横手の白いカラス
2024.3
羽州(出羽:山形県)横手の城は、佐竹家の家臣の戸村氏が守っている。
城中に二羽の白い烏がいた。長年棲んでいて、地元の人はよく知っていた。
城下の酒屋に、ある時、農夫が白い烏を持ってきた。
酒屋にいた者達は、みな珍しがった。
農夫は、興に乗って、「白い烏は、この城下には、すこし多くいる。私たちが、山で仕事をする時は、白い烏は、いつも見ているので、珍しいものではない。
ただ平日は、高い樹の上のみにいるのを見かけます。
これは、たまたま近くにいたので、捕まえることが出来た。
酒屋の亭主は、これを聞いて、
「今日、白い烏を見るのは、珍しいことです。百姓の家で飼っても、なにも益がないでしょうから、私どもに下さい。
そうすれば、見物に来る人も多いでしょうから、お酒も多く売れるでしょう。」
と言った。
農夫は、それならば、とこの白い烏を亭主に与えた。
それから、この烏を見ようと、酒を飲みに来る人が増えて、日毎ににぎわった。
酒屋はおおいに儲かって喜んでいたが、少しして烏は死んでしまった。
それで、酒を買いに来る人も減ったそうである。
「一話一言補遺 」 蜀山人全集 より
2024.3
龍は、悪臭を嫌う
去る文化十一年(1814年)八月、私は、難波から西の方へ船で行った。
ふと北の方を見ると、黒雲の一群が私が乗ってる船の方へ降りて来た。
船頭があわただしく指示して、
「すわ、龍巻なり。用意の物を火にいれよ。」と大声で、叫んだ。
船員たちは、ある物を取り出して火中に投じた。その悪臭は、ひどかったが、かの雲気が今や船に迫ると見えていたが、たちまちに東方へ走り去った。
それて初めて平安になった。
乗合の旅人が船頭にそのわけを尋ねると、船頭がこう言った。
「只今の黒雲は、龍巻と言うもので、龍が上を往き来きしているものです。それが、船のあたりへ近づく時は、いかなる大きな船でも、空中に釣り揚げられる事が、しばしばあります。
人の毛髪を焼くと悪臭がします。龍は、神のような物でして、この臭気を嫌って逃げ去るものです。」と。
カエルの語源は、よみがえる(蘇る)
2024.2
「蛙」を「かえる」と言うことは、蘇生(よみがえる)ことによる名前である。
蛙を打ち殺して、車前(おおばこ)の葉につつんでおけば、やがてよみがえる事は、世人に知られている。
「蜻蛉日記(かげろうにっき:藤原道綱の母の日記)」にも、その事が記されている。
「中務集(平安時代の女流歌人ナカツカサの歌集)」に、
蛙の死んだのを、よみがえらせて、
「かれにける(枯れた;死んだ) かはず(かわず:蛙)の声を 春立ちて などか鳴きぬと おもひ(おもい:思い)けるかな」
返歌
「誰れかかく からをおきては しのぶ(忍)らん よみかへるてふ 名をや頼みし」
とあり。
この返しの歌にて、「かえる」の名は、「よみがえる」に由来する名と知ることが出来よう。
「松屋筆記」より 広文庫より
ミカンの肥料には、ネズミが良い
2024.2
コタツにミカンの季節と成りましたが、
こんな面白い文書を見つけました。
柑橘類は、ネズミや猫を肥料にすると良い、そうです。
まあ、そんなミカンは、食べたくはありませんが。
以下、本文。
橘の類に、ネズミを肥やしにすると、優れて良く効くものである。
死んだネズミを小便壷の中に入れておき、数日の後、膨れて浮き上がるのを取る。
それを、柑橘類の根の周りに埋めて置けば、柑橘類が栄え繁ること限りなし、と古くより言い伝えられている。
涅槃経(ねはんぎょう)にも、「橘の鼠を得たるが如し」、とその功を説いていると云う。
また、俗に、橘の根下に猫を埋めれば、良く栄えると云い習わしている。
以上、「農業全書」(広文庫)より
大蝦蟇が人に化けて願い出る
2024.2
松平美濃守(みののかみ)下屋敷は、本所にあり、敷地内に方三町余りの沼があった。
ある年、何か理由があって、この沼を埋めるように申し付けた。
そして、近々埋め立てようとした時に、玄関に憲法小紋(けんぼうこもん)を着た一人の老人が来て、取次の侍に、
「わたくしは、この下屋敷に棲んでいる蝦蟇でございます。
このたび、わたくしの棲んでいる沼をお埋めになることを、お聞きいたしましたので、参上いたしました。
なにとぞ、沼を埋めるのを、ご中止くださるようお願い申し上げます。」
と言った。
取次の侍は、退座して、これは怪しいことだと思い、ふすまを隔てて窺い見るに、憲法(けんぼう)小紋の上下と見えたのは、蝦蟇の背中のまだらであった。
体の、大きさは、人間位であった。両眼は、鏡のようであった。
すぐに、美濃守へ報告すると、要望を聞きいれるとの言葉があった。
そして、その蝦蟇に答礼され、沼を埋める事を、中止した。
元文三年の事であった。
燕石十種 第五輯 江戸塵拾 より