図鑑から飛び出してきたようなキノコ。
朝の自転車散歩コースの河川敷道路の草むらに生えているのをいつも一緒に走るAさんが見つけた。
赤いのは3枚とも毒キノコの代表「ベニテングダケ」。本当に綺麗で目立つ。それが故に動物に食べ尽くされないように毒素を持った
個体が生き残ってきたのか。暫し見事な自然の造形に見入っていた。
灰色のキノコはネット検索してもこれだっ!というのが見つからない。似たキノコに「オニイグチモドキ」があったが、色の濃さが違
う。「食べられる。」とあったが、人を寄せ付けない“毒気”を感じさせる。食べてみようという気にならない。
《オニイグチ キノコ図鑑より》
「食べられる」「食べられない」はキノコに限らず古の先祖が自然の動植物を食してみた結果が伝承されてきた経験知だ。好奇心と勇
気と動物的勘がなければ形成されない。
昔はキノコに詳しい古老のひとりやふたり、近所にいたものだった。今やこちらがその立場になったが、「このキノコ食べれます
か。」と聞かれても落葉茸くらいしか回答が出来ない。やがて貴重な情報も消えて行く運命にあるのかもしれない。
“毒饅頭”という言葉が政界で流行ったことがあった。甘言につられていると、とんでもない策略にはまってしまうとでも言えば良いの
か。ベニテングダケを見ていて思い出した。
柔和な令和おじさん、パンケーキ、苦労人、携帯値下げ、消費税減税?・・・・新しい政権の“毒饅頭”で大事なものを失わないために
も動物的勘を失わないようにしたい。