私は本の帯があまり好きではない。
読む前に変に印象をもちたくないのだ。
でもこの本に関しては先に帯の文章を載せておく。
「この本を読まずに死ねるか!戦慄のノンフィクションー成毛眞(HONZ代表)」
「この真実をすべての日本人は直視すべきだ。ー石井光太(ノンフィクション作家)」
「衝撃。戦慄。震撼。怒り。著者の文章からは熱が出ている。ー乃南アサ(作家)」
本は読む方だと思うけど、ノンフィクション作品はほとんど読んだことがない。
ノンフィクション映画は好きだけれど、本となるとどうしても尻込みしてしまう。
実話を基にした小説ならまだしも、完全ドキュメントとなるとなおさらだ。
映像に比べ文章によるイメージは際限がなく、読む前から重苦しい。
それなのに先日TBSラジオのアフター6ジャンクションで紹介された、
純然たるドキュメント本『殺人犯はそこにいる』をまんまと買ってしまった。
最近行われたビブリオバトルの優勝者が紹介していたんだからしょうがない。
ビブリオバトルとは京都大学発の読書会・勉強会らしく参加者が好きな本を紹介し競うことを言う。
うっかりそんな大会を見に行ったら、帰りに何冊本を買う羽目になるやら。
そんなこんなで読みました。
以下ネタバレあります。
清水潔 著
新潮社 2013年
80年代から90年代にかけて栃木群馬の隣接する2つの街で5人の少女が誘拐または殺害された。
最後の事件発生から十年以上経った2007年、依然未解決だったこれらの事件を、
日本テレビで特番にするため当時局の報道局記者だった著者が取材することになった。
はじめは関連付けられていなかった5つの事件だが調べていくうちにいくつもの共通点が見つかり、
著者は同一人物による連続誘拐殺人事件なのではないかと疑い始める。
そして事実その殺人犯は捕まりもぜず未だのうのうと暮らしている。
しかし連続事件であると考えるにはあまりに大きな障害が一つあった。
5件のうち90年に起きた『足利事件』だけ犯人が逮捕されすでに服役していたのだ。
しかし著者の推測では5件でなければ辻褄が合わない、何かがおかしい。
無期懲役を言い渡された塀の中の犯人は無実を主張し再審請求を求めている。
逮捕の決め手は自供とDNA「型」鑑定だったという。
当時最新技術としてもてはやされたDNA型鑑定とはいかなるものだったのか。
取材を進めていくうちに著者は「冤罪」という司法のタブーに切り込んでいくことになった。
現実は小説より奇なり。
これがフィクションだったらあまりに劇的で反対に陳腐に思えたかもしれない。
それほどまでに記者が有能で物語がドラマチックなのだ。
立ちはだかる謎や壁にどんどん突き進んでいく著者はまさにミステリー小説の主人公然としている。
著者は新潮社「FOCUS」記者時代、所謂「桶川ストーカー殺人事件」で警察より先に犯人を割り出し、
被害者の告訴を改ざんした警察の不祥事をスクープ、報道被害に合った被害者の名誉回復にもつとめたという。
まっすぐで熱苦しいほど熱く一生懸命な記者清水潔、日本にこんな人がいたのかと驚いた。
まさに正義の味方だ。
最近つくづく思うことがある。
それは日本のお偉方(権力側)って市井が思っているよりもっとずーっと前時代的なんだということ。
政治家が糾弾されるときの失言なんか見てると心底嫌になる。
市民のことなんか屁とも思っていない。
大組織というのは組織を存続させるための組織であり、組織を守るためならなんだってする。
その中にもし真っ白な芽が芽生えてもすぐ摘まれてしまうだろう。
さくらの会の公文書紛失、加計学園の文書偽造なんてあまりに幼稚だ。
この本の中で著者がぶち当たる権力の壁は警察、司法、科警研という霞ヶ関の巨大組織群。
この壁は見上げても上がかすむほど途方ない高さだ。
一介の記者にいったい何ができるというのか、本当に彼らの失態を暴くことができるのか。
読んでいる方としてはそういう劇的な展開に盛り上がるわけだが、
著者は誘拐、殺害された幼い命に寄り添い続け、決して大事なことを見誤らない。
真犯人を捕まえるという信念を強く持ち、
そのために足利事件の犯人とされている服役中の彼を舞台から降ろすため奔走する。
地道な現地調査、聞き込みには強い執念を思わせる。
絶対に手を出してはいけない司法のタブー「冤罪」に切り込むにあたり、
著者には相当な覚悟と確信が必要だったはずである。
まさにその時点で著者は真犯人に目星をつけており、確信に近いところまで詰めていたのだ。
目撃者の印象から真犯人と思しき男は「ルパン」と呼ばれることになった。
清水さんてば、もう警察になった方がいいのではと思ったが、組織の外にいたからこそできた行動とも言える。
そして著者と日本テレビは後追い取材など一切の援軍なし状態で「足利事件」冤罪キャンペーン報道に踏み切るのだ。
今思うと日本テレビもすごい決断をしたなと思う。
著者が相当信頼されていたのか、報道局の面々が正義感満ち溢れる人々だったのか。
なんだか胸の中が熱くなっていく。
私って案外洗脳されやすいかも。
やっぱり真っ正直な人というのは人の心を動かす力を持っているんだろうと思う。
この報道により一旦は再審請求が棄却されるも風向きが少しづつ代わりついには無罪を勝ち取るのだ。
そこまでは本当に痛快で不謹慎だが物語として面白いし、事実としてはあまりに衝撃的。
こんなことが本当に起こりうるのか。
しかしこの本の一番大事なところはむしろ「足利事件」の無実が証明された後の後半にあると思う。
無罪キャンペーンは終わったが、「幼女連続誘拐殺人事件」は振り出しに戻った。
私たちは後半に進むにつれこの話がまごうことなき実話であることを噛みしめなければいけない。
清水さんは捜査当局にルパンの情報を伝え、
一時国会で議論されるまでに至ったが結局ルパンが逮捕されることはなかった。
そこには巨大組織の組織による組織のための権力が働いたというほかない。
そこにあるのは「足利事件」で冤罪を招いてしまったDNA型鑑定における科警研の闇、
最後に起きた横山ゆかりちゃんの誘拐事件を絶対に連続事件として認めない警察の闇、
無実の人を17年半も投獄しておいてルパンを野放しにする霞ヶ関の闇。
最後は真犯人に対する著者の怒りの言葉で結ばれる。
「いいか、逃げきれるなどと思うなよ。」
個人的にはこの巨大組織に忖度しなかった当時の民主党政権と菅元首相は賢明だったのではないかと思う。
東日本大震災によって引き摺り下ろされ、何もできない政党という烙印を押され、再起不能となってしまったけれど。
文章量は比較的多いけれど小説っぽい語り口なので、ノンフィクションに尻込みする人も読みやすいと思う。
むしろ客観的事実だけ知りたい人からすれば多少くどいかもしれない。
読んでいて少しこっ恥ずかしい表現もあるけれど、事実が劇的なだけに私はあまり気にならなかった。
本の帯にあるようにこの本は皆読むべきだと思う。
もちろん一方通行的視点だけど、それでも一記者から見たこの国の実態を知るべきだ。
著者は「北関東連続幼女誘拐殺人」報道及び「足利事件」の冤罪キャンペーン報道で、
「日本民間放送連盟最優秀賞」「同テレビ報道番組優秀賞」「ギャラクシー賞」「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞。
この本は「日本推理作家協会賞」と「新潮ドキュメント賞」を受賞している。
読む前に変に印象をもちたくないのだ。
でもこの本に関しては先に帯の文章を載せておく。
「この本を読まずに死ねるか!戦慄のノンフィクションー成毛眞(HONZ代表)」
「この真実をすべての日本人は直視すべきだ。ー石井光太(ノンフィクション作家)」
「衝撃。戦慄。震撼。怒り。著者の文章からは熱が出ている。ー乃南アサ(作家)」
本は読む方だと思うけど、ノンフィクション作品はほとんど読んだことがない。
ノンフィクション映画は好きだけれど、本となるとどうしても尻込みしてしまう。
実話を基にした小説ならまだしも、完全ドキュメントとなるとなおさらだ。
映像に比べ文章によるイメージは際限がなく、読む前から重苦しい。
それなのに先日TBSラジオのアフター6ジャンクションで紹介された、
純然たるドキュメント本『殺人犯はそこにいる』をまんまと買ってしまった。
最近行われたビブリオバトルの優勝者が紹介していたんだからしょうがない。
ビブリオバトルとは京都大学発の読書会・勉強会らしく参加者が好きな本を紹介し競うことを言う。
うっかりそんな大会を見に行ったら、帰りに何冊本を買う羽目になるやら。
そんなこんなで読みました。
以下ネタバレあります。
清水潔 著
新潮社 2013年
80年代から90年代にかけて栃木群馬の隣接する2つの街で5人の少女が誘拐または殺害された。
最後の事件発生から十年以上経った2007年、依然未解決だったこれらの事件を、
日本テレビで特番にするため当時局の報道局記者だった著者が取材することになった。
はじめは関連付けられていなかった5つの事件だが調べていくうちにいくつもの共通点が見つかり、
著者は同一人物による連続誘拐殺人事件なのではないかと疑い始める。
そして事実その殺人犯は捕まりもぜず未だのうのうと暮らしている。
しかし連続事件であると考えるにはあまりに大きな障害が一つあった。
5件のうち90年に起きた『足利事件』だけ犯人が逮捕されすでに服役していたのだ。
しかし著者の推測では5件でなければ辻褄が合わない、何かがおかしい。
無期懲役を言い渡された塀の中の犯人は無実を主張し再審請求を求めている。
逮捕の決め手は自供とDNA「型」鑑定だったという。
当時最新技術としてもてはやされたDNA型鑑定とはいかなるものだったのか。
取材を進めていくうちに著者は「冤罪」という司法のタブーに切り込んでいくことになった。
現実は小説より奇なり。
これがフィクションだったらあまりに劇的で反対に陳腐に思えたかもしれない。
それほどまでに記者が有能で物語がドラマチックなのだ。
立ちはだかる謎や壁にどんどん突き進んでいく著者はまさにミステリー小説の主人公然としている。
著者は新潮社「FOCUS」記者時代、所謂「桶川ストーカー殺人事件」で警察より先に犯人を割り出し、
被害者の告訴を改ざんした警察の不祥事をスクープ、報道被害に合った被害者の名誉回復にもつとめたという。
まっすぐで熱苦しいほど熱く一生懸命な記者清水潔、日本にこんな人がいたのかと驚いた。
まさに正義の味方だ。
最近つくづく思うことがある。
それは日本のお偉方(権力側)って市井が思っているよりもっとずーっと前時代的なんだということ。
政治家が糾弾されるときの失言なんか見てると心底嫌になる。
市民のことなんか屁とも思っていない。
大組織というのは組織を存続させるための組織であり、組織を守るためならなんだってする。
その中にもし真っ白な芽が芽生えてもすぐ摘まれてしまうだろう。
さくらの会の公文書紛失、加計学園の文書偽造なんてあまりに幼稚だ。
この本の中で著者がぶち当たる権力の壁は警察、司法、科警研という霞ヶ関の巨大組織群。
この壁は見上げても上がかすむほど途方ない高さだ。
一介の記者にいったい何ができるというのか、本当に彼らの失態を暴くことができるのか。
読んでいる方としてはそういう劇的な展開に盛り上がるわけだが、
著者は誘拐、殺害された幼い命に寄り添い続け、決して大事なことを見誤らない。
真犯人を捕まえるという信念を強く持ち、
そのために足利事件の犯人とされている服役中の彼を舞台から降ろすため奔走する。
地道な現地調査、聞き込みには強い執念を思わせる。
絶対に手を出してはいけない司法のタブー「冤罪」に切り込むにあたり、
著者には相当な覚悟と確信が必要だったはずである。
まさにその時点で著者は真犯人に目星をつけており、確信に近いところまで詰めていたのだ。
目撃者の印象から真犯人と思しき男は「ルパン」と呼ばれることになった。
清水さんてば、もう警察になった方がいいのではと思ったが、組織の外にいたからこそできた行動とも言える。
そして著者と日本テレビは後追い取材など一切の援軍なし状態で「足利事件」冤罪キャンペーン報道に踏み切るのだ。
今思うと日本テレビもすごい決断をしたなと思う。
著者が相当信頼されていたのか、報道局の面々が正義感満ち溢れる人々だったのか。
なんだか胸の中が熱くなっていく。
私って案外洗脳されやすいかも。
やっぱり真っ正直な人というのは人の心を動かす力を持っているんだろうと思う。
この報道により一旦は再審請求が棄却されるも風向きが少しづつ代わりついには無罪を勝ち取るのだ。
そこまでは本当に痛快で不謹慎だが物語として面白いし、事実としてはあまりに衝撃的。
こんなことが本当に起こりうるのか。
しかしこの本の一番大事なところはむしろ「足利事件」の無実が証明された後の後半にあると思う。
無罪キャンペーンは終わったが、「幼女連続誘拐殺人事件」は振り出しに戻った。
私たちは後半に進むにつれこの話がまごうことなき実話であることを噛みしめなければいけない。
清水さんは捜査当局にルパンの情報を伝え、
一時国会で議論されるまでに至ったが結局ルパンが逮捕されることはなかった。
そこには巨大組織の組織による組織のための権力が働いたというほかない。
そこにあるのは「足利事件」で冤罪を招いてしまったDNA型鑑定における科警研の闇、
最後に起きた横山ゆかりちゃんの誘拐事件を絶対に連続事件として認めない警察の闇、
無実の人を17年半も投獄しておいてルパンを野放しにする霞ヶ関の闇。
最後は真犯人に対する著者の怒りの言葉で結ばれる。
「いいか、逃げきれるなどと思うなよ。」
個人的にはこの巨大組織に忖度しなかった当時の民主党政権と菅元首相は賢明だったのではないかと思う。
東日本大震災によって引き摺り下ろされ、何もできない政党という烙印を押され、再起不能となってしまったけれど。
文章量は比較的多いけれど小説っぽい語り口なので、ノンフィクションに尻込みする人も読みやすいと思う。
むしろ客観的事実だけ知りたい人からすれば多少くどいかもしれない。
読んでいて少しこっ恥ずかしい表現もあるけれど、事実が劇的なだけに私はあまり気にならなかった。
本の帯にあるようにこの本は皆読むべきだと思う。
もちろん一方通行的視点だけど、それでも一記者から見たこの国の実態を知るべきだ。
著者は「北関東連続幼女誘拐殺人」報道及び「足利事件」の冤罪キャンペーン報道で、
「日本民間放送連盟最優秀賞」「同テレビ報道番組優秀賞」「ギャラクシー賞」「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞。
この本は「日本推理作家協会賞」と「新潮ドキュメント賞」を受賞している。
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