南相馬市では国道6号線を軸にしながら、海岸線での被害状況などをいろいろと教えて頂きました。この日はやませの影響からなのか、非常に冷たい潮風が強く吹いていました。ですので、街中はもちろん海岸線の地区などは濃い霧にかかったようになっていました。
それではまず、津波被害のことを書くと、過敏に反応される方がいらっしゃるかもしれないので、少し整理したいと思います。
東北地方の沿岸は太平洋に直接面しているところが多く、そのようなところでは甚大な被害が出ていることは事実です。しかし、おそらく内湾など地形的な要因で、甚大な被害を受けた地域のすぐ近くであるのに、見た目それほど被害が出ていない地域があるのも事実です。
ですから、海=伊勢湾岸でも同じととらえるのではなく、いろいろな状況があるということを考えあわせて頂きたいと思います。
また、出てくる地名などに関してはグーグルマップなどで参照、できればそこで航空写真とあわせてみて頂ければ、現在のマップは、震災後の航空写真になっていますので、周辺状況がわかりやすいと思います。
この地図でピンク色になっているところが、津波の浸水域になっています。
私たちはまず相馬港付近から見ていくことになりました。
そこで印象が強かったのは、相馬市の原釜地区にある相馬原釜漁協漁業関連資材購買センターです。
この建物、もしかすると津波被害の動画でご存じの方もいらっしゃるのではないかと思います。その動画を知っていただけに、現場の状況から想像して、あらためてこの地域に押し寄せた津波の巨大さを感じました。動画の撮影は、この建物の西側にある高台から行われていたと思います。
◆Youtubeから津波動画
この橋は、原釜地区から松川浦の海沿いを走る道路に接続していたもので、とても風景がよかったそうですが、津波で松川浦方面の道路が寸断され、この橋は現在使われていません。
そして県道74号線を走り、鹿島区南海老の少し北側の磯ノ上地区にある、昔の神社跡から北側に向いて撮った写真が次のものです。
この写真の右上が海、左側は干拓地の水田で、道路に沿って集落があり、海岸線には松並木があったということです。撮影場所は、過去に神社があった場所で、標高は10m以上あると思われるところです。ここで、いろいろ話を聞いたりしているとき、ちょうど自分の親くらいのご夫婦とお話しする機会がありました。ご夫婦は震災前はこの地域に住んでいらっしゃって、この地区が夏はクーラーもいらないくらいに涼しく、とてもよい場所だったということをお話しされながら、ご夫婦に起こったことを語り始められました。
この地区に来た津波は10m以上の高さを乗り越え避難場所だった近くのグランドに押し寄せたこと、その波にご主人は巻き込まれ後遺症が残るようなけがをされたこと、この場所のすぐ西側にあるため池に息子さんが流されて亡くなられたこと、軽いけがだった人の中にはひどい状況を目の当たりにされてメンタル的に不調になっている人がいることなど、非常にたくさんのことをお話ししていただきました。ご夫婦もこの場所に訪れ、お墓にお参りすることで、自分たちの心の整理ができないかと考えているというようなことを話されました。
そして、当たり前と思っている日常がどれだけ大切なものか、人の生き死にも紙一重だったということを話されていたことが非常に心に刺さっています。
この野球グランドにも多くの方が避難されたそうですが、観客席側のスタンドを乗り越える形で津波が押し寄せ、グランドの中で水が渦巻き人も同じように流されていた、また外側でも多くの方がが流されていたということです。
それではまず、津波被害のことを書くと、過敏に反応される方がいらっしゃるかもしれないので、少し整理したいと思います。
東北地方の沿岸は太平洋に直接面しているところが多く、そのようなところでは甚大な被害が出ていることは事実です。しかし、おそらく内湾など地形的な要因で、甚大な被害を受けた地域のすぐ近くであるのに、見た目それほど被害が出ていない地域があるのも事実です。
ですから、海=伊勢湾岸でも同じととらえるのではなく、いろいろな状況があるということを考えあわせて頂きたいと思います。
また、出てくる地名などに関してはグーグルマップなどで参照、できればそこで航空写真とあわせてみて頂ければ、現在のマップは、震災後の航空写真になっていますので、周辺状況がわかりやすいと思います。
この地図でピンク色になっているところが、津波の浸水域になっています。
私たちはまず相馬港付近から見ていくことになりました。
そこで印象が強かったのは、相馬市の原釜地区にある相馬原釜漁協漁業関連資材購買センターです。
この建物、もしかすると津波被害の動画でご存じの方もいらっしゃるのではないかと思います。その動画を知っていただけに、現場の状況から想像して、あらためてこの地域に押し寄せた津波の巨大さを感じました。動画の撮影は、この建物の西側にある高台から行われていたと思います。
◆Youtubeから津波動画
この橋は、原釜地区から松川浦の海沿いを走る道路に接続していたもので、とても風景がよかったそうですが、津波で松川浦方面の道路が寸断され、この橋は現在使われていません。
そして県道74号線を走り、鹿島区南海老の少し北側の磯ノ上地区にある、昔の神社跡から北側に向いて撮った写真が次のものです。
この写真の右上が海、左側は干拓地の水田で、道路に沿って集落があり、海岸線には松並木があったということです。撮影場所は、過去に神社があった場所で、標高は10m以上あると思われるところです。ここで、いろいろ話を聞いたりしているとき、ちょうど自分の親くらいのご夫婦とお話しする機会がありました。ご夫婦は震災前はこの地域に住んでいらっしゃって、この地区が夏はクーラーもいらないくらいに涼しく、とてもよい場所だったということをお話しされながら、ご夫婦に起こったことを語り始められました。
この地区に来た津波は10m以上の高さを乗り越え避難場所だった近くのグランドに押し寄せたこと、その波にご主人は巻き込まれ後遺症が残るようなけがをされたこと、この場所のすぐ西側にあるため池に息子さんが流されて亡くなられたこと、軽いけがだった人の中にはひどい状況を目の当たりにされてメンタル的に不調になっている人がいることなど、非常にたくさんのことをお話ししていただきました。ご夫婦もこの場所に訪れ、お墓にお参りすることで、自分たちの心の整理ができないかと考えているというようなことを話されました。
そして、当たり前と思っている日常がどれだけ大切なものか、人の生き死にも紙一重だったということを話されていたことが非常に心に刺さっています。
この野球グランドにも多くの方が避難されたそうですが、観客席側のスタンドを乗り越える形で津波が押し寄せ、グランドの中で水が渦巻き人も同じように流されていた、また外側でも多くの方がが流されていたということです。
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