かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 263

2024-05-22 13:53:50 | 短歌の鑑賞
2024年度版 渡辺松男研究32(15年10月)
    【全力蛇行】『寒気氾濫』(1997年)110頁~
     参加者:S・I、泉真帆、M・S、鈴木良明、曽我亮子、N・F、
        藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:鈴木 良明 司会と記録:鹿取 未放
       

263 地の中に虚空があるという神話地の中へ樹は伸びてゆくなり

      (レポート)
「地の中に」虚空があると直接明言した神話は知らないが、光も形もない「虚空」あるいは「混沌」から、大地の女神であるガイアが生まれたとするギリシャ神話などからも、このことは窺い知ることができる。自然界における樹は、天の虚空に伸びるばかりでなく、地の中の虚空にその根を広げ、伸びてゆく。それによってこの世界のバランスが保たれるのだろう。(鈴木) 
   

      (当日意見)
★「地の中へ樹は伸びてゆく」とあって、土を境に天へも地へも張っていく感じ。鏡に
 上下が相似の形で映されているような。1首めからの関連で土の中というのに意味を
 込めていると思います。以前、私が担当したところで地に汗が染みていくというよう
 な歌があって、作者は土というものに深い意味を見出していると思います。(真帆)
★レポートに「世界のバランスが保たれる」とありますが、これ、バランスでしょう
 か?そういっては面白くないと思います。(S・I)
★虚空があるという神話は知りません。ここがポイントだと思うのですが。(N・F)
★私も調べたけど、そういう神話は見つかりませんでした。「世界のバランス」って言
 ったのは最近の傾向として空にばかり広がって根っ子が浅いというか、街路樹なんか
 はそういう感じで、それで地中にも伸びてバランスを保っているよと。虚空って仏
 教的には「空」というのでしょうかね。(鈴木)
★鈴木さんのいう「虚空」と「空」は全く違います。色即是空、空即是色の「空」です
 から。「空」が分かれば仏教は全て分かったも同じって習いました。「空」はそうい
 う非常にに深遠な概念です。この歌、地中はおどろおどろしい世界のような気がしま
 す。すでに鑑賞した歌で「直立の腰から下を地の中に永久(とわ)に湿らせ樹と育つ
 なり」という歌があったりして、渡辺さんには木が地下に潜っていくことに特別な関
 心があるようです。しかし、「虚空があるという神話」は分かりません。虚空って普
 通何も無い状態ですよね。地の下は根の国だったり冥界があるという神話なら分かり
 ますが。伊邪那岐(いざなぎ)にしてもオルフェウスにしても死んだ妻を捜しに地の
 下の国へ行くし、ダンテの「神曲」では地の下にある地獄巡りをしますよね。(鹿取)
★この歌には空想が入っている。バランスではなくて、幼児体験とか。(曽我)
★上の句の神話を除けば、地の中に木が伸びていくのはごく当たり前と思うのですが。
  (藤本)
★地面は固くて実体があるように思われているけれど、ミクロで地面を見ると隙だらけ
 じゃないかと。その間隙を縫って根っ子は下に行く訳です。地の中は虚空、混沌状
 態なんです。(鈴木)
★レポーターは科学的な見方と詩を混同されているんじゃないか。この歌は詩的空間で
 す。それを味わえばいいのです。(S・I)
★仏教哲学には空(くう)だから有を生じるというのがあるんです。キリスト教文化の
 中にもそういう表現があります。地の中の虚空に根が伸びていくことによって地上の
 木、つまり有が生じる、そういう歌かなあと。虚空というのは何もないのではなくて
 有を生じるものなのです。 (N・F)
★空(そら)だって何もないかと思っていたらダークマターとか出てきたりして。だ
 から天も地も虚空だと言われると納得するんだけど。(鈴木)
★はい、空(そら)は全然虚空(くう)じゃないんですね。ハッブル望遠鏡で見ると何
 もないと思われていたところに、それこそ無数の銀河が見えるそうです。その銀河ひ
 とつひとつに1000億以上の星があるそうですから、気が遠くなりますけど。でも
 神話というからには、この歌はそういう科学の話ではないのです。
    (鹿取)


      (後日意見)
 「虚空」は広辞苑に、仏典では「一切の事物を包容してその存在を妨げないことが特性とされる」と出ている。虚空に物があるかないかより「存在を妨げないことが特性」という点に感じ入った。そうすると地の中の虚空も根っ子が伸びるのを妨げないわけだ。(鹿取)

コメント
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