ病の中でも心因よりも体の病気としての要素が強い特別の一群であるというのが定説である。
急速交代型は女性に多いのも特徴。
急速交代型のカルテを見直すと、ストレスの欄に「家庭内の問題」と書いてあることが非常に多かった。
■ 躁うつ病は遺伝病?
いわゆる遺伝病ではないが、糖尿病や高血圧などの成人病と同じように、遺伝の要素も少なくない。家族の中に多くの患者さんがいることが多い。しかも、世代が後になるに従って、だんだん発症年齢が若くなるともいわれている。
躁うつ病の遺伝子が見つからないのは、結局、躁うつ病が遺伝病ではないからだ。「躁うつ病になりやすい体質」は遺伝するかもしれないが、躁うつ病そのものは遺伝するわけではない。
そもそも遺伝病にしては病気の頻度が多すぎる。
「躁うつ病になりやすい体質」に、むしろよい面があるからこそ、こんなに躁うつ病が人が多いのだ。
■ 抗うつ薬による躁転はあるのか、ないのか?
抗うつ薬に躁転という副作用があるわけではない。抗うつ薬を飲んで躁状態になるのは、双極性障害の人だけであるということが、様々な研究から明らかにされている。
躁転、すなわちうつから躁への急激な変化は、遅い人では1-2週間、速い人では数時間で起こってしまう。このように、全く正反対の現象が急激に入れ替わって出現することが躁うつ病の特徴なのである。
■ 境界型パーソナリティ障害(BPD)
大好きだった相手に対して、手のひらを返したように突然攻撃したりするなど、対人関係がひどく不安定で、リストカットなどを繰り返したりする障害。リストカットは、死にたいという気持ちと、自分の体に傷をつけることで周囲の関心を引きたいという気持ちが入り混じっているようだ。周りの人は最終的に自分を愛してくれるはず、という安心感が持てないために、常に周囲の人を試さずにはいられない。
双極性障害の患者がBPDと誤診されることは少なくない。しかし、双極II型障害とBPDの両方に当てはまるという診断がなされることがある。精神療法を中心に治療しようとする医師はBPDと診断し、薬物療法を中心に治療しようとする医師は双極II型障害と診断する、というのが実情ではないだろうか。
■ 躁状態の患者さんの激しい言葉は、実のところ内容が真実ばかり、だから周囲はつらい。
当たらずとも遠からず、しかしそこまで言うことはないでしょう?と言いたくなるような内容ばかりで、反論のしようがない。
現実とかけ離れた幻聴や妄想なら、病気と割り切って聞き流すことができるかもしれない。
しかし、たとえ病気と分かっていても、毎日耳の痛いことで家族から責められるのは耐えがたく、「たとえ病気のせいだと言われても許せない」となってしまう。
これが双極性障害のために離婚に至ってしまう夫婦が少なくない理由である。
付録の「躁うつ病を知ろう」も役立ちました。
躁うつ病では幻覚や妄想が起こりえること、躁転・うつ転の過度期に発生する「混合状態」が最も自殺のリスクが高いこと、等々。
・躁うつ病の発症頻度は100人に一人。発症年齢は20-30代(中学生から老年期まで幅広い)。
・うつ病相で発症するか、躁病相で発症するかは半々。躁状態を一度経験した人が再発するリスクは95%以上。
・最初の病相から次の病相の間には5年くらいの間隔があるのが普通。しかし繰り返すたびに次第に間隔が短くなっていき、ついには年に4回以上も病相を繰り返す「急速交代型」と呼ばれる状態になり、ここまで進むと予防治療の効果が現れにくくなります。
・最初のうちは、ストレスをきっかけにしてうつ状態になることも多いのですが、繰り返しているうちに、次第にストレスとは関係なく、再発するようになっていきます。
・躁うつ病は歳を取れば自然に治るというものではなく、双極I型障害では生涯にわたって予防治療が必要となります。一方、双極II型障害では予防治療開始のタイミング、続ける期間とともにケースバイケースですが、やはり長期の予防療法が必要と考えた方がよいでしょう。
・躁状態になると、気分が壮快となり自分がとても偉くなって何でもできるように感じます。眠らなくても平気で、一晩中活動し続け、周りの誰もが友達のように思えて誰にでも親しげに声をかけます。頭の回転も速くなり、いろいろな考えが競い合うように浮かんでくるため、最初は生産的になる事もありますが、だんだんと気が散って一つのことに集中できなくなり、すべてが中途半端になってしまうため、結局キチンと仕事をすることはできません。
・躁状態の人の言うことは、幻覚や妄想に基づく事実と反する内容ではなく、思っていても普通そこまでは言わないだろう、というような内容なので、周囲の人たちにとっては大変つらいもの。
・躁状態が悪化すると、「未来が予知できる」などの現実離れした誇大妄想や、場合によっては神の声が聞こえるという幻聴が出てくることも希ではありません。
・うつ状態になると、朝早く暗いうちから目が覚めて、重苦しくうっとうしい気分に襲われます。それまで関心を持っていたあらゆることに関心が持てなくなり、喜びや楽しみという感情が全く感じられなくなるのです。それどころか、家族に対する愛情や気遣いなどの自然な感情も湧いてこなくなってしまうので、家族から見ると、自然な感情の交流ができず、急に冷たくなったように感じられることもあります。何をするのも億劫で、すぐに疲れてしまい、それまでの人生には何の意味もなかった、と考え込んでしまいます。じっくり物事を考えることができなくなり、決断もできません。
・うつ状態が重くなると、現実とは違うことを信じてしまう妄想(破産した、医者も診断できないような大変な病気に罹っている、大変な罪を犯した、等)にとらわれたり、こうした内容に関連した幻聴が出てくることもあります。さらに、体が固まったようになり、話しかけても全く反応がない「昏迷状態」や、逆に一時もじっとしていられず、どうしよう、どうしよう、とオロオロ動き回り、ひどく興奮する「焦燥状態」になる事もあります。
・躁状態とうつ状態は独立して現れることよりも、うつから躁へ変わる「躁転」、躁からうつへ変わる「うつ転」など、急速に移行して、どちらかだけでは終わらないことの方が普通です。
・「躁転」「うつ転」の経過中には、躁とうつの症状が混ざって現れる「混合状態」となる場合もあります。混合状態では、死にたい気持ちが強いのに、行動が多くなる場合があり、自殺の危険が最も高くなります。
・1980年にアメリカ精神医学会が作ったDSM-IIIという診断基準の中で「双極性障害」という病名が使われるようになり、「躁うつ病」という病名は医学界ではなくなりました。1994年のDSM-IVから、双極性障害の中に「双極II型障害」という新しい分類ができました。これは躁状態が入院するほど重症ではない場合(軽躁状態)を指し、従来の入院するほど重症の躁状態がある場合を「双極I型障害」と呼ぶようになりました。
・双極I型障害の患者さん家族にはI型が多く、総局II型障害の患者さん家族にはII型が多い傾向があります。
・双極II型障害の軽躁状態は、躁状態の特徴を持ちながら、本人が困ったり社会的に問題を起こしたりするほどには重症でなく、期間も躁状態が1週間上とされているのに対し、軽躁状態は4日以上でよいとされています。このように軽躁状態の診断基準が広くなったため、アメリカでは総局II型障害と診断される患者さんが急増し、双極性障害全体の有病率が人口の3-4%と報告されるようになりました。双極II型障害がパーソナリティ障害や不安障害を併発しやすいことも注目されてきました。
・躁うつ病の発症しやすさに関わるような、多くの人が持っている遺伝子の個人差(遺伝子多型)は、最も強い影響を持つものでも、躁うつ病の発症しやすさをたかだか1.5倍に増やす程度らしいことが分かってきました。一つ一つの遺伝子の影響は非常に小さいけれど、それが多数集まると発症しやすくなる、と考えられます。
・躁うつ病の再発予防療法に有効で、躁状態・うつ状態の全てに対しても効果があり、両方に対して予防効果を持つ薬を気分安定薬と呼び、代表的なリチウムの他、バルプロ酸(デパケン®/バレリン®)、カルバマゼピン(テグレトール®)、ラモトリギン(ラミクタール®)などがあります。細菌では非定型抗精神病薬であるオランザピン(ジプレキサ®)、クエチアピン、アリピプラゾールなども、抗躁作用に加え、再発予防作用や抗うつ作用が報告されています。リチウムを中心に、その他の気分安定薬を上手く使えば、多くの患者さんでは病相をコントロールすることができます。
・リチウム;
細胞内の情報伝達(イノシトール系)に働くことがわかっています。その後、リチウムが神経細胞を死から守る作用、あるいは神経細胞の突起の先端を広げるような作用、そして新しくできる神経細胞を増やすような作用があることなどが分かってきました。
リチウムは有用な薬ですが、最大の問題点は、安全な量の範囲が他の多くの薬に比べて狭いことです。中毒症状には、ふらついて歩けない、手足がガクガクとひどく震える、さらにひどくなると意識がもうろうとする、といった症状があります。こうしたことを避けるために、リチウム服用中は、定期的に血中濃度を測定して、安全な濃度になっていることを確認しながら治療します。
服用を中断する場合、急激な中止は再発のリスクを高めます。リスクを最小限にするためには、数週間以上かけてゆっくり減量してから中止すべきでしょう。
多くの副作用:飲みはじめに一番出やすい副作用としては、のどの渇き、多尿、下痢、吐き気などがあり、治療がうまくいっている状態でも人によっては避けられない副作用として手の震えがあります。
・バルプロ酸;
躁状態の中でも、不機嫌な躁病や混合状態に有効です。その他、躁状態・うつ状態を予防する効果もあると考えられています(現時点ではデータ不十分)。
・カルバマゼピン;
躁状態に対する有効性が日本で発見された薬。予防効果もある可能性もあります。
・ラモトリギン;
双極性障害における維持療法の保険適応を持つ日本で唯一の薬として再発予防療法に広く用いられるようになりました。躁状態に対する予防効果もありますが、うつ状態に対する予防効果の方が強いのが特徴です。また、うつ状態に対する効果もある可能性があります。薬疹の副作用に要注意。
・非定型向精神病薬;
オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールの3剤には、躁状態に対する治療効果と予防効果が報告されています。リスペリドンも躁状態への効果が報告されています。また、オランザピン、クエチアピンはうつ状態にも有効性が証明されています。オランザピンは双極性障害の躁症状・うつ症状に保険適応があり、アリピプラゾールは躁症状に対して保険適応があります。副作用は、オランザピン、クエチアピンでは、鎮静作用、体重増加、糖尿病を誘発する作用など、アリピプラゾールではアカシジア(じっとしていられない感覚)や不眠があります。
・自殺の予防;
世間には自殺を「自らの意志で死を選ぶものだ」と考えている人もいるかもしれませんが、躁うつ病により自殺したくなるのは病気の症状以外の何物でもありません。
・うつ状態の過ごし方;
躁状態になっても、治療が軌道に乗りさえすれば、1ヶ月のうちにはだいたい治まります。また、リチウムなどを服用していれば、ひどい躁、ひどいうつはなくなっていきます。しかし、リチウムによる予防治療をしているにもかかわらず軽いうつ状態になってしまったという場合は、他のあまりよい治療法がないため、リチウムを飲みながら回復を待つことになります。うつ状態にどう付き合うかは、躁うつ病の方にとって大きな課題の一つです。
うつ状態に陥った時の生活上のポイント:
①早めに休みを取る
②生活のリズムを守る ・・・徹夜だけは避けましょう。
③陽の光を浴びる
④スケジュールを考える ・・・できることから始めましょう。
⑤好みの音楽を聴く
⑥食生活に気をつける
⑦香りを利用する ・・・(例)うつ状態にレモン、不眠にローズ、パイン、ペパーミント、ラベンダーなど
・認知療法;
うつ状態で起きている脳内の変化そのものや、なんとも言えない嫌な気分そのものを薬以外の方法ですっかり治すことは簡単ではありませんが、それに伴って雪だるま式に深まる悩みは、うまく対処すれば防ぐことができます。その方法をまとめたのが認知療法です。
うつになると、なにをしていてもとにかく嫌な考えばかりが自然と頭に浮かんできます。こうした嫌な考えを「否定的自動思考」と呼んでいます。これは、うつ状態による脳内の変化に対応して出てくるもので、これが浮かんでくること自体を止めるのは容易なことではありません。しかし、こうした考えが浮かんできた時、「これはうつ病のせいで出てきた『否定的自動思考』だ」と認識して、もっと合理的な考え方で反論することは、練習をすればできるようになります。その方法が認知療法です。
・うつ病については、一般医や心療内科医も診療する場合がありますが、躁うつ病の治療ができるのは精神科専門医だけです。躁うつ病はカウンセリングなどの心理療法だけで治る病気ではありませんが、心理教育、家族療法、対人関係社会リズム療法、認知行動療法などの心理社会的治療と薬物療法は、車の両輪のようなものです。
1998年第1版、2008年第2版、2013年第3版発行。
精神科専門医が経験してきた双極性障害(従来「躁うつ病」と呼ばれてきました)患者さんの闘病記です。
この本ではあえて一般的な「躁うつ病」という単語を使用しています。
そこには病気と闘い、かつ精神疾患への世間の偏見と闘わざるを得ない人々の喜怒哀楽が描かれています。
一読すると、うつ病とは異なる、この病気の特徴が浮かび上がってきました。
うつ病は「こころの風邪」とも呼ばれ、回復が期待できる病気。
しかし本人は風邪どころではないつらい状態に陥ります。
なにせ、あまりにつらくて自ら命を絶つという選択をすることもあるくらいですから。
うつ病の原因としては環境要因が強く、治療と環境整備で抜け出せる病気。
一方、躁うつ病はうつと躁のコントロールがうまくいかなくなる病気で、基本的に一生続き、治療もやめられません。
うつ状態では本人がつらく(うつ病のうつ状態と量・質には違いはないようです)、躁状態では周囲の人が大変。
うつ状態で発症すると正確な診断に至るまでに時間がかかることも。
抗うつ薬を使用し、躁転して初めて確定診断に至る例も少なからずあるようです。
「治療がやめられない」ことをなかなか受け入れられず、患者さんは悩み苦しみます。
ある程度遺伝性はあるものの、その頻度は低くメンデルの法則では説明できません。
文中では「一卵性双生児の一致率は70-80%、親が躁うつ病の場合子どもの発症率は10%」とありました。
解決への糸口は、正しい理解と正しい治療に尽きます。
中島らもの「躁うつ病はガンに比べればちゃちな病気。命を取られるわけではないし、薬を飲んでいさえすれば普通に生活できる」という言葉が全てを象徴していると思います。
この本の中では以下のように記されています;
「躁うつ病に罹ったとはいっても2-3ヶ月に1回、クリニックで薬をもらって、1日1回服用する、たったそれだけのことで、健康な人と変わらない生活が送れるようになる方が多いのです。」
<メモ>
自分自身のための備忘録。
■ 病識のない躁状態の大変さ
躁状態で日常生活ができなくなったら入院治療が必要です。
しかし、本人の病識がない場合は「俺は絶好調だ、病気じゃない!」と病院へ行こうとさえしません。
限界に達すると、家族が力尽くで病院へ連れて行くことになります。
その際に本人には、
「あなたのために連れて行くんだ」
という言葉を繰り返してください、騙して連れてくることは極力しないでください、とありました。
■ 躁状態再発の時、一番最初に現れる症状に注意
躁うつ病は、たった1回の再発で社会的生命が脅かされることもあるという点では難しい病気でもあります。
そのうえ、躁状態になってしまったら、自分が病気であることが分からなくなります。
その一歩手前で自覚して、再発を予防しなければなりません。
そこがスタート地点です。
例としての患者さんは、
・酒の量が増える
・夜寝ないで遅くまで書き物をする
・家族にやたら説教する
というものでした。
■ 治療薬「リチウム」
100年以上前に発見された躁うつ病薬。
躁状態、うつ状態を予防する力は強いが、軽いうつ状態、軽い躁状態は出てくることがある。
軽躁は本人・周囲ともに困らないので見過ごされることが多いが、軽うつの方はやはり楽なものではない。
躁うつ病では、この「軽うつ」のコントロールが難しい。
抗うつ薬を健康な人(著者)が飲むと、目の焦点が合わない、ぼうっとする、歩くのもおぼつかないほどで、仕事にならなくなったが、リチウムを飲んでも何も変化がなかった。
リチウムは治療に用いる量と中毒量が他の薬に比べてかなり近寄っているので注意が必要である。
血中濃度が十分にもかかわらず効果が出ない患者さんでは、脳内リチウム濃度が低いこと、副作用の中では、手の震えが脳内濃度と関係しているらしいことなどがわかってきた。
■ 治療薬「テグレトール」
リチウムは、気分の壮快な典型的な躁状態の人にはよく効くが、幻覚・妄想があったり、不機嫌さが目立ったりするひとでは効果が弱く、その場合テグレトールやバルプロ酸といった、他の気分安定薬の方が効果があると言われている。
テグレトールはもともとてんかんの薬であったが、躁病に効果があることが日本で発見され、今では世界中で躁うつ病の治療に用いられている。リチウムやテグレトールのように、躁にもうつにも効果があり、しかもこれらの予防効果があるという薬は、最近では気分安定薬と呼ばれており、躁うつ病の治療の中心となるものである。
■ 治療が難しい「ラピッドサイクラー」
1年に4回以上も躁・うつを繰り返す状態を「ラピッドサイクリング」(急速交代型)と呼び、リチウムが効きにくく治りにくい傾向がある。
急速交代型では甲状腺の機能低下が多いことなどから、この種の患者さんは躁うつ病の中でも心因よりも体の病気としての要素が強い特別の一群であるというのが定説である。
急速交代型は女性に多いのも特徴。
急速交代型のカルテを見直すと、ストレスの欄に「家庭内の問題」と書いてあることが非常に多かった。
■ 躁うつ病は遺伝病?
いわゆる遺伝病ではないが、糖尿病や高血圧などの成人病と同じように、遺伝の要素も少なくない。家族の中に多くの患者さんがいることが多い。しかも、世代が後になるに従って、だんだん発症年齢が若くなるともいわれている。
躁うつ病の遺伝子が見つからないのは、結局、躁うつ病が遺伝病ではないからだ。「躁うつ病になりやすい体質」は遺伝するかもしれないが、躁うつ病そのものは遺伝するわけではない。
そもそも遺伝病にしては病気の頻度が多すぎる。
「躁うつ病になりやすい体質」に、むしろよい面があるからこそ、こんなに躁うつ病が人が多いのだ。
■ 抗うつ薬による躁転はあるのか、ないのか?
抗うつ薬に躁転という副作用があるわけではない。抗うつ薬を飲んで躁状態になるのは、双極性障害の人だけであるということが、様々な研究から明らかにされている。
躁転、すなわちうつから躁への急激な変化は、遅い人では1-2週間、速い人では数時間で起こってしまう。このように、全く正反対の現象が急激に入れ替わって出現することが躁うつ病の特徴なのである。
■ 境界型パーソナリティ障害(BPD)
大好きだった相手に対して、手のひらを返したように突然攻撃したりするなど、対人関係がひどく不安定で、リストカットなどを繰り返したりする障害。リストカットは、死にたいという気持ちと、自分の体に傷をつけることで周囲の関心を引きたいという気持ちが入り混じっているようだ。周りの人は最終的に自分を愛してくれるはず、という安心感が持てないために、常に周囲の人を試さずにはいられない。
双極性障害の患者がBPDと誤診されることは少なくない。しかし、双極II型障害とBPDの両方に当てはまるという診断がなされることがある。精神療法を中心に治療しようとする医師はBPDと診断し、薬物療法を中心に治療しようとする医師は双極II型障害と診断する、というのが実情ではないだろうか。
■ 躁状態の患者さんの激しい言葉は、実のところ内容が真実ばかり、だから周囲はつらい。
当たらずとも遠からず、しかしそこまで言うことはないでしょう?と言いたくなるような内容ばかりで、反論のしようがない。
現実とかけ離れた幻聴や妄想なら、病気と割り切って聞き流すことができるかもしれない。
しかし、たとえ病気と分かっていても、毎日耳の痛いことで家族から責められるのは耐えがたく、「たとえ病気のせいだと言われても許せない」となってしまう。
これが双極性障害のために離婚に至ってしまう夫婦が少なくない理由である。
付録の「躁うつ病を知ろう」も役立ちました。
躁うつ病では幻覚や妄想が起こりえること、躁転・うつ転の過度期に発生する「混合状態」が最も自殺のリスクが高いこと、等々。
・躁うつ病の発症頻度は100人に一人。発症年齢は20-30代(中学生から老年期まで幅広い)。
・うつ病相で発症するか、躁病相で発症するかは半々。躁状態を一度経験した人が再発するリスクは95%以上。
・最初の病相から次の病相の間には5年くらいの間隔があるのが普通。しかし繰り返すたびに次第に間隔が短くなっていき、ついには年に4回以上も病相を繰り返す「急速交代型」と呼ばれる状態になり、ここまで進むと予防治療の効果が現れにくくなります。
・最初のうちは、ストレスをきっかけにしてうつ状態になることも多いのですが、繰り返しているうちに、次第にストレスとは関係なく、再発するようになっていきます。
・躁うつ病は歳を取れば自然に治るというものではなく、双極I型障害では生涯にわたって予防治療が必要となります。一方、双極II型障害では予防治療開始のタイミング、続ける期間とともにケースバイケースですが、やはり長期の予防療法が必要と考えた方がよいでしょう。
・躁状態になると、気分が壮快となり自分がとても偉くなって何でもできるように感じます。眠らなくても平気で、一晩中活動し続け、周りの誰もが友達のように思えて誰にでも親しげに声をかけます。頭の回転も速くなり、いろいろな考えが競い合うように浮かんでくるため、最初は生産的になる事もありますが、だんだんと気が散って一つのことに集中できなくなり、すべてが中途半端になってしまうため、結局キチンと仕事をすることはできません。
・躁状態の人の言うことは、幻覚や妄想に基づく事実と反する内容ではなく、思っていても普通そこまでは言わないだろう、というような内容なので、周囲の人たちにとっては大変つらいもの。
・躁状態が悪化すると、「未来が予知できる」などの現実離れした誇大妄想や、場合によっては神の声が聞こえるという幻聴が出てくることも希ではありません。
・うつ状態になると、朝早く暗いうちから目が覚めて、重苦しくうっとうしい気分に襲われます。それまで関心を持っていたあらゆることに関心が持てなくなり、喜びや楽しみという感情が全く感じられなくなるのです。それどころか、家族に対する愛情や気遣いなどの自然な感情も湧いてこなくなってしまうので、家族から見ると、自然な感情の交流ができず、急に冷たくなったように感じられることもあります。何をするのも億劫で、すぐに疲れてしまい、それまでの人生には何の意味もなかった、と考え込んでしまいます。じっくり物事を考えることができなくなり、決断もできません。
・うつ状態が重くなると、現実とは違うことを信じてしまう妄想(破産した、医者も診断できないような大変な病気に罹っている、大変な罪を犯した、等)にとらわれたり、こうした内容に関連した幻聴が出てくることもあります。さらに、体が固まったようになり、話しかけても全く反応がない「昏迷状態」や、逆に一時もじっとしていられず、どうしよう、どうしよう、とオロオロ動き回り、ひどく興奮する「焦燥状態」になる事もあります。
・躁状態とうつ状態は独立して現れることよりも、うつから躁へ変わる「躁転」、躁からうつへ変わる「うつ転」など、急速に移行して、どちらかだけでは終わらないことの方が普通です。
・「躁転」「うつ転」の経過中には、躁とうつの症状が混ざって現れる「混合状態」となる場合もあります。混合状態では、死にたい気持ちが強いのに、行動が多くなる場合があり、自殺の危険が最も高くなります。
・1980年にアメリカ精神医学会が作ったDSM-IIIという診断基準の中で「双極性障害」という病名が使われるようになり、「躁うつ病」という病名は医学界ではなくなりました。1994年のDSM-IVから、双極性障害の中に「双極II型障害」という新しい分類ができました。これは躁状態が入院するほど重症ではない場合(軽躁状態)を指し、従来の入院するほど重症の躁状態がある場合を「双極I型障害」と呼ぶようになりました。
・双極I型障害の患者さん家族にはI型が多く、総局II型障害の患者さん家族にはII型が多い傾向があります。
・双極II型障害の軽躁状態は、躁状態の特徴を持ちながら、本人が困ったり社会的に問題を起こしたりするほどには重症でなく、期間も躁状態が1週間上とされているのに対し、軽躁状態は4日以上でよいとされています。このように軽躁状態の診断基準が広くなったため、アメリカでは総局II型障害と診断される患者さんが急増し、双極性障害全体の有病率が人口の3-4%と報告されるようになりました。双極II型障害がパーソナリティ障害や不安障害を併発しやすいことも注目されてきました。
・躁うつ病の発症しやすさに関わるような、多くの人が持っている遺伝子の個人差(遺伝子多型)は、最も強い影響を持つものでも、躁うつ病の発症しやすさをたかだか1.5倍に増やす程度らしいことが分かってきました。一つ一つの遺伝子の影響は非常に小さいけれど、それが多数集まると発症しやすくなる、と考えられます。
・躁うつ病の再発予防療法に有効で、躁状態・うつ状態の全てに対しても効果があり、両方に対して予防効果を持つ薬を気分安定薬と呼び、代表的なリチウムの他、バルプロ酸(デパケン®/バレリン®)、カルバマゼピン(テグレトール®)、ラモトリギン(ラミクタール®)などがあります。細菌では非定型抗精神病薬であるオランザピン(ジプレキサ®)、クエチアピン、アリピプラゾールなども、抗躁作用に加え、再発予防作用や抗うつ作用が報告されています。リチウムを中心に、その他の気分安定薬を上手く使えば、多くの患者さんでは病相をコントロールすることができます。
・リチウム;
細胞内の情報伝達(イノシトール系)に働くことがわかっています。その後、リチウムが神経細胞を死から守る作用、あるいは神経細胞の突起の先端を広げるような作用、そして新しくできる神経細胞を増やすような作用があることなどが分かってきました。
リチウムは有用な薬ですが、最大の問題点は、安全な量の範囲が他の多くの薬に比べて狭いことです。中毒症状には、ふらついて歩けない、手足がガクガクとひどく震える、さらにひどくなると意識がもうろうとする、といった症状があります。こうしたことを避けるために、リチウム服用中は、定期的に血中濃度を測定して、安全な濃度になっていることを確認しながら治療します。
服用を中断する場合、急激な中止は再発のリスクを高めます。リスクを最小限にするためには、数週間以上かけてゆっくり減量してから中止すべきでしょう。
多くの副作用:飲みはじめに一番出やすい副作用としては、のどの渇き、多尿、下痢、吐き気などがあり、治療がうまくいっている状態でも人によっては避けられない副作用として手の震えがあります。
・バルプロ酸;
躁状態の中でも、不機嫌な躁病や混合状態に有効です。その他、躁状態・うつ状態を予防する効果もあると考えられています(現時点ではデータ不十分)。
・カルバマゼピン;
躁状態に対する有効性が日本で発見された薬。予防効果もある可能性もあります。
・ラモトリギン;
双極性障害における維持療法の保険適応を持つ日本で唯一の薬として再発予防療法に広く用いられるようになりました。躁状態に対する予防効果もありますが、うつ状態に対する予防効果の方が強いのが特徴です。また、うつ状態に対する効果もある可能性があります。薬疹の副作用に要注意。
・非定型向精神病薬;
オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールの3剤には、躁状態に対する治療効果と予防効果が報告されています。リスペリドンも躁状態への効果が報告されています。また、オランザピン、クエチアピンはうつ状態にも有効性が証明されています。オランザピンは双極性障害の躁症状・うつ症状に保険適応があり、アリピプラゾールは躁症状に対して保険適応があります。副作用は、オランザピン、クエチアピンでは、鎮静作用、体重増加、糖尿病を誘発する作用など、アリピプラゾールではアカシジア(じっとしていられない感覚)や不眠があります。
・自殺の予防;
世間には自殺を「自らの意志で死を選ぶものだ」と考えている人もいるかもしれませんが、躁うつ病により自殺したくなるのは病気の症状以外の何物でもありません。
・うつ状態の過ごし方;
躁状態になっても、治療が軌道に乗りさえすれば、1ヶ月のうちにはだいたい治まります。また、リチウムなどを服用していれば、ひどい躁、ひどいうつはなくなっていきます。しかし、リチウムによる予防治療をしているにもかかわらず軽いうつ状態になってしまったという場合は、他のあまりよい治療法がないため、リチウムを飲みながら回復を待つことになります。うつ状態にどう付き合うかは、躁うつ病の方にとって大きな課題の一つです。
うつ状態に陥った時の生活上のポイント:
①早めに休みを取る
②生活のリズムを守る ・・・徹夜だけは避けましょう。
③陽の光を浴びる
④スケジュールを考える ・・・できることから始めましょう。
⑤好みの音楽を聴く
⑥食生活に気をつける
⑦香りを利用する ・・・(例)うつ状態にレモン、不眠にローズ、パイン、ペパーミント、ラベンダーなど
・認知療法;
うつ状態で起きている脳内の変化そのものや、なんとも言えない嫌な気分そのものを薬以外の方法ですっかり治すことは簡単ではありませんが、それに伴って雪だるま式に深まる悩みは、うまく対処すれば防ぐことができます。その方法をまとめたのが認知療法です。
うつになると、なにをしていてもとにかく嫌な考えばかりが自然と頭に浮かんできます。こうした嫌な考えを「否定的自動思考」と呼んでいます。これは、うつ状態による脳内の変化に対応して出てくるもので、これが浮かんでくること自体を止めるのは容易なことではありません。しかし、こうした考えが浮かんできた時、「これはうつ病のせいで出てきた『否定的自動思考』だ」と認識して、もっと合理的な考え方で反論することは、練習をすればできるようになります。その方法が認知療法です。
・うつ病については、一般医や心療内科医も診療する場合がありますが、躁うつ病の治療ができるのは精神科専門医だけです。躁うつ病はカウンセリングなどの心理療法だけで治る病気ではありませんが、心理教育、家族療法、対人関係社会リズム療法、認知行動療法などの心理社会的治療と薬物療法は、車の両輪のようなものです。