

(2009.03.05 (木) 12:58 segye)

ペンで大衆の心の琴線に触れたウォンテヨン詩人が監督になって映像言語で挑戦したということだけでも人目を引いた映画 '悲しみよりもっと悲しい話'は涙腺を刺激しない. 映像自体もところが観客たちにも感情を最大限慎みなさいというように話を解いて行く.
映画は愛する女のためにすべてのものを犠牲するラジオPD K(グァン・サンウの方), 魅力的ながらもするようにと学生時代から一緒に住み始めた作詞がクリーム(イ・ボヨン分), 安定的な生を追い求める歯科医ズファン(イ・ボムスの方) そしてズファンの婚約女制や(ゾングエヨン分)を中心に君の男女の愛をうかがう. これらの口を通じて観客たちに伝達する監督ウォンテヨンではない詩人ウォンテヨンの声は '愛'というのに対してもう一つの視覚を提供する.
しかし主演俳優たちと無茶に登場するカメオたちは見る人に中々にストーリーの沒入を邪魔する. 'K'役を引き受けたグァン・サンウの力を抜いたような延期と悲しい表情はグァン・サンウが変わったということを易しく分かる. しかし相変らず不正確な発音などによってウォンテヨン詩人の感じをまともに理解するには難しそうだ. だからグァン・サンウの変身に対する判断は映像美と言語の美学の中でどの所にムゲツをもっと今年里かによって理解する変わる.
'クリーム' 逆意イ・ボヨンは前作 'ワンスオホンオタ'と比べるといかがわしさで脱皮して劇の中で自分の役目に対して観客たちに説明するには成功したが, '悲しみ''愛''死に対する理解'を表現するには力不足と見えた. 結局グァン・サンウとイ・ボムスの間で均衡を合わせて劇を導いて行く重要なポジションにもかかわらず, 表現不足でよって '溌剌として無茶なキャラクター'にだけ認知させることに止んだ.
チョン・ジュンホ, イスングチォル, キム・フングク, ナムギュリなどのカメオは笑いも真正性も捜してみにくかった. 特に 'ケッこと'で登場したナムギュリはあっけない位だ. 前作 '考査'でスクリーンデビュー及び主演まで一俳優の役目で理解するにも大変だったが, ストーリーを阻害する感じさえする人物配置は怪しげな感じさえ与える. 映画 '考査'と製作社が同じだからエムネッミデ−オ所属であるシヤのメンバー期に無理やりに入れたがそうするには劇に対する沒入をあまり阻害している.
こんな渦中にも俳優イ・ボムスの存在感は大きかった. もちろんグァン・サンウ-イ・ボヨンを中心に導いて行く映画ではあるが, これら二人に比べてイ・ボムスの比重が少ないという惜しいことはここで出発する. 3月 11日封切り予定.
ハングルが分からない私にとってはサンウの発音がどのくらいのものか分からないですが・・
毎回指摘されるサンウはこれをどう思ってるのかな・・
発音・・容易には治らないのだろうけど。。
何か方法あるのかな・・・発声練習とか?
う~~ん・・サンウ頑張れ


きっと聞きずらい発音の時があるんでしょうね・・
時間があれば発声練習・・頑張ってやってくれたらな・・
俳優として発音を指摘されるのはどうなんでしょう…なんか可哀想
サンウファイティン(*^ー^*)