今晩は
水野です。新緑も色濃く、雑草も元気に伸び放題、さつきの花も散りました。
私は、故郷の友人と上野や銀座で会い、良い時間を過ごしました。
でも、膝の痛い私は杖つきです。友人は体が弱っていてゆっくりと。
山形東高校の時の友人3人と妻たち6人の会だったのですが、今や男性二人
が亡くなり、嬉しい再会も、尽きない昔話が続きました。「周遊会」と名付けて、
世界旅行もした仲間。一か月も気ままな旅ができた、その体力や気力が今は
不思議に思えます。
曽野綾子さんの「辛口・幸福論」という本を読みました。帯には「生きるすべてを「真
剣な遊び」に。とありました。活字が大きくて、こまぎれな短い文章なのが読みやす
く、おもしろかった。ちょっと引用しますーーー。
60を過ぎたら、その人は、人間として、いいところはすでに生きたのだ。
70を過ぎたら、もっと余分にいいところは生きたのだ。だから、その後どれだけ長く生きたか
ということは、大した問題ではない、と私は思う。
年を取って醜いと思うのは、自己過信型になるか、自己過保護型になるかどちらかに傾き
がちになることである。別のいい方をすると、自分はまだやれる、と思い過ぎるか、自分は労
わってもらって当然と思うか、どちらかに偏ることである。これは、二つとも同じ神経の構造に
よるのではないか、と思う。
ちょっと考えさせられました。バランス感覚が重要だと教えられたような気分。
私は、恐れ気もなく、自己過信に陥ろうとしているのではないか??
不安ですね。
でも、誰が何と言おうと、考えようと、ノープロブレム。
やまと塾、パワー全開、自己過信型で参りましょう。
水野 昂子