街
与謝野晶子
遠い遠い処へ来て、
わたしは今へんな夢を見て居る。
へんな街だ、
兵隊が居ない、
戦争をしようにも隣の国がない。
大学教授が消防夫を兼ねて居る。
医者が薬価を取らず、
あべこべに、
病気に応じて、
保養中の入費にと 国立銀行の小切手を呉れる。
悪事を探訪する新聞記者が居ない。
てんで悪事がないからなんだ。
大臣は居ても官省がない、
大臣は畑に出て居る、
工場に勤めて居る、
牧場に働いて居る、
小説を作って居る、
絵を描いて居る。
中には掃除車(そうじぐるま)の御者をしている者もある。
女は余計なおめかしをしない、
瀟洒とした清い美を保って、
おしゃべりをしない、
愚痴と生意気を言わない、
そして男と同じ職を執って居る。
特に裁判官は女の名誉職である。
勿論裁判は所は民事も刑事もない。
専ら賞勲の公平を司って、
弁護士には臨時に批評家がなる。
併し長々と無用な弁を振いはしない、
大抵は黙って居る、
稀に口を出しても簡潔である。
それは裁決を受ける功労者の自白が率直だから、
同時に裁決する女が聡明だからだ。
また此街には高利貸しがない、
寺がない、
教会がない、
探偵がない、
十種類以上の雑誌がない、
書生芝居がない、
そのくせ、
内閣会議も、
結婚披露も、
葬式も、
文学会も、
絵の会も、
教育会も、
国会も、
音楽界も、
踊も、
勿論名優の芝居も、
幾つかある大国立劇場で催して居る。
全くへんな街だ、
わたしの自慢の東京と、
大ちがいの街だ。
遠い遠い処へ来て、
わたしは今へんな街を見て居る。
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