11月9日の記事で、北朝鮮にはテンジャンチゲ(된장찌개)やサンチュ(상추)という言葉がないということを書きました。
さらに読み進むとサムゲタン(삼계탕.参鶏湯)という言葉もないそうです。
しかしテンジャンチゲのようにその料理自体がないのではなく、同じ料理を北朝鮮では닭곰(タッコム)というそうです。
닭は鶏、곰は熊じゃなくて汁。つまり鶏汁なんてそのまんまじゃん。
しかし、韓国では食堂でサムゲタンをごくふつうに食べられるのに対して、北朝鮮の食堂にタッコムはありません。家族が病気になった時などに母や妻が特別に作る料理なのだとか・・・。
토끼곰(ウサギ汁)や、子犬で作る개곰(犬汁)や、새끼돼지곰(子豚汁)等、○○コムといえばどれも補身(ポシン)すなわち栄養をつれるためのもので、北朝鮮ではよほどの財力のある人といえども一生に1、2度食べられるだけで、大部分の人は見ることさえもできないのですと! (サムゲタンは好きで、私ヌルボはもう10回くらいは食べているかも・・・。北朝鮮の尺度では考えられないほどすごいことだ。)
サムゲタンについてはここまで。
さて、韓国で빈대떡(ピンデトク)と言っている食べ物も北朝鮮にはありますが、ピンデトクではなく녹두지짐(ノクトゥチヂム)とよぶそうです。
そして、これは食堂のメニューにもあります。
北朝鮮では飲食店は(ふだん家庭食ではなく)特別な料理を食べる所なので、韓国ではふつうにみかけるチヂミ(ジョン)等は家庭で作りこそすれ、外食メニューにはありません。
しかしなぜか녹두(ノクトゥ.緑豆)はとても貴重で、一般人は求めるのが困難な食材であるため、ノクトゥチヂムは飲食店でしか食べられないし、それも1テーブルに1枚限定だそうで、また店の予定数が終了したら注文しても出せないとか。したがって、ノクトゥチヂムを食べるためには行列に並ばなくてはならず、イ・エランさんも1時間並んだことがあるそうです。
※並ぶ必要がないのは栄誉軍人(傷痍軍人)と教員。優待席を利用できるので、平壌に出張する機会ができれば栄誉軍人証を借りたりもするのだとか・・・。
しかし、元はといえば平安道は緑豆の生産地だったため平壌の緑豆チヂムは有名で、イ・エランさんのお母さんの話では解放前には道で焼いて売っている人が大勢いて、とくに朝はチヂムを焼く香ばしい油の匂いが漂っていて道行く人は足を止めざるをえず、焼き立てのチヂミとインジョルミを一緒に食べると格別の味だったそうです。
(うーむ、北朝鮮の歴史は逆行している!?)
ところで、ピンデトクを知っている、食べたことがあるという人は日本人の中にもずいぶん多くなっていると思います。そんな皆さん、ピンデ(빈대)が何のことかご存知でしょうか?
これが実は「南京虫」なんですね。人間の血を吸うシラミの仲間、かと思ったら、カメムシ目なんだそうですけど。中国の人、とくに南京の人にとってみれば腹立たしい名前ですが、ウィキペディアではトコジラミという見出し語になっています。
ヌルボは名前は知っていても直接対面したことは幸いにしてありません。そういえば、明治生まれの母親は文字盤の小さな女物腕時計をナンキンムシと言ってましたが、まだ死語にはなってないかな? 世代による?
つまりピンデトクを直訳すると「南京虫餅」。うげー。脱北者が当初意味がわからないのも当然。金正日までも平壌に来た金大中に「南ではあの美味しい緑豆チヂムをなんで韓国では南京虫餅というのか?」と訊いたそうです。
その語源には諸説あるようですが、中国の「貧者餅(빈자떡.ピンジャトク)」がなまってピンデトクになったとの説が最有力、かな? ネット検索すると、貧しい人々に施しを与えるときに用いられた食べ物という説や、賓客をもてなすほど美味しい餅ということでピンデトク(賓待餅)になったという説等もありましたが、なんだかなー、ですね。
「北韓食客」によると、「韓国の新世代はピンデ(南京虫)を1度も実際に見たことがないようである」のに対して、「北韓にはピンデが相当に多い。とくに旅館のようなところではピンデがとても多く、夜寝られないほど」なのだそうです。
そんな北の住民がソウルの鍾路に立ち並ぶピンデトクの店に行ったらどんなにあわてるか、と・・・。
ヌルボも知らなかったのですが、平壌の中心部にも鐘路洞という街があるのですね。
※「鍾」と「鐘」の漢字の違いがややこしい。
その平壌の鐘路洞で焼いた緑豆チヂムと、ソウルの鍾路のピンデトクがいつか義兄弟となって南北の人たちから愛されるようになる日が楽しみ、とイ・エランさんは結んでいるのですけどねー・・・。
【ピンデトクですが、店によって大きさや形はまちまち。】
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