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黄晳暎の(おとなのための)童話「砂村の子どもたち」は、60年前の永登浦の子どもたちを描いた感動作!

2012-01-13 23:01:00 | 韓国の小学生~高校生向き小説・物語
       

 先に結論を書いておきます。黄晳暎(황석영.ファン・ソギョン)の短編集「砂村の子どもたち(모랫말 아이들)」を読んだのは大正解! 読みやすく、かつおもしろい、というより感動的な本でした。「パリデギ」も読み応えがありましたが、この本でさらに私ヌルボの中で黄晳暎の評価がアップしました。

 12月に読んだ「ねこぐち村の子どもたち(괭이부리말 아이들)」に続いて手に取った韓国書がこの本です。

 さて、上記2つの本の共通点はいくつもあります。
①書名中の4文字が同じ。(日本語訳はそれ以上。) 
②どちらも児童書。
③どちらもMBCテレビの「本を読もう 選定図書(MBC느낌표 선정도서)」になっています。


 ・・・ということで、たぶんおもしろいだろう、と見当をつけて読み始めたところ、さらに・・・

④どちらも、特定の地域に暮らす子どもたちを描きながら、そこに反映されている現代韓国の歴史と社会の一端をうかがい知ることができる。 
⑤どちらも文章が読みやすい。構成も、「ねこぐち村の~」は短い章に分けて書かれている。「砂村の~」は短編集だが主人公は同じで、10編の作品すべてに通底するものがある。どちらも挿絵だけのページもあったりして、早く読み進むことができる。


 ・・・という点も共通していました。

 どちらも良い作品で、順位や評点をつけるのもいかがなものかと思われますが、「砂村の~」の方は문학동네社の<어른을 위한 동화(おとなのための童話>というシリーズ名が内容を規定しているのか、「おとな」のヌルボとしては良書っぽくない点と<文学的感興>といった観点から、「砂村の~」により深い感銘を受けました。

 あとがきによると、作者が若かった頃に、自分の子どもたちに自分の幼い頃の話を話してやろうと思い描いていたものだそうです。書きたいネタが多すぎて、中途で打っ棄ってしまっていたのを、出版社の勧めで出すことになった(2001年)が、もう少し長く書くとの約束を果たせず残念とあります。

 韓国版及び日本版のウィキによると、黄晳暎は1943年生まれ。「子どもの頃の思い出」というと、当然朝鮮戦争とその前後のことが関係してきます。また彼は「満州」の首都新京(長春)生まれで戦後は平壌に移りますが、1947年に一家はソウル市内の永登浦に移り住みます。

 最初の短編「꼼배 다리」や、「お化け狩り(도깨비 사냥)」をなんとなく読むと、いなかの村のような印象を受けますが、近年はロッテ百貨店に加えて大型ショッピングモールのTIMES SQUAREもできて、下町っぽい繁華街からオシャレな街に変わりつつある(?)永登浦一帯の60年ほど前なんですねー。
 「コムベの橋(꼼배 다리)」の冒頭は「遠く飛行場から始動をかけるプロペラの音で砂村の冬の朝は始まる」。日本統治時代の1939~42年に滑走路が作られ、朝鮮戦争中には航空基地だった金浦空港は10㎞ほど北西。乞食のチュングニが住まう小屋があったという土手の下の葦原というのは、永登浦と汝矣島の間、漢江沿いに走るオリンピック道路の下あたりなのでしょうか? この「コムベの橋」は、冬、川に張った氷の上を歩いていたが少年が、氷が割れて水中に落ち、仲間の少年たちはその乞食小屋に救助を求めるが・・・という話です。
※1月16日の追記 さんからのコメントにあるように、「飛行機のプロペラの音」は金浦ではなく、ずっと近くの汝矣島の飛行場から聞えてきたものですね。すぐご指摘していただいて助かりました。

 そんな60年前の永登浦あたりの景観描写も興味深いところですが、この短編集の読みどころは何といっても、まさに当時の「激動の時代」「苦難の時代」に、癒されることのない時代の烙印を押され、厳しい生を余儀なくされた人々が数多く登場すること。
 そんな彼らと、主人公の少年スナムとの間の短いの出会いと別れがとても印象的に描かれます。

 たとえば、45年8月ソ連が侵攻してきた時に、ロシア兵の暴行(?)によって生まれた色白・栗色の巻き毛・緑眼の、無口な女の子。冬、窓の外を眺めていた彼女が呟きます。「雪が降ってる・・・」。スナムは「たくさん降ってるね」。それだけ。母親にも棄てられた形で、キリスト教系の施設に入ることになる彼女が最後にくれたものは・・・。(「금단추」)

 あるいは、朝鮮戦争の中で顔にひどい火傷を負い、故郷の村に戻ってきた青年。食堂でたまたま居合わせたスナムの案内で目あての娘(少年の友だちの姉)の家に向かうが、彼女はもう双子の母になっている・・・。(「낯선 사람」)

 朝鮮戦争で孤児になった姉弟は、サーカス団に入れられています。弟は芸ができず、無料招待券目当てのスナムと一緒にビラ貼り。一方姉はアクロバットを演じる花形で、それゆえに彼女だけ別の所に売られて別れ別れになってしまう、と弟は力なく話します。無料券で姉の空中ブランコの妙技を観るスナム。私ヌルボもドキドキしながら読み進むと、思わぬ結末が・・・。(「남매」)

 「私の恋人」という作品に登場するのは、他の女の子とは違った大人っぽい雰囲気のヨンファ。空き地に建てられたテント小屋でやっている「蛇娘」という見世物に興味を持ったスナムがうろついていると偶然彼女と出会います。誘われるままに、駅前のダンスホール内の彼女の住まいに案内されます。ベッドの置かれた部屋の中には米兵好みのピンナップが何枚も。引き出しの中のチョコレートをもらったり珍しいヨーヨーで遊んだりしていると、部屋に入ってきたのは彼女の母親と、電柱のように大きな図体の黒人兵・・・。ヨンファが別れ際に言います。「あんた、見世物小屋には行かないことね。」「なんで?」「あれは全然嘘っぱちなのよ。・・・・」(「내 애인」)

 ここに紹介した彼らの「不幸」や「労苦」を直接的に書かず、少年スナムの目を通して垣間見る、そんな短い記述に「書かれない物語」の大きさが想像されます。ここらへんが「文学的興趣」と記した所以です。

 この際オマケにあと1つ、当時の世相を示すとともに、とくにストーリーテリングが巧みだなーと思った作品を最後に紹介します。

 どの作品もですが、とくにオチの効いた作品が「チニのお祖母さん」。ネズミを獲る話です。ネズミ駆除のために、学校ではネズミのシッポをたくさん集めて持ってきた子どもに賞品をやったりしていたそうです。
 子どもたちは中華食堂の地下室でネズミの大量捕獲を企てます。エサで何匹もおびき出しておいて、1人がネズミの穴を塞ぐ。この作戦は大成功を収めますが、食堂の子のチニと、100歳にもなろうかという彼の曾祖母が「生きてるネズミを1匹よこせ」と言うのでその通りにします。それが何日も続きます。「何で生きたネズミが要るんだろう?」とは子どもたちの当然の疑問。ヌルボもわからず。「ギョーザの中に入れてるんじゃないか?」との説も(笑)。その謎は最後の方で明かされます。うーむ、ネタバレは避けたいなー。ヒントは1つ前の記事に出てくる○○です。ラストはこれもドキドキします。しかし・・・。子どもの1人のセリフ、「とにかく、人も○○も年を取るとヘンになってくみたいだなー」。(「친이 할머니」)

 子どもたち5人が夜「お化け狩り」と称して火葬場に行く話も捨てがたいのですが・・・。まあ肝試しですね。彼らの関心は귀신が本当に見られるかどうか? 火葬場に行ったところが、そこに誰やら入ってくるのです・・・。(「도깨비 사냥」)

 あ、キリがなくなってきたな、オシマイにします。

※この本、他にどなたか読んでないかな、と検索したら、ヒットしたのが毎度おなじみの「晴読雨読ときどき韓国語」でした。
 やはり「ほんとうにすばらしい本」と記していらっしゃいます。

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6 コメント

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長い小説 (ヌルボ)
2012-01-18 09:57:18
私が読んだ巻数が一番多い本はみなもと太郎「風雲児たち」(100巻以上)あたりですが、これはコミック。

小説では「戦争と人間」は三一新書で全16巻。「チボー家の人々」5巻は、今新書で13巻になっていますね。
しかし分量&内容の濃さで一番は、金石範「火山島」全7巻ではないでしょうか? このすごい小説が今は中古でしか買えないのですね。私は図書館で借りて読みましたが・・・。
韓国書では朴景利「土地」21巻、今刊行中の翻訳でも読まなさそう・・・。
黄暎氏の「무기의 그늘(武器の影)」は訳書が出ていますね。未読ですが。原書で読もうと思っていた「森浦へ行く道」は先日翻訳を読みました。(「客地」に収録) 映画の方は観る機会を逃して今に至っています。

しかし、本を漁りにソウルへ行くというのは羨ましいことです。
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全10巻はつらい! (のんき)
2012-01-18 05:52:28
長編好きの私ですが、さすがに手が出ませんねぇ(^^;
過去に呼んだ一番長い作品って何だろう?
竜馬がゆく全8巻? 橋のない川 7巻? 沈まぬ太陽はたしか5巻だったような・・・

黄暎氏の作品では、2巻本の 무기의 그늘、他は1冊完結か短編しか読んだことがありません。
무기의 그늘はベトナム戦争を題材にしたもので、主人公が英語で話している部分のセリフは棒読み調の韓国語(教科書に出てくる例文みたいなやつ)なので、その部分について読みやすかったです(苦笑)

明日からソウルへ、本を漁りにいくので、氏の『아들을 위하여』というのを探してこようと思っています。
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絵の才能 (ヌルボ)
2012-01-17 08:48:33
のんきさんへ

同じ本を読んで、同じように読んで良かったという方がいるとうれしくなりますね。

実は私も「絵を描く才能が・・・」とある箇所は引っかかりました。ほめているのかな、と思ったらそうでもなく、はっきり否定するわけにもいかないし、という感じですかねー。

黄暎氏の他の小説を原書で読んでみるかなー、と思ったのですが、「張吉山」全10巻となるとちょっとなー、ですね。読んだ人は「すごくおもしろかった」と言ってましたが。ただし韓国人です。
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Unknown (のんき)
2012-01-17 05:16:54
私もこの本、そして黄暎氏、ともに大好きです。特にこの1冊は友人にも勧めて貸しちゃったので、今手元にありません(苦笑)

ジャンルが<童話>とされているだけあって、挿絵がふんだんに入れられている点も私自身は気に入って、当時の状況を思い浮かべるのに非常に役立ちました。
が、著者はあとがきで「僕にも絵を描く才能があったらなぁ」と述べられていますよね。これは意味深長なコトバだと思わずにいられません。
挿絵を描いたのは戦後生まれで当時の状況を知らない若い方です。なので、私が「当時の状況がよくわかる」と思った絵のひとつひとつが、実は著者の記憶のそれとはかなり距離があるのではないか・・・などと考え込んでしまいます。
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ありがとうございます。 (ヌルボ)
2012-01-15 16:46:18
ウィキの「汝矣島」の項等で確認してみると、なるほど「1971年まで軍用飛行場として使用されていた」とのことですね。

また「京城飛行場」と題されたサイト →
http://www.k2.dion.ne.jp/~ys-11/keijo_airport/
には、「1930年頃の京城飛行場」の写真と、主に戦前の関係記事がありました。

私は汝矣島は数回行ったことがありますが、永登浦はTIMES SQUAREに1度行っただけで土地勘もないので、近いうちに行ってみようと思っています。


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空港の話 ()
2012-01-15 00:48:41
永登浦までプロペラの音が聞こえるというのであれば、その本に出てくる「飛行場」はたぶん汝矣島のほうだと思います。日本統治時代から1960年代にかけて、汝矣島には空港がありましたので…。

それにしても、面白そうな本ですね。こんど韓国に行ったときに探して買ってみようかと思いました。
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