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藤沢モダンジャズクラブの頃

2014-07-15 03:51:00 | 音楽
私は店のカウンター席に座って、居心地の悪い思いをしていた。まず、小さな丸いスツールに尻の重心が定まらなかった。それ以前に、土曜日の午後とはいえ、BERと看板にある店に入るのがはじめてだった。真夏の陽射しから地下室に落ちたように店内は暗く、なかなか目が慣れなかった。私は十六歳、高校一年生だった。なにより、この店に私を連れ込んだ友人のY沢と坊主頭のヒゲ面で丸いメガネをかけたマスターという人の会話についていけなかった。店には私たち三人しかいなかったのに、二人の話し声は小さくて、よく聴きとれなかったせいもあるが。

私はしかたなく、並んだウイスキーの瓶やトイレの場所をたしかめたり、デコラ張りのカウンターに溜まった水にコーラの瓶を滑らせたりしていた。Y沢が私に、「だって?」と顔を向けたので、「えっ」「はい?」とちょっとあわてた。「どんなの聴いてるの? リクエストあればかけるよ」とマスターが繰り返したことがわかって、自分の顔が赤らんだのを知った。カウンターの右手の壁面のほとんどを占める大量のLPレコードに萎縮して、「別に、いいです」とリクエストは遠慮した。

私が持っていたジャズのレコードはただ一枚。『レディ・イン・サテン』だけだった。「ビリー・ホリディが好きなんですって」とY沢が云ったのにびっくりした。マスターは、「それはそれは」と呟くようにいって、レコード棚に向かい背を見せた。私はY沢の肘を押して睨んだ。ブブッと針がこすれる音がして、エレキギターが鳴りだした。てっきり、ビリー・ホリディのレコードがかかるものと思っていたが、そうではなかった。いつまでたっても、歌ははじまらない。

マスターがY沢に顔を向けて、(どう?)という表情をした。ヒゲを生やしているが、中年というほど老けていないのに気がついた。少なくともクラス担任のS田よりもずっと年下に見える。もっとも、S田の年齢を知っているわけではなかったが。三十代か、もしかすると二十代にも見えた。「マイルスのビッチェズ・ブリューですね」とY沢が嬉しそうに答えた。「ロックみたいで評判よくないけど、僕は嫌いじゃないです」とつけくわえた。

私もいっしょに何かいいたかったけれど、「マイルスのビッチェズ・ブリュー」とジャズの革新の歴史について、その後、Y沢に教えてもらうまでなにも知らなかった。「よかったら、毎週土曜日の7時頃に顔出してみない? みんな集まるから」とマスターが私に云ったのは聞こえた。私は、(マイルスのビッチェズ・ブリューは、ガチャガチャして、なんだか好きになれないな)と思いながら、「はい」と答えていた。私は藤沢モダンジャズクラブに加入したのだった。

その後、ごくたまに、藤沢駅裏の鳩の町とよばれる場末の飲み屋街にあるそのBARに行ったが、たいしてジャズファンになることはなかった。ビリー・ホリディの『レディ・イン・サテン』を買ったのも、いまでいうジャケ買いに過ぎなかった。ひっつめ髪にした黒人女性の悲しげな横顔の写真がいかにもジャズのレコードらしかった。「ラスト・レコーディング」という惹句にもひかれた。聴きもしないうちから、Y沢に報告したら、「へえ、それはすごい人だよ」と驚いた様子なので、気をよくした。

私はY沢のほかに友だちらしい友だちがいなかった。Y沢ともっと親しくなるために、Y沢の好きなジャズに興味がある振りをしていただけだった。聴いてみて、失敗したとほぞを噛んだ。年老いた猫の鳴き声みたいな歌声だった。しばらく放っておいたが、三千円もの大金を出した悔しさから、何度か聴いてみた。深夜にヘッドフォンで聴いているうちに、ぐっと込み上げるものがあった。それから、呆けたように繰り返し聴いた。鎌倉腰越のY沢の家に、ビリー・ホリディのレコードを借りに行くようになった。

でも、今夜、紹介するのは、ビリー・ホリディの『レディ・イン・サテン』じゃない。その次に好きになった、カーティス・フラーのアルバム『ブルースエット(Blues-ette)』から、「ファイブ・スポット・アフター・ダーク 'Five Spot After Dark'」だ。ジャズファンなら誰でも知っている有名曲だが、Y沢のように、「へえ、それはすごい」と云ってくれる人は少ないだろう。辛辣な人なら、「ふふん」とせせら笑うかも知れない。

いっぱしのジャズファンに、「あ、私もジャズは好きですよ。たとえば、デイブ・ブルーベックのテイク・ファイブとか」と云った場合、その後、間違いなく会話は弾まないはずだ。それより、少しはましなくらいが、「ファイブ・スポット・アフター・ダーク」だと思う。中学のブラスバンドが、「闘牛士のマンボ」を演奏するように、大学のジャズ研は、「ファイブ・スポット・アフター・ダーク」を練習曲に選ぶことが多い。Y沢も、「まあ、わるくはないけどね」と気の毒そうな顔をしていた。

でも、私は好きだった。トロンボーンのパートなら口ずさめるくらい繰り返し聴いた。もちろん、藤沢モダンジャズクラブでは、話題には出さず、聴いていることさえいわなかった。

今回、youtube検索してみて、村上春樹ファンの間で有名曲になっているらしいことにちょっと驚いた。『アフター・ダーク』という小説で、主人公の語りを通してこの曲について熱い賛辞を書いているらしい。同好の士を見つけるのは嬉しいことだが、作家になる前は、千駄ヶ谷でジャズ・バーを経営していた村上春樹が、ジャズファンの間ではポピュラーすぎて敬遠されがちな曲であることを知らないはずがない。

トロンボーンのカーティス・フラー以外は一流のメンバーだが、尖ったところなど少しもなくて通俗的なほどわかりやすいところが、すでにフリージャズが登場していた当時のジャズファンにとっては、かなり物足りなかったはずだ。村上春樹も同じ空気を呼吸していたにもかかわらず、「アフターダーク」なるタイトルの小説のなかで、「ファイブ・スポット・アフターダーク」について語らせている。

中古レコード屋で古いジャズのレコードを漁るのが唯一の趣味という年季の入ったジャズファンだそうだから、いまさら、奇をてらう、てらわない、といった気取りはないだろう。かといって、小説である以上、自らの音楽趣味を披瀝しただけでもないはずだ。『アフター・ダーク』どころか、村上春樹の小説をほとんど読んだことがないから、小説上の企みについて憶測することはできないが、小説のタイトルから、「ファイブ・スポット」が欠落していることはわかる。ちなみに、「ファイブ・スポット」はニューヨークにある有名なジャズクラブだ。

欠落しているのか、不完全なのか、あるいは無関係なのか、小説を読まなくてはわからない。ただ、ジャズ・バーのマスターとしては、たぶんターンテーブルに載せることのなかったはずの曲を、作家として小説に載せて聴かせたことには、じゅうぶんな満足を覚えたことだけは想像できる。

だって、A面の第一曲に「ファイブ・スポット・アフターダーク」が入ったアルバム『ブルースエット』は、彼が中学生のときにはじめて買ったジャズのレコードだったわけで、そんな風に音楽と出会い、音のひとつひとつが腑に落ちていくような完全な体験なんて、少年のときだけにしかあり得ないのだから。

では、「ファイブ・スポット・アフターダーク」をご試聴あれ。

Curtis Fuller - 'Five Spot After Dark' (1959) Original not Remix


※ Google検索すると、名曲や傑作、秀作と絶賛している紹介がほとんどなので、上記は、「あくまでも個人の感想であり、効能や効果については人によって異なります」と付言しておきます。

『ブルースエット』から、ついでに。
Love Your Spell Is Everywhere


(敬称略)

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