2000年のピクトリアリズム展はオイルプリントによるもので、廃れて久しい絵の具を使った手法だったが、日本では好きか嫌いか以前に正体、出自不明な物に対し目に明かりが灯らない、というトラウマになるような経験をした。その年に技法公開のためにHPを立ち上げた。あれから幾年月、かつての浮世絵のような自由を得るためには陰影が阻害していると排除した。被写体の作風と相まって日本画のようになり、これもまた一種の絵画主義写真、ビクトリアリズムだということで、ちょうど18年後ピクトリアリズムIIIとした(銀座青木画廊)以来この手法に対し一度も質問をされない。陰影を出さないように撮影し、切り抜いて貼り付けているだけなので、質問もしようがないだろう。溜飲が下がるとはこの事である。トラウマもやりようによって消えるらしい。その後、その手法自体が進むべき道を指し示す、という想定外の経験を日々している。
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