かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 64 スペイン①

2024-07-17 16:02:11 | 短歌の鑑賞
 2024年度版  馬場あき子の外国詠8(2008年5月)
    【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P48~
    参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:H・S まとめ:鹿取未放

64 成田空港包囲して林立するホテル消燈の時きらり小泉よねさん

        (まとめ)
 成田空港の建設計画が発表されたのが1966年、即、反対闘争が組まれた。軍事目的による使用を危惧したためである。小泉よねさんは7歳の時から子守に出されて、つつましく暮らしてきた人である。そういう農民達が立ち上がり、学生その他が全国から応援に駆けつけて闘った長い闘争だが、71年、土地収用法によりよねさんの家や田畑も強制収用された。78年には、4000メートル滑走路一本という、大幅に計画を縮小した形で成田空港は一応の完成をみた。
 死者や負傷者を大量に出した激しい反対闘争だが、91年に成田空港シンポジウムが開催され、94年には話し合いによる解決が合意された。(もちろん、話し合い一切拒否、空港絶対反対の立場の人達も大勢存在する。)馬場一行のスペイン旅行は95年だから、闘争が一応の終結をみた一年後ということになる。ちなみに今年2008年5月が開港30年目に当たるという。
 きらびやかなホテルが空港を「包囲して」「林立」していると詠むことによって、かつてそこにそのようにしてあった反対運動の旗を鮮やかに二重写しにしてみせる。そうすることで、農民達の運動を封殺して成った空港を利用しようとする自らに対する痛みをも表現しているのであろう。寝ようとしてホテルの部屋の灯を消す時に、作者の脳裡を小泉よねさんのことがかすめる。彼女たちを蹂躙した為政者と自分たちが一体になって彼女たちを踏みにじっているような気分、それにもかかわらず自分たちの方がむしろ敗者であるかのような気分、それが小泉よねさんを「きらり」と光らせた理由であろう。

 馬場の旅に同道した会員が、似たような場面を次のように詠っている。

  滑走する機窓に見えてうらがなし成田空港フンサイの塔(清見糺)

 清見の歌はやや情緒に流れているが、馬場の歌は矛先が己に向かっていて自己省察の鋭い歌である。なお、田村広志の『旅の方位図』の「廃井」13首は、空港の為に廃村となった村の風景を詠んでいてあわれぶかく心打たれる一連である。
* 田村氏の歌集に成田空港を詠った一連がある旨の指摘は、藤本満須子による。

  一村を廃墟となして成りてゆく空港 雨のけむれる彼方
                 田村 広志
  空港の高き鉄塔に灯はともり暮れはやき一面草の廃村
   

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