Dr.K の日記

日々の出来事を中心に、時々、好きな古伊万里について語ります。

伊万里 色絵 海老図 中皿

2020年12月09日 18時02分33秒 | 古伊万里

 今回は、「伊万里 色絵 海老図 中皿」の紹介です。

 

額に入った状態

 

 

表面

 

 

海老図の拡大画像

 

 

裏面

櫛高台の描き方も粗雑で、裏文様の青海波文もプリントです(><)

高台内銘:喜祥

 

 この中皿は、昭和58年に(今から37年前に)、古美術店ではなく、工芸品のみを専門に扱っている「工芸品店」から買ったものです。

 その頃は、コレクションを始めて10年程になっていましたので、その対象もほぼ「古伊万里」にしぼられてきてはいましたが、それでも、時折、「古伊万里」以外の気に入った物に遭遇したりしますと、ついつい食指を動かしていました。

 これもそうですね。「工芸品店」に展示してあったものなんですから、当然、「古伊万里」ではないであろうことは分かっていたんですが、何故か気になったんです(~_~;)

 そして、「綺麗だな~」「欲しいな~」と思ってしまったんですね(~_~;)

 しかし、値段が高かったんです(><)

 「馬子にも衣装」という言葉がありますが、その通りだったんです(~_~;) 「額」に入れられ、いかにも高級品に仕立てられていたわけで、それに参ってしまったわけですね(><)

 今では、そんな、「額」とか「箱」などの、いわゆる着物などにだまされることなく、中身そのもので判断していますが、当時は、まだ、修行が足りず、そんな外見に左右されてしまったわけですね(><)

 ということで、結局は、高い買い物をしてしまいました(~_~;) 

 これは、中身そのものに騙されたわけではないですから、骨董品収集の勉強過程で払うことになる、いわゆる授業料ということではないでしょうけれど、一種の授業料みたいなものですね(~_~;)

 ところで、この中皿の高台内には、「喜祥」という銘が入っています。

 買う時点では、何処の窯なのか、調べれば直ぐに分かるだろうと思い、買ってきてから、少し調べてみました。

 多分、明治頃の平戸(三川内)辺りの窯だろうとは思ったのですが、結局は、何処の窯なのか分かりませんでした(><)

 その後、この中皿にも興味を失い、更に調べもせずにそのまま放置していましたが、今回、これを紹介するに当たり、また調べてみました。

 調査に当たって使用しました資料は、「近現代肥前陶磁銘款集」(平成18年 佐賀県立九州陶磁文化館編集発行)です。

 

 

 結果は! 残念ながら載っていませんでした(><)

 これに似たものとしては、三川内地区の口石嘉五郎という者が始めたという「嘉祥」という銘は載っていましたが(上掲書P.169)、「喜祥」という銘は載っていませんでした(><)

 

 

製作年代: 明治時代

製 作 地 : 肥前・三川内

サ イ ズ : 口径;18.9cm  高さ;4.6cm 底径;9.1cm


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10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんばんは (つや姫日記)
2020-12-09 18:25:25
きれいですね。
素直にそう思います。♪
三川内あたりで焼かれたのでしょうか。
口石という姓も
向こうにはけっこうあります。
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つや姫日記さんへ (Dr.K)
2020-12-09 19:00:19
素直に、綺麗と思いますか(^-^*)
私も、そう、思いました(^-^*)

美しいものは美しい、綺麗なものは綺麗ですよね(^-^*)

多分、これは、明治時代に三川内辺りで焼かれたものだと思います。
三川内には、口石という姓は多いのですか。
これも、口石という姓の方が焼いたのかもしれませんね(^_^;
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Dr.kさんへ (遅生)
2020-12-09 20:47:52
味わいのある深皿ですね。
近代の鍋島かと思いました。

これまで、「平戸 喜祥」銘のある皿を何回か見ています。いずれも瀟洒な品でした。
この深皿もやはり平戸ではないでしょうか。
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力のある窯。 (不あがり)
2020-12-09 21:34:06
Dr.K様へ
欲しい!と思わせる物はやはり良い品物と思います。平戸はやはり力のある窯だと私は思っております。有難うございます。
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遅生さんへ (Dr.K)
2020-12-09 21:43:48
平戸には鍋島に似たようなものがありますよね。
櫛高台にしたり、いろいろと鍋島を取り入れていますものね。

上記の銘款集では、「嘉祥」とか「平戸嘉祥」は出てくるんですが、「喜祥」は出てこないんです。
遅生さんは、「平戸 喜祥」の銘のある皿を何回か見ているんですか。

先ほど、ネットで「平戸焼 喜祥」で検索してみましたら、「平戸焼 喜祥の画像」というものが出てきました。ただ、それは、画像だけが沢山出てくるだけで、平戸に「喜祥」という窯元が存在するのかどうかには触れられていませんでした。
でも、そんなものが出てくるということは、平戸に「喜祥」という窯元が存在する可能性は高いですよね(^_^) 
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不あがりさんへ (Dr.K)
2020-12-09 21:52:40
これだけの物を作れるのは、やはり、平戸意外には考えられないですよね。
平戸は、力のある窯ですものね(^_^)
それを分かっていながら、確証を得たく、いろいろとうごめいております(~_~;)
背中を押していただき、ありがとうございます(^_^)
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Dr.kさんへ(弐) (遅生)
2020-12-09 22:08:22
ごめんなさい。
「平戸 嘉祥」銘ですね、私が見たのも。
慎んで訂正します(^^;
でも、やはりこの品は平戸だと思います(^.^)
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Dr.kさんへ (酒田の人)
2020-12-09 23:32:26
確かに明治期の平戸(三川内)の特徴を備えた品ですよね
田舎の骨董市で同じようなタイプの品を見かけますが
海老文というのはとても珍しいように感じます。(多くは江戸期の鍋島写し)
デザインとして洗練されていますし、絵付けも丁寧ですので、工芸品店のご主人は商売上手だったのかも知れませんね。
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遅生さんへ (その2) (Dr.K)
2020-12-10 09:18:14
遅生さんが見たことのあるのは「平戸 嘉祥」銘でしたか。
「嘉祥」と「喜祥」は、よく似ていますので、ちょっと勘違いしますよね。

私も、最初は、「あった!」と喜んだんですが、ブログで紹介するにはいい加減なことも書けませんので、もう一度じくり見直しましたら、違っていることに気付き、ガッカリしました(~_~;)
そんなところも、ブログの良さかもしれませんよね(^_^)
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酒田の人さんへ (Dr.K)
2020-12-10 09:27:34
「明治期の平戸(三川内)の特徴を備えた品」と見てくれましたか。ありがとうございます(^_^)

この工芸品店の主人は商売上手だったし、センスも良かったですね。
一代で店を大きくし繁盛していました。
でも、亡くなって息子の代になってからは寂れてしまいました(__;)
このような、美術品を扱う店は、センスもだいじなようですね(^_^) 単純な世襲では続かないようですね。
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