2月9日
常夏の国とはいえ、まだ冬のタイは朝夕には長袖が欲しくなるところまで気温が低下します。私はいつもと同じく長袖は1着のみ。これは航空機内や日本国内での移動の際に着用するので、汚さないように大切に温存しています。余程のことが無い限り現地ではTシャツのみ。真冬の日本から渡航した私にとってはそれほどの我慢は必要ありませんが、現地の人たちにとっては寒いらしく、朝はタイの人たちは着膨れしています。滅多に着る事が無いのでしょう、どうもタイの人の厚着は、就職活動で初めてスーツを着た若者みたいでちょっと不思議な不自然さをかもし出しているのです。
朝、起き出してみると、もう1部屋に宿泊している方々は既に散歩&朝食に出かけた様子で鍵がかかっています。安宿の鍵は”南京錠”をドアに直接かけるので、外から南京錠がかかっているという事は出かけているという事。判りやすくて便利です。
こちらの部屋チームも朝食に出かける事にします。気温が低いので、あまり早くバイクで走り出したくないので、食事の後、バザールの中へ入ってコーヒーを。暖かいコーヒーが心地よい程度まで気温は下がっているのです。
チェンライからチェンコンへ向かうルートは、今回のツーリングルート計画の上では2番目に長い距離(後半のルートを現地で変えたので結果としては4番目)なのですが、昨日走った山越えのルートとは違ってアップダウンが無いのでいつも近く感じます。昨日は山合の道を走っていた印象が多かったのですが、今日は田園地帯を縫って進みます。
パヤメンライのバザールに立ち寄ってしばらく散策。アイスクリームの屋台を見つけた私はソフトクリームを買いに行ったのですが、屋台で先にアイスクリームを買っている女の子の買った物を見たら、食パンにカオニャオ(おこわ)とアイスクリームを2スクープ乗せてサンドイッチにした物体。私の顔を見てなぜかアイスクリームコーンを用意していた屋台の女性に、思わず”あれと同じもの”と伝えたら”ホントに?”と驚いた顔をされましたが、注文どおりのものを作成してくれました。食べてみると、意外とお米(おこわ)とアイスクリームは合います。日本でもやってみようかと思ったのでありました。
チェンコンのゲストハウスに到着すると、なぜかここで恒例となっている”洗濯”が始まりました。全員がシャワールームでシャワーがてら洗濯。梁や柱を使ってロープを張っていると、ここに泊っている白人の旅行者が”コッチに張った方が長くできるんじゃない?”とか少し手伝ってくれました。
このゲストハウスにはリビングルームのようなスペースがあって、ソファーが置いてあります。洗濯を干し終えてソファーで軽く雑談していると、先ほどの白人の旅行者が話しかけてきました。チェンコンはラオスへ渡る旅行者が訪れる町で、ご多分に漏れず、フィレンツェから来たイタリア人のこの人物も明日ラオスへ渡る予定との事。私が以前、チェンコンで聞いたラオス情報などを話したりしてしばらく雑談。ラオスへ渡る前にタイ側で買った蚊帳を見せてくれました。こういう物資が手に入りやすいのもタイの便利な所です。
昔はこうやって旅行者同士が雑談しながら情報を交換したり、困っている人がいたら知恵を出し合ったりしたものですが、最近はめっきりそういうムードはなくなりました。でも、本当はこういう一期一会こそ旅の最大の楽しみだと思います。
上手い英語ではありませんが、私はそれなりに英語を話します。それは、こういう出会いを楽しむために旅をしながら覚えたものです。
夕方、メコン川沿いに散策して、いつの間にか恒例になったメコン河畔のレストランで軽く飲んで、夕食を食べたあと、タイマッサージに行く事にしました。マッサージを終えて、店先で雑談していると、先ほどのイタリア人が再び現われて”どうだった?”と。”気持ちよかったよ。あなたもマッサージしてもらえば?”と言うと、少し考えていましたが、”いや、今、食事してきて、満腹すぎるから止めておく。”と
宿に帰ってみると、日本人の若者が一人。隣の部屋に泊っていました。彼も明日ラオスへ渡る予定との事。まだこうやって旅をしている若者が居る事に少し安心したのですが、少なすぎるとも思えるのでありました。
常夏の国とはいえ、まだ冬のタイは朝夕には長袖が欲しくなるところまで気温が低下します。私はいつもと同じく長袖は1着のみ。これは航空機内や日本国内での移動の際に着用するので、汚さないように大切に温存しています。余程のことが無い限り現地ではTシャツのみ。真冬の日本から渡航した私にとってはそれほどの我慢は必要ありませんが、現地の人たちにとっては寒いらしく、朝はタイの人たちは着膨れしています。滅多に着る事が無いのでしょう、どうもタイの人の厚着は、就職活動で初めてスーツを着た若者みたいでちょっと不思議な不自然さをかもし出しているのです。
朝、起き出してみると、もう1部屋に宿泊している方々は既に散歩&朝食に出かけた様子で鍵がかかっています。安宿の鍵は”南京錠”をドアに直接かけるので、外から南京錠がかかっているという事は出かけているという事。判りやすくて便利です。
こちらの部屋チームも朝食に出かける事にします。気温が低いので、あまり早くバイクで走り出したくないので、食事の後、バザールの中へ入ってコーヒーを。暖かいコーヒーが心地よい程度まで気温は下がっているのです。
チェンライからチェンコンへ向かうルートは、今回のツーリングルート計画の上では2番目に長い距離(後半のルートを現地で変えたので結果としては4番目)なのですが、昨日走った山越えのルートとは違ってアップダウンが無いのでいつも近く感じます。昨日は山合の道を走っていた印象が多かったのですが、今日は田園地帯を縫って進みます。
パヤメンライのバザールに立ち寄ってしばらく散策。アイスクリームの屋台を見つけた私はソフトクリームを買いに行ったのですが、屋台で先にアイスクリームを買っている女の子の買った物を見たら、食パンにカオニャオ(おこわ)とアイスクリームを2スクープ乗せてサンドイッチにした物体。私の顔を見てなぜかアイスクリームコーンを用意していた屋台の女性に、思わず”あれと同じもの”と伝えたら”ホントに?”と驚いた顔をされましたが、注文どおりのものを作成してくれました。食べてみると、意外とお米(おこわ)とアイスクリームは合います。日本でもやってみようかと思ったのでありました。
チェンコンのゲストハウスに到着すると、なぜかここで恒例となっている”洗濯”が始まりました。全員がシャワールームでシャワーがてら洗濯。梁や柱を使ってロープを張っていると、ここに泊っている白人の旅行者が”コッチに張った方が長くできるんじゃない?”とか少し手伝ってくれました。
このゲストハウスにはリビングルームのようなスペースがあって、ソファーが置いてあります。洗濯を干し終えてソファーで軽く雑談していると、先ほどの白人の旅行者が話しかけてきました。チェンコンはラオスへ渡る旅行者が訪れる町で、ご多分に漏れず、フィレンツェから来たイタリア人のこの人物も明日ラオスへ渡る予定との事。私が以前、チェンコンで聞いたラオス情報などを話したりしてしばらく雑談。ラオスへ渡る前にタイ側で買った蚊帳を見せてくれました。こういう物資が手に入りやすいのもタイの便利な所です。
昔はこうやって旅行者同士が雑談しながら情報を交換したり、困っている人がいたら知恵を出し合ったりしたものですが、最近はめっきりそういうムードはなくなりました。でも、本当はこういう一期一会こそ旅の最大の楽しみだと思います。
上手い英語ではありませんが、私はそれなりに英語を話します。それは、こういう出会いを楽しむために旅をしながら覚えたものです。
夕方、メコン川沿いに散策して、いつの間にか恒例になったメコン河畔のレストランで軽く飲んで、夕食を食べたあと、タイマッサージに行く事にしました。マッサージを終えて、店先で雑談していると、先ほどのイタリア人が再び現われて”どうだった?”と。”気持ちよかったよ。あなたもマッサージしてもらえば?”と言うと、少し考えていましたが、”いや、今、食事してきて、満腹すぎるから止めておく。”と
宿に帰ってみると、日本人の若者が一人。隣の部屋に泊っていました。彼も明日ラオスへ渡る予定との事。まだこうやって旅をしている若者が居る事に少し安心したのですが、少なすぎるとも思えるのでありました。
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