たぶん、類書はないんじゃないかと思える貴重な2冊。『ラブシーンの言葉』は、週刊誌連載をまとめたものとはいえ、セックスとエロのかかわる多様な描写をスクラップした労作。写真アルバムの一枚一枚に、一言感想や解説を添え書きするように、収集された小説・詩歌・惹句などに、荒川洋治の批評眼が光った、しかしやわらかい一言が付されて、セックスとエロにかかわる「文章読本」の趣もあり。かつて、「中間小説」は性欲を描写したが、やがて、「官能小説」は性器を描写するようになり、現在では、描写すらしなくなったという指摘に納得。やがて、「平成の言葉」について、史料的な価値を持つこと間違いなし。ただし、書名は中味を表さず。もっと、直截でよかったのでは。週刊朝日連載時の「ウォッチ性愛本」もまるでいただけないが。人生には、あいさつがついてまわる。『あいさつは一仕事』は、あいさつのカタログだが、収録されているのは、丸谷才一が実際にしたあいさつだけというユニークさ。新郎新婦はまったく知らないが、父親との縁で出席したときの結婚披露宴のスピーチはどう話すか、といった役に立つノウハウも披露されているが、もちろん、それはごく一部。文芸批評の大御所が、弔辞を述べたり、文学賞受賞者をお祝いしたり、その褒め称えの芸がすごい。たとえば、「大野晋は本居宣長より偉い学者だった」「井上ひさしは、黙阿弥以上」など。もちろん、「ヨイショ」などではなく、批評芸だから、丸谷才一による人物批評としても読めるし、丸谷才一とはどういう人かという人物批評としても読める。
『ラブシーンの言葉』(荒川洋治 新潮社)
ポルノ小説、投稿読者手記、ちょっとアヤしい通販カタログ。睦みあうからだとからだが奏でる愛の音楽を、たっぷりつめこんだ官能のことば。はしたなくて、恥ずかしくて、だから愉しい最新二百余点のサンプルを、現役現代詩作家が熟読玩味。絶頂感の高みへ読者を誘う創意あふれる表現に、にんまりしたり、びっくりしたり。人生の歓びをおおらかに肯定する官能文学ウォッチング。
『あいさつは一仕事』(丸谷 才一 朝日新聞社)
結婚披露宴でのスピーチ、親兄弟が亡くなったときの挨拶、定年の会でのねぎらいの言葉、友人への弔辞……挨拶を頼まれたときにいちばん大事なことは? ぶっつけ本番でしゃべるのはよしましょう。何も用意しないでうまい話ができるのは、吉田茂元首相や古今亭志ん生とかそういうえらい人だけ。われわれ普通の人にとって上手なスピーチのコツは、いったい何だろう。会場をシーンとさせ、爆笑させる名人芸50の見本帖。
(敬称略)
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