「じんかん」(今村翔吾著 講談社 2020年5月25日第1刷発行)を読みました。
内容は、あの悪名高い松永弾正久秀に関するものでした。
物語は、松永久秀が信長に対して2度目の謀叛を起こしたとき、信長の小姓頭の一人の狩野又九郎がそれを天守にいる信長に伝えに行った際、信長が、夜を徹して狩野又九郎に松永久秀の生涯について語ったという形で展開されていました。
松永久秀の幼少のころの出自については明らかではないようですが、信長は、以前、松永久秀と夜を徹して語り合ったことがあり、その際、信長は松永久秀本人からその幼少の頃の壮絶なまでの過去を聞かされて知っていたということでした。
それを前提として、松永久秀はけっして大悪人ではないということを狩野又九郎に語るという展開になっています。
この作者は、この前読んだ「「塞王の楯」(今村翔吾著 集英社 2021年10月30日第1刷発行)でもそうでしたが、ちょっと手法が変わっていますね。それに、小説に登場してくる主要な武将の人物像も、通説とは随分と異なって書いているようです。普通、松永久秀といえば、大悪人のように扱われますが、この本では、むしろ、善人として扱われています。
この本は、歴史的事実の羅列ではなく、歴史的事実を題材とした歴史小説というところでしょうか。
普通は、松永弾正久秀といえば、主を殺し、将軍を殺し、東大寺大仏殿を焼き討ちした大悪人とされているわけですが、信長は、真実は違ったものであったのだと、詳細に、狩野又九郎に語っているわけです。
なお、信長が上洛する少し前の畿内周辺の状況は混沌としていて解りずらいのですが、この本では、その辺をよく整理してありました。
ところで、この本の題名の「じんかん」ですが、松永久秀が、自分は何のために生まれてきたのか、人間とは何なのかを常に問いながら生きてきたこととか、信長が好んで舞った幸若舞の演目の一つの「敦盛」の一節の「人間(じんかん)50年・・・。下天のうちをくらぶれば・・・」からとったようです。
つまり、「じんかん」とは、「人間。同じ字でも「にんげん」と読めば一個の人を指す。今、××が言った「じんかん」とは人と人とが織りなす間。つまりはこの世という意である。P.114 」ということのようです。
最近の歴史は、ちょっと見直して〇〇といった感じがトレンドで、松永久秀も極悪人を脱しているようです(^.^)
松永が信長に反旗を翻し理由を、この本ではどう書いているでしょうか。彼の幼少の体験とそれが結びついているのか興味ある所です。
能の敦盛には、幸若舞に出てくる例のくだりはありませんが、何年か前の長良川薪能、信長岐阜入場450年ということで、特別に(無理やり)入れました。シテは梅若玄祥だったので実現しました。これぐらいの大御所になると、誰も文句を言わない(^.^)
今村さんの人気がさらに上がれば、大河ドラマなどで描かれる松永久秀のイメージも変わってくるのかもしれませんね!
「信長上洛前の畿内は本当にわけわからん。一揆も多いし」って、うちのチットも言ってますので、この本を参考にさせたいと思います📚🍀🍀✨✨
読むのも大変なんですから、書くほうはもっと大変だろうな~と思いながら読みました(^_^)
この本では、遅生さん御推察のとおり、信長に2度目の反旗を翻した理由を、久秀の幼少の頃の体験に結びつけて書かれていました。
久秀が孤児となったとき(14歳)、子供の夜盗集団に救われていますが、その時に、その集団の中に日夏(ひな)という少女がいました(13歳)。その夜盗集団の頭の名は多聞丸(14歳)と言いました。後日、久秀が、自分の本拠地の城の名を多聞丸としたのはその故です。
まもなく、その夜盗集団は征伐されてしまいますが、生き残ったのは久秀と弟と日夏の3人だけでした。
その後、日夏は成人し、薬種問屋に嫁ぎます。
それから〇〇年、、、。
久秀が東大寺大仏殿で戦わざるをえなくなった際、久秀本陣に窮地を知らせる37人の民がいました。その中に日夏も含まれていました(日夏がその中に含まれていたことは、その時点では知りませんでした)。37人中、1人だけがその窮地を知らせることに成功しますが、他の36人は途中で捕まったのか、断念したのかは不明ということでした。
その民の情報を得、窮地を脱するため東大寺に侵入し、勝利を得ることが出来たわけです。
それから10年後。
筒井順慶が、多聞山城の破却を信長に進言します。信長としても多聞山城には戦略的な価値はないと判断し、あっさりとそれを認めます。久秀にとっては、思い入れの強い城だったわけですね。
更に、筒井順慶が、10年前の東大寺大仏殿の戦いの際、久秀に情報を伝えた民37人を探し出そうと躍起になっていることを知ります。
それを知った久秀は、筒井順慶の所業を止めさせるように何度も信長に書状を送り懇願します。
それに対して、信長からの返事がないので、最後の手段として謀叛にいたったということです。
37人の民とその一族の処刑だけは、それによって免れたということです。日夏は10年前に捕まって処刑されたようですが、その一族は救われたということです。
今村さんの人気がさらに上がれば、松永久秀のイメージも変わってくるのかもしれませんね!
信長上洛前の畿内は本当にわけがわかりませんね。
面倒なので、適当に飛ばして読んでいましたが、この本では、かなり整理されて書かれているようです。
ただ、この本、509ページもありますので、読むのに時間がかかりますが、、、。